先輩と高校の思い出を切り取って

 あと二日で1月の登校日が終わる。

 すると、3年生は卒業式まで学校に来なくなる。


 制服姿の月海先輩を見られるのも数回を残すのみとなった。


 その日の朝、ぼくは携帯のフォルダを確認していた。


 先輩を撮った写真がいくつか入っている。


 ……足りない。


 お昼に生徒会室で撮ったものが中心で、他は少ない。

 もっと学校の色々なところにいる先輩を撮っておきたいと思った。自分がカメラ嫌いじゃなかったら、春からたくさん写真を撮っていたんだろうけど……。


 家を出ると、今日は先輩の方が先に待っていた。


「おはようございます先輩。実はお願いがあります」

「唐突ね。なにかしら?」

「今日、学校のいろんな場所で先輩の写真を撮りたいんです」


 月海先輩はぽかんとした。


「そう……あと少しだものね。じゃあ今日は景国くんのしたいことをやりましょ」

「ありがとうございます」


 やった。交渉成功だ。

 携帯の充電はバッチリ。張り切っていこう!


     †     †


「戸森さん、月海先輩の撮影会をするそうですね」


 朝の教室で、柴坂さんに話しかけられた。

 鍛練の影響だろうか、全体的に春よりスラッとしたように見える。痩せたのではなく、引き締まった印象だ。

 最初に話しかけてきた時の柴坂さんは、もうちょっとほっぺが丸かった。

 無駄がなくなったことにより、顔立ちも大人っぽくなりつつあるような気がする。


 ……いいなぁ。


 ぼくは変わらず童顔のままなのに。


「月海先輩からメッセージが来ましたの。放課後、戸森さんに撮ってもらうって」

「自分がカメラ苦手だから撮ろうって発想が出てこなかったんだよね。遅いかもしれないけど挽回するつもり」

「後悔してます?」

「撮ってこなかったこと?」


 柴坂さんがうなずく。


「確かにそれはあるよ。夏服も撮ってないからね……」

「あるだけ譲りましょうか?」

「え、いいの?」

「数枚ですけれど。戸森さんが持っていれば、写真を見返しながら思い出話ができますものね」

「あ、ありがとう柴坂さん!」


 ぼくは携帯を出して、写真を送ってもらった。


 文化祭の準備をしていた頃のものだ。

 どれも体育館周辺。昇降口横の水道にいる写真もある。


 夏服姿で木刀を持った月海先輩。ポーズをとっているわけではなく、右手で握って刀身を見ているだけ。その自然な感じがいい。


「いつだったか、戸森さんがカメラ嫌いだから撮ってと言いづらくて、とつぶやいていましたよ」

「そっか……」


 変な気をつかわせちゃったかな。

 でもコンプレックスは簡単には消えない。悩ましい問題なのだ。


「ありがとう柴坂さん。これがあるとないじゃ大違いだったよ」

「お役に立てたならよかったです」


 柴坂さんが携帯をしまった。


「これからも仲良くやってくださいな。道場には引き続き通いますから、月海先輩にはいつでも明るい顔でいてもらわないと」

「努力するよ」


     †     †


「まず、どこから始める?」

「早く閉まる屋上から行きましょう」


 放課後。

 ぼくと月海先輩は打ち合わせ通り小さな撮影会を始めた。

 日没が早いから急ぎたいところだ。


 まずは屋上。

 初めてお昼ご飯に誘われてから、ずっとそこで食べたことが思い出される。


「ベンチに座っているところを撮りたいです」

「屋上といえばそうなるわよね」


 先輩がおなじみのベンチに座った。冷たいらしくて、唇がきゅっと結ばれる。


「いつも私、どうしてたっけ?」

「足を組んで音楽を聴いてましたね。あとお弁当を足の上に置いて黄昏てたり……」

「別にそんなことはなかったと思うけど……まあいいわ」


 月海先輩は足の上で両手を組んで、ぼんやりとしたように床を見た。

 そう、それそれ。

 ぼくはすかさず携帯をかまえ、カメラのボタンを押す。


 さらに足を組んだところ、空を見上げているところも撮らせてもらった。


「どう?」

「いい感じです。次は渡り廊下に行きましょう!」

「ふふ、乗ってきたわね。景国くんがカメラに積極的になってるの、なんだか嬉しいな」


 先輩が笑う。ぼくも楽しくなってきた。


 渡り廊下では、壁に背中を預けている写真を。

 焼きそばの屋台をやった駐輪場では、鉄柱に手を当てているところを。


 途中から「自然体」みたいな考えはなくなって、月海先輩には好きにポーズを作ってもらった。その方が、より楽しそうな表情になるから。


 生き生きした顔の月海先輩を撮るのは楽しい。後悔は残っているけど、これからは隙あらば写真に収めていこう。


「景国くん、当然プールの横も行くでしょ?」

「もちろんです」


 初めてのキスをした場所。忘れるわけがない。


 プールは閉鎖されていて誰もいない。横に体育館があるので、バスケ部やバドミントン部の練習する声が聞こえてくる。


 その脇にぼくたちは移動した。

 プールを白いフェンスが囲んでいる。そこでぼくらはキスをしたのだ。


「先輩、フェンスに寄りかかるような感じでお願いします」

「うん」


 体勢を変えてもらいながら写した。後夜祭の思い出が蘇ってくる。


「みんな花火を見てるからって、こっそりやったんですよね」

「私、どうしてもああいう雰囲気の中でしてみたかったの。今でもはっきり覚えてる」

「ぼくもですよ。先輩が途中から熱くなって、フェンスに押しつけられましたからね」

「し、仕方ないでしょ。初めてのことだったから、自分が抑えられなかったのよ」

「あの時、やっぱり先輩には勝てないなって思いました」

「それは感情の話? 力の話?」

「どっちもです」

「景国くん……」

「あっ、落ち込まないでください! 軽い冗談です!」

「どうせ馬鹿力の女よ……」

「本気にしないでください。ぼくは先輩にむりやりされるの、けっこう好きなので」

「私は欲望に忠実な女ということね……」

「待った、そういう意味じゃないんですって!」


 なぜか泥沼にはまりかけている。

 ぼくが焦って言い訳していると、月海先輩がクスッと笑った。


「なーんてね。そんなに慌てなくても大丈夫よ」

「び、びっくりした……」

「景国くんのあたふたしてるところもかわいいのよね。ついからかいたくなっちゃうっていうか」


 やはり勝てないっ……!


「でも、いいことを聞いたわ」

「な、なんですか?」

「景国くん、むりやりされるの、嫌じゃないのね?」

「げ、限度はありますよ?」

「そうね。限度の範囲内なら問題ないわよね」


 ……微笑みが邪悪に見えてきたんですが。


「それで、今日は満足した?」

「はい、たくさん撮れました!」

「時間が経ったら、こういう写真を見て懐かしむのかもね。まだ気が早いけど」

「そうですよ。卒業まで時間はあります」

「通常登校は明日で最後だけど……あ、そうだ」


 先輩がパチンと指を弾いた。


「景国くん、明日の放課後は予定ある?」

「何もないですよ」

「じゃあ明日はクラリッサに行きましょ。制服で、もう一度だけ」


 ぼくは迷わず賛成していた。

 甘い甘いホットケーキ。ほんのり苦いコーヒー。

 あの場所もまた、思い出の一つだ。


 明日も充実した一日になりそうな予感がした。


 時間はどんどん過ぎていくけれど、今は月海先輩と一緒の毎日が、とにかく楽しい。

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