まだ告白は死んでいない

 完全に夏だ。

 カンカン照りで気力が持っていかれる。


 今日のお昼は久しぶりに購買のパンだった。

 いよいよ野球部の夏の大会が始まり、月海先輩も応援に行っているのである。


 ぼくは携帯で試合の動画を見ながらパンを食べていた。

 長野県大会は全試合ネット中継があるので我が校の試合もバッチリ見られる。


『さあ9回ウラツーアウトまできました。浅川高校、3対1で2点のリードを守っています。ピッチャー川崎、振りかぶって第1球を投げました――初球から打っていった! しかしセカンド正面、山浦捕って1塁に送球は――アウトだ! 試合終了! 浅川高校、初戦突破です!』


「よし、勝った!」

「ん、野球部の話?」


 机の向こうで黒田君がだるそうにしている。


「最後は山浦君がアウトにしたよ。さらっとやってるけどかっこいいよなあ」

「月海先輩は映った?」

「いや、映らなかったと思うよ。うしろの方にいたんじゃないかな」

「残念だったね」

「いや、それ目当てで見てたわけじゃないからね?」


 ちょこっと期待してたけどさ。


「やっぱ現地で応援したいなあ」

「勝ち上がっていけば応援団も増やすんじゃないの。強豪校と当たる時に味方の応援が小さいんじゃ選手のモチベーションも下がるでしょ」

「学校がそこまで考えてくれるかな」

「まあ、勝ち上がっていければの話だけど」

「黒田君、マジでスポーツに興味なさそうだよね」

「嫌いなわけじゃないよ。好きなチームが勝った負けたって毎日一喜一憂するファンの姿は人間味にあふれている」

「結局は人間観察に行き着くんだ……」

「創作においては重要なことだよ」


 他人のリアクションを見るのが面白いっていう気持ちはなんとなくわかる。


 ところで、月海先輩はいつ頃帰ってくるのだろう。今から諏訪を発てば夕方にはこっちに着くだろうか。

 それなら一緒に帰れる。

 先輩から試合のことを聞けば勝手に話も広がっていくだろう。勝ったからきっと嬉しそうに語ってくれるはずだ。


     †     †


「はあ……」

「…………」


 ――どうして!?


 帰ってきた先輩といつもの道を歩いているのはいいが、会話がまったく発生しない。


 先輩は落ち込んだ様子でため息ばかりついている。少し日焼けしただろうか。夕焼けのせいでそう見えるだけかもしれないけど。


「あの、先輩」

「なに?」

「嫌なことでもあったんですか?」


 少しの間。


「ちょっとね」

「一体どんなことが……?」

「野球部の保護者がけっこう来ていたの。その中の一人にね、『なんでこっちを睨むの?』って言われたのよ」

「先輩がそんなことするわけないのに……ひどいじゃないですか」

「いえ、すぐ勘違いだってわかってもらえたからいいの。でも……私ってそんなに目つき悪いのかなって不安になって……」


 それで悩んでいたのか。

 確かに細目って、人によっては目つきが悪いと取られることもある。


 ぼくは月海先輩を問答無用で美人だと思うし、その細目こそが魅力の一つだと断言できる。


 でも、初対面の保護者となると印象も違うのだろう。太陽の光の加減とか、場所に影響されることもある。


「こんなショックは久しぶりだわ……。去年コンビニでお弁当を買った時、レジで『お弁当温めませんよね?』って訊かれたとき以来のダメージ……」


 それはつらいな……。


「で、でも気にしなくていいと思いますよ!」

「景国くん……」


「ぼくは好きですから」


「え……」


「――月海先輩の目が!」


「……そ、そう?」

「はい」

「……」

「……」


 ――あっ。


 やっちゃったあああああ!!!

 今、言葉を足さなければ告白になっていたじゃないかああああ!!!


 言えなかった「好き」がものすごく自然に出せたのに、あとの一言も流れるようについてきちゃった!


 なんてことだ。途中で止めていれば……。


「景国くん」

「あ、はい」

「私の目、怖くない?」

「そんなこと思ったこともないですよ! 綺麗だしかっこいいじゃないですか!」

「……そっか」


 月海先輩の口元がちょっとゆるんだ。表情が柔らかくなって、ぼくはホッとした。


 ……うん、やっぱりここでの告白は違うよ。


 先輩が目つきを気にしているところだったのだ。冷静に考えれば、励ますために告白するってつながってないじゃないか。倒置法みたいになったことで、ぼくは逆に救われたのかもしれない。


 告白にはそれなりの雰囲気もないといけないよね。

 ぼくは危うく、月海先輩への告白という人生最大のイベントを味気なく終わらせてしまうところだった。

 それは先輩としっかり向き合ってやるべきこと。その場の流れで言葉にしても、勇気を振りしぼったことにはならないだろう。

 告白のチャンスは残せた。まだ奴は死んでいない。


「本当に、景国くんはどこまでも正直ね」

「そうですか?」

「私の目、なんだったっけ」


 先輩がわくわくした顔で返事を待っている。嬉しかったのかな。


「……先輩の目は、綺麗でかっこいいです」

「ふふっ、ありがとね」


 頭を撫でられた。

 貫禄も何もあったもんじゃないけど、こういう時は身長が低くてよかったと思う自分がいる。


「景国くんがそう言ってくれるなら、もうこれ以上は気にしなくていいわね」

「前向きになれたのならよかったです」

「その勢い、信じてるからね」

「え?」

「なんでもない。あ、野球部が初戦突破したことだしジュース買って乾杯しましょ」

「いいですね、やりましょう!」

「じゃあダッシュ!」

「はい!」


 ぼくたちは近くの自販機目指して駆け出した。


 今日は上手く言えなくてよかったんだ。

 次はちゃんと舞台を整えて、はっきり伝えよう。


 ぼくは、月海先輩のすべてが好きなのだと。

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