こんな距離感だけどまだつきあっていないらしい

 クラスマッチの翌日。

 授業が終わって放課後になると、緊張が高まった。


 今日から、月海先輩と一緒に帰るのだ。

 お昼はいつものように食べたが、帰りの話はしなかった。昇降口で自然と合流する流れになればいいが。


 荷物を整頓して教室を出た。

 昇降口で靴を履き、校門の脇に立つ。

 まだ月海先輩は来ていない。


 約束を取りつけた翌日は特に重要だ。変に気負わずいきたいところだが、こんなことを考えている時点で駄目かもしれない。


 ぼくの背後にはプラタナスが並び、目の前には駐輪場がある。その間を走るメインストリート。

 そこを同級生、先輩、後輩と様々な生徒たちが下校していく。


「おっ、後輩くんではないか!」


 やってきたのは夏目先輩だった。ブレザーを肩にかけ、ブラウス姿だ。今日はそんなに暑くない気がするけど。


「へいへーい、光ちゃんと一緒に帰ることになったんだって~?」

「う……その話、もう耳に入ってるんですか」

「私はこう見えても光ちゃんの親友だからね! 偏見を持たれても友人序列第1位の女だからね!」


 ソシャゲの時の話、まだ気にしてたんだ……。


「ていうか友人序列ってなんですか? 月海先輩は友人に序列とかつけない人だと思いますけど」

「私が一番、光ちゃんと仲いい自信あるから。じゃなかったらこんな重要な話は教えてくれないよ」


 ふふん、と夏目先輩は得意げな顔をしている。


「でも、その重要な話を他の人に拡散するんですよね」

「信頼できる人にしか言わないから大丈夫」

「速攻で多方面に広がるやつですそれ」


 あるいは、月海先輩の狙いはそこにあるのかもしれないが。

 一緒に下校する男子が現れたと聞いて告白を諦める人間がいるかもしれない。

 夏目先輩の性格を理解した上での戦略の一つだったりして。


「光ちゃんももうすぐ来るはずだから、頑張ってよ後輩くん。私はこれから『狼夜ろうやゲーム』最新刊の店舗特典コンプに向かうのでまた明日!」


 ビシッと敬礼すると、夏目先輩はさっさと立ち去ってしまった。

『狼夜ゲーム』ってグイグイくる先輩(男)をあの手この手でかわそうとする後輩(男)の頭脳戦を描いた漫画だったっけ。やっぱあの人メンタルが強すぎるよ。


「景国くん、おまたせ」


 振り返ると、月海先輩が歩いてきた。風になびく黒髪がうつ……くしい以外のことを言いたいが何も出てこない。ああ美しい。


「お疲れさまです」

「どこか寄りたいところはある?」

「いえ、特には」

「じゃあまっすぐ帰りましょうか」


 ぼくたちは並んで歩き出した。


「…………」

「…………」


 会話はなかった。


 ――えーっと、何か言わなきゃまずいよね。無言で帰ったんじゃ一緒の意味がなくなってしまう。うまい話題はないだろうか。何か、何か……。


「おかしいわね」


 先輩が先に口を開いた。


「お昼ならすぐ話すことが浮かんでくるのに、今はなぜか何も思いつかないわ」

「先輩もですか?」

「もしかして同じこと考えてた?」

「そうなんです」


 思わず笑うと、先輩も釣られたように笑顔になった。お互いに焦りを隠して話すことを探していたなんておかしい。


「初めてのことだから、ちょっと空回りしてるかも」

「ぼくもです」

「なら、いつも通りを心がけなきゃね」

「いつもどんな話してましたっけ」

「…………」

「…………」


 思い出せない……。


「どうして、景国くんとしてきた話がこういう時に出てこないのかしら……」

「か、考えすぎかもしれませんね」

「だったら景国くん、何か面白いこと言って?」

「なんでそうなるんですか!?」

「緊張してるのかもしれないから、それをほぐすためにも」

「え、えーっと……あ、貴方が着ているのは白衣ではなく悪意のようですね……とか……あー、先輩すみません拳銃ください。自決したくなりました」

「待って、今のはどこまでがネタだったの?」

「やめましょう! 滑ったネタの解説求めるのは過激派のやることです!」

「でも本当にわからなかったんだけど」

「駄目です! この話を続けたらぼくが死んでしまいます!」

「そんなの認めないわ」

「あ、悪魔――」

「景国くんが死ぬことなんて絶対に認めないから」

「そっちか!」


 ぼくらは一瞬真顔になったあと、笑った。

 月海先輩は口に手を当てて笑顔を隠したけれど、その仕草にもまた惹かれるものがあった。


「そうだった。こういうどうでもいいような話をしてたじゃない、私たち」

「思い返すと、けっこう傷口作ってきましたね」

「それが私たちだから。なんだか気負うだけ無駄だったわね。何も考えないで、普通に会うことが一番」

「面白い話なんて、あった時だけすればいいですもんね」


 やっぱり意識しすぎていたのだ。

 そして、先輩も同じだったというのがちょっと嬉しい。


 慣れないことをやって、たまには空回りして、次からはうまくやる。

 そうやってぼくたちは関係を進めていけばいい。


「先輩」

「なに?」

「明日も晴れるといいですね」


 月海先輩がまたクスッと笑った。


「ずいぶんありきたりな言葉が来たわね。でも、同感」


 澄み渡った夕焼け空が、遙か彼方まで広がっている。


「晴れていなきゃ、こうしてゆっくりは帰れないものね」

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