応援に来てくれない?

 6月も終わりが近づいてきた。

 来月から夏休みが始まる。


 ぼくはここのところずっと考えていた。


 夏休みに入る前に、月海先輩に告白するべきかどうかを。


 もし成功すれば、休み中にデートに行ける。色んなところに出かけて、より仲を深めて……。


 周りのみんなは、この状況で断られるわけがない、と言う。

 そうかもしれない。

 うだうだしていてもいいことはないかもしれない。

 なのに、結局ぼくは迷い続けているのだった。

 月海先輩がグイグイ来るのは、単にぼくを幼馴染として見ているからではないのかという不安もある。彼氏にするとなると、また別の話……そんなことになったら目も当てられない。


「よう、今日も考え事か?」


 教室で机に突っ伏していると、山浦君が入ってきた。目がいつもより開いていなくて、どこか疲れた顔をしている。野球部の朝練を休んだらしい。


「何かあったの?」

「俺が?」

「疲れてるみたいだから」

「そりゃな。この蒸し暑い中で毎日練習やってりゃ疲れるさ」

「そっか」

「んでさ、ちょっと相談いいか」

「どうぞどうぞ」

「昨日抽選会があってさ、いよいよ夏の大会の組み合わせが決まったんだよ」

「あ、もうそういう時期か」


 負ければ3年生が引退となる、最後の大会。甲子園出場を賭けた戦い。


「初戦はどこになったの?」

飯田いいだ商業。そこそこ強いところだ」

「チーム的には上までいけそうな感じ?」

「初戦とれれば4回戦まではいけるかもしれねえ」


 長野県大会は、ノーシードからだと甲子園まで7勝が必要になる。その道中に私立の強豪が立ちはだかるわけだ。


「山浦君もレギュラーで出るんだよね」

「今んとこスタメンから外される気配はねーな。ずっと2番を打たせてもらってるし」

「今年の打率は?」

「1割は軽く超えてるぜ」

「微妙っ!」

「え? 4割5分だよ?」

「まぎらわしいよ! しかも強打者じゃん!」

「まあな、今年はずっと調子いいから」

「その感じだと、秋からは4番打っちゃったり?」

「どうかねー。俺、そこまでパワーはないから」

「そっかぁ。それで相談って?」

「よかったら応援に来てくれないか?」

「あ、いいよ! もちろん!」


 これは迷う要素がない。


「絶対に行くよ」

「ありがとな。やっぱスタンドに知ってる奴がいるといないじゃ全然気分も違うからさ。ほら、俺ってそこまで仲良くしてる奴あんまりいないじゃん」

「ちょっと距離置いてるもんね」


 山浦君はクラスの中心に行こうとはせず、かといって誰とも群れないわけじゃない。話しかければ乗ってくれるし、必要があれば山浦君の方から話しかけていくこともある。

 でも、真ん中には立たない主義だ。

 だからこそ、運動系の部活に入っている人たちにも、ぼくや黒田君のようなインドア派にも同じ態度で接してくれる。

 ぼくはそんな山浦君を信頼しているし応援もしている。


「たぶん、2年の野球部以外で一番仲良くしてるのって戸森と黒田なんだよな。お前らいれば超張り切るから。全打席ヒット打つから」

「超見たい! 写真撮りまくるから思いっきり活躍してよ」

「よしきた、頼むぜ」


     †     †


「野球部の対戦相手が決まったらしいですよ」

「川崎君が話してたわ。飯田商業だそうね」

「先輩は知ってますか?」

「そのあたりの事情には詳しくないの。でもちょっと面倒な相手だとは聞いたわ。相手のエースは飯商いいしょうのホルマリンと呼ばれているらしくて」

「サブマリンだと思います」

「でも、うちの野球部が強いのも間違いないわ」

「先輩が鍛えた川崎先輩がいますからね」

「それはちょっと違うと思うけど……」


 お昼休み、ぼくと月海先輩はいつも通り屋上にいた。じっとしていても汗が出るほど蒸し暑い。もっと暑くなる中で野球をやるんだから選手たちは大変だ。


「実は先生に、野球部の応援団長やらないかって言われたのよ」

「チアですか?」

「景国くんが応援団にどういうイメージを持っているかはわかったわ」

「ま、待ってください。今のは冗談ですよ。あれですよね? 全員の前に立って腕を思いっきり振るやつですよね?」

「そんな感じ。学ランを着てやるらしいの」


 月海先輩の学ラン……?


 見たい!


「その話は引き受けたんですか?」

「断ったわ」

「なんでですかっ!」

「むしろなんで景国くんが必死になるの?」

「だって、学ランいいじゃないですか……」

「どこまで正直なの、景国くん……」

「じゃあ、もう応援団長は別の人で確定してるんですね」

「ええ、あかりがやることになったわ」


 夏目先輩の縦横無尽っぷりはとどまるところを知らないな。


「私も応援には行くわよ。3年生にとっては最後の大会だからね」

「ぼくも野球部のクラスメイトに頼まれたので行くつもりです!」

「え、行けるの?」

「……どういうことですか?」

「試合会場が諏訪すわなのよ。遠いぶん移動費がかかるでしょ。それで借りられるバスに限りがあるから、応援団と保護者と3年生の有志だけって聞いたけど」

「…………」


 マジで?


     †     †


「山浦君……」

「おう、おかえり。今日もうまい飯食わせてもらったか?」

「うん……」

「なんだよ、テンション低いな」

「山浦君、すまない。どうも応援には3年生しか行けないらしいんだ……」

「なん、だと……?」

「無力なぼくを許してくれ……」

「くっ、野球の神は俺を見放したかっ……」

「山浦君、きみの活躍を信じている。ここからぼくは祈っているっ……」

「おのれ天よ、唐突に無慈悲な顔を見せるとはっ……」




「あそこの二人、なぜ演劇調の会話をしているんですの?」

「柴坂さん、そっち見ない方がいいよ……」

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