屋上に戻りましょう

『涼しくなったし、お昼休みはまた屋上に戻らない?』


 休み時間、月海先輩からそんなメッセージが届いた。

 これまでパソコン棟の前にあるベンチを使ってきたが、日陰なのでそろそろ肌寒さを感じるようになってきた。ちょうどいいタイミングだ。


『賛成です。今日は屋上に行きますね』


 と、返事をしておいた。


 今朝の月海先輩はとにかく落ち着きがなかった。

 目が覚めた瞬間、ぼくを抱きかかえていることに気づいたらからだ。


 ――わ、私ったらなんてことを……。


 そうこぼして顔を隠していたが、あれはあれでかわいらしかった。ぼくも幸せ気分を味わえたし、何も悪いことなんてなかった。

 が、こういうところで気にしすぎてしまうのが月海先輩だ。お昼休みは先手を打って謝らせないようにしないとね。


     †     †


「来たね、後輩くん」


 ……お昼休み、屋上へ行くと、いつものベンチになぜか夏目先輩が座っていた。


 大判のラノベを読みながらコンビニのパンを食べている。何を読んでいるんだ……『死に急ぐ獣たち』か。最近勢いに乗っているダークファンタジーだ。


「夏目先輩、『しにいそ』読んでたんですね」

「おっ、後輩くんも読んでるの?」

「はい。最新刊までちゃんと押さえてます」

「やるねー。あたしなんか昨日やっとこの作品の魅力に気づいたばっかりだよ。今2巻の途中でね」


 夏目先輩が楽しそうに表紙を見せてくる。

 いくら硬派寄りの作品とはいえ、ブックカバーをつけずにこういう場所で読めるメンタルは本当に尊敬する。


「光ちゃんは先生に呼ばれたからまだ来ないよ。少々お待ちくださいな」

「それはいいんですけど……なんで夏目先輩がここに?」


 夏目先輩は本を閉じ、ニヤッと笑った。


「光ちゃんとどこまでいったか聞き出そうと思ってね」

「変わらないですよ」


 大嘘である。


「つきあって、誕生日プレゼント渡して、おそろいのネックレスつけて……超順調じゃん。やっぱ友達の進展具合は気になるからさー、教えてよー」


 夏目先輩がだだをこねるように言う。


「初めてのキスはどんな味でしたか? さあ言っちゃえ!」

「まだしてないです」

「は?」

「そんな真顔で言わないでください!」

「だって昨日、君の家に光ちゃんが泊まったんでしょ?」

「知ってるんですか!?」

「聞いたからね。で、同じ部屋で寝た」

「は、はい」

「なのにキスも何もしてない?」

「ないですね」

「重症だなあ」

「な、何がですか」

「そこまで奥手だったとは」

「……自分からいって月海先輩を傷つけたらって思うと怖くて」

「後輩くんは強引に何かするタイプじゃないっしょ」


 ぼくはうなずく。


「だったら、自分がそういう気持ちになったら光ちゃんに訊くだけでいいんだよ。光ちゃん、大事なところははっきり答えてくれる子だから」

「そうなんですけど……」

「ま、あたしが出すぎたこと言うのもよくないか。後輩くんと光ちゃんのことだからね」


 夏目先輩は立ち上がった。


「でもさ、あたしも光ちゃんにはすごく優しくしてもらってるし、あの子には幸せになってほしいって本気で思うんだよね。後輩くんには頑張ってもらいたいな」

「少しずつですけど、進んではいますから」

「なら、わざわざ口出しするまでもなかったか。いやあ、泊まるって聞いたからあたしもそわそわしちゃってさー」


 なはは、と夏目先輩は軽く笑った。


「そんでさ、『しにいそ』の話なんだけど」

「急に飛びますね」

「これ、今7巻まで出てるじゃん。もう終わりそう?」

「作者によると9巻でまとめるそうです」

「お、ナイス判断。やっぱ巻数増えすぎると置く場所なくなっちゃうからねー」

「それ、めちゃくちゃわかります。ぼくは床にけっこう積んでるんですよ」

「同じだ! もしかしたらいつか読み返すかもって思うとなかなか売れないし」

「あー、それもわかります! 本文は読み返さないけどイラストだけパラパラ見返したりするパターンもあって」

「やるやるー!」


 ……一気に話が逸れたのに、ラノベ談義で盛り上がるぼくたちだった。


     †     †


「景国くん、お待たせ!」


 数分して、月海先輩が屋上に現れた。


「あ、光ちゃん来たか。じゃあね後輩くん。頑張りなよ」

「はい、ありがとうございます」


 夏目先輩が月海先輩の横を抜けて出ていった。


「昨日、話が決まる前にあかりに言っちゃったのよ」

「うちに泊まるってことですか?」

「うん。今日も散々取り調べされたわ」

「あの話しました?」

「……どれ?」

「ぼくを抱きまくらにしてたことです」

「い、言うわけないじゃない!」


 もうっ、と月海先輩は困ったように言って、弁当箱を出した。


「あれについては本当に申し訳ないと思ってるわ。まさか、無意識のうちに……」

「ぼくは楽しかったですよ」

「うぅ、あんまり思い出させないで……」


 ここは勢いで押し切って、これ以上は謝罪させないぞ。


「先輩の肌、つやつやでしたね」

「や、やめてよ景国くん」

「寝息もかわいくて」

「ちょ、ちょっと待って……」

「寝言もつぶやいてましたね」

「えっ!? へ、変なこと言わなかったわよね!?」

「むにゃむにゃしてただけでした」

「そ、それはそれで恥ずかしいわ……」


 実際は好きと言ってくれたんだけどね。


「景国くんも、起きてたならむりやりでも起こしてくれればよかったのに。動けなくて大変だったでしょ?」

「貴重な経験だったので、このままでもいいかなって……」

「はあ……」


 先輩がため息をついた。


「景国くん、たまに意地悪よね」

「おあいこです」

「う……それは、そうかもしれないけど」

「でも、重要なラインは意識してるつもりです」

「そうよね。でなければ、私は今日学校に来てなかったかもしれないし」

「ぼくがひどいクズみたいになってる!」


 二人で笑って、それからお昼ご飯に箸をつけた。


 久しぶりの屋上は、見事な秋晴れで爽やかな空気に包まれている。


 冬になったらさすがにここでは食べられない。その時はその時でまた考えるんだろうけど、残り少ない屋上での時間は大切にしていきたいな。


「そうだ、景国くん」

「なんですか?」


 横を向くと、月海先輩が温度のない笑顔でぼくを見ていた。


「あかりとずいぶん楽しそうに話してたわね。どんなお話をしてたのか、差し支えなければ、聞かせて、もらえる?」


 ひいいぃっ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る