お屋敷は今日もにぎやか
「はー、なんもしたくないわー」
「母さん、さっきからそれしか言わないね」
「だってさー、やっと手に入れた連休なんだもん」
お盆休みに入って、母さんが今日から四連休だ。
それはいいが、あんまりだらけているので心配になる。
「そんでもなんかやんなきゃ駄目か……」
つぶやいてからハッとした顔になる。
「月海さんとこ行ってお蕎麦を作ろう」
「なぜうちでやらないの?」
「お盆の初日だし、わいわいやりたいじゃん」
「お盆ってそういう日だったっけ……」
まあまあ、と立ち上がった母さんが台所の棚を開ける。蕎麦の袋をいくつか掴みだした。
「よっしゃ、行くぞ!」
「ぼくも行くの?」
「彼女が恋しいでしょ?」
「毎日会ってるようなもんだけど……」
「チッ、これだからリア充は」
「応援して。息子だよ」
「だから手を貸そうと言っているではないか。いざ行かん!」
「はあ……」
お昼時から月海先輩の家に殴り込みをかけるのか。
今は道場に門下生が来ていそうな気もするが、一度こうなった母さんは止められない。
ぼくと母さんはそろって月海先輩のお屋敷に向かった。
† †
「ありがとうございました」
――と言って、二人の門下生が道場を出て行った。
「頼清さんお久しぶりですー! 今からお蕎麦を作ろうかと思うんですよ、ここで!」
「ほほう、いいじゃないですか! ぜひよろしくお願いしますよ!」
頼清さんは母さんの遠慮なさにまったくひるまない。この二人も完全に息が合ってるよな。
「勝手に色々使わせてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ! 自由にやってください!」
母さんと頼清さんが一緒に台所へ向かった。やっぱ夫婦だろあれ。
「あら、戸森さんじゃありませんの」
「むっ、その声は……」
振り返ると、柴坂さんが道場から出てきた。道着姿だ。ライトブラウンの髪を、月海先輩のようにポニーテールにまとめている。
「景国くん、こんにちは」
一緒に先輩も出てきた。袴姿の美人が二人。絵になるなあ。
「すみません、母さんがみんなで蕎麦を食べようって言い出したので」
「いいじゃない、ちょうどお昼だし。そうだ、
月海先輩が柴坂さんを下の名前で呼んでいる。一緒に鍛練していれば仲良くもなるか。
「私は別に……」
「庶民のお蕎麦は口に合わない?」
「そ、そんなことありません。あの、お邪魔ではないのかと思いまして」
「景国くん、にぎやかな方がいいでしょ?」
「そうですね。たまにはいいと思います」
「だそうよ」
「では……お言葉に甘えさせていただきます」
† †
8月中旬にしては涼しい日だった。
気温自体は高いが常に風が吹いているのであまり暑く感じない。
ぼくと月海先輩、柴坂さんは玄関寄りの縁側に座って蕎麦ができるのを待っていた。
先輩は長袖シャツにロングスカート、柴坂さんは半袖ブラウスとフレアスカートとそれぞれ私服に変わっていた。
月海先輩は足が長いからロングスカートがよく似合う。何を見ても似合うしか言っていないような気がするが似合うんだもんしょうがないじゃない。
「柴坂さん、もう実戦の稽古とかやってるの?」
「今は基礎を徹底的に学んでいる段階です。月海先輩と先生のようにはとてもできませんから」
頼清さんは先生と呼ばれているのか。
「地味なことの連続だけど、よく続いていると思うわ。今まで来た人の中には『早く技を教えてくれ』って言う人も多かったし、そういう人ほどすぐに辞めちゃうのよね」
「簡単に覚えられると思ってるんですかね」
「そうじゃなかったらそんな言葉は出てこないでしょ」
「何事も根気が大切だということを理解していないのですね。早道などありませんのに。――あうっ」
月海先輩が柴坂さんの頭を撫でる。
「それを理解できるって、実は難しいことなの。未来生ちゃんはこの先も大丈夫そうね」
「は、はい。頑張ります……」
「すごいな。ぼくなら絶対に続かなそう」
ふふん、と柴坂さんが得意げな顔になった。
「もう戸森さんくらいなら軽くひねれると思いますわ」
「なにっ」
聞き捨てならない。
「ぼくはそう簡単にやられないよ」
「どうでしょう? 私、腕力もついてきてますのよ」
「それだけで勝負が決まるわけじゃないし」
「いいえ、きっと私が勝ちます」
「柴坂さん、身長何センチ?」
「え? 158ですが」
「勝った! ぼく159ー!」
「そんなもの誤差の範囲です! だいたい勝負と関係ない……もう、月海先輩も何か言ってあげてください」
「勝ち誇ってる景国くんかわいい」
「それでいいんですの!? 洗脳されていません!?」
「未来生ちゃん」
「あ、はい」
「もし景国くんをひねったら、私も容赦なく貴女をひねるからね?」
「も、申し訳ありませんでした……」
「なんだかにぎやかだねえ」
頼清さんが縁側を歩いてきた。大きな桶を抱えている。
「うちの庭が若い子の声で騒がしいってのは嬉しいこった」
頼清さんは門のところまで行って桶を置いた。溜められた水の上に、カボチャの大きな葉っぱが揺れている。
「それは?」
「今日はご先祖様が帰ってくる日だからな、ここまでの道のりでくたびれた足をこれで洗ってもらうのさ。
「うちはこういうの、今でも続けてるの。かんばは焚かなくなったけど」
かんば。
ダケカンバという木の皮を乾燥させたものだ。お盆の初日に迎え火として、最後の日に送り火としてお墓の前で焚く。
お盆が近くなると長野市内のホームセンターなんかに並んでいて、県外から来た人はめずらしがるという話だ。これって他の県ではやっていない風習なのだろうか?
「私の家ではこういうことをやらないのです。知らなかった文化に触れると、なんだか嬉しくなりますわね」
「未来生ちゃん、そういう感性は大切にしてね」
「はい」
ぼくも帰ったらお墓参りに行かなきゃな。
「みんなー、お蕎麦できたから食べよー!!」
母さんが台所から顔を出した。人の家にいるのに、まるでそこに住んでいるかのような態度。その部分、ぼくは受け継がなかったみたいで本当によかった。
「さあ、みんな行きましょ」
「ですね」
「お邪魔いたします」
頼清さんも早足で戻ってきた。
「こういう楽しそうな雰囲気だとご先祖様も喜びそうだ。よーしみんな、今日は派手にいこうな!」
「お父さん、宴会みたいなこと言わないで!」
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