ある意味で非常に珍しいカップル
空が遠くまで赤く染まっている。
バスを降りると、熱い風が吹き過ぎていった。
月海先輩と市民プールでアルバイトした帰りの途中だ。
「はしゃぎすぎたわね」
「なんだか疲れました……」
「景国くん、必死すぎて面白かったわ」
先輩とプールで鬼ごっこをして、結局一度も捕まえられずに振り回されただけに終わった。身体能力の差を見せつけられた感じだった。
二人で家に向かって歩き出す。
ぼくも先輩もサンダルなのでペタペタ音が鳴った。
「明日は久しぶりに何もないのよね。景国くん、どこか出かける?」
「まだ予定は決まってないです」
「そう」
……ん、これ遊びに誘われてる?
「遊びに行きますか?」
「それもいいけど、たまには家でのんびりしたい気もするな。そうだ、うちの庭で流しそうめんでもやらない?」
「おお、いいですね!」
すごく夏らしいイベントだ。
「確か、流しそうめん用の竹が台所のどこかにしまってあったはず。帰ったら探してみるわ」
「そういうの、ちゃんとあるんですね……」
「お父さんが友達呼んでやるから」
「門下生への振る舞いとかもあるんですか?」
「流しそうめんはやったことないわね。焼き芋とかお餅を一緒に作ったことはあるけど」
「あー、みんなで餅つきは楽しそうですね」
「年が明けたら二人でやろうね」
「はい!」
年明けの予定が早くも一つ埋まったぞ。
「じゃ、明日は私が竹を組んでおくから、完成したらメッセージ……」
「……あっ」
「……」
「……」
微妙な沈黙が訪れた。
そうだった。
ぼくらはとても重要なことを忘れたまま、ここまで来た。
連絡先を交換していない。
あれだけ一緒にいたのに。
恋人関係にまでなったのに!
お昼休み。放課後。朝ごはん。
会う時間が決まっているから、わざわざ連絡を取り合う必要がなかった。何か話があれば、家が隣同士だから直接出向くこともできる。
いや、しかし……。
なんでこの状態をおかしいと思わなかったのだろう?
夜、軽くメッセージのやりとりしようっていう流れに一度もならなかったせいか?
ぼくは月海先輩と一緒にいられる現状に満足していたし、先輩の方からも何も言ってこなかったから、すっぽり頭から抜け落ちていた。
――っていうか、ぼくが忘れたんだ……。
以前、風邪をひいた時に交換しなきゃと思ったのだ。なのに忘れた。先輩がうちで倒れて一緒に寝るなんていう衝撃的な出来事が発生したから。
「せ、先輩……」
ぼくはおそるおそる携帯を取り出した。
「連絡先、教えてもらってもいいですか……?」
「も、もちろん。気づいた時にしておくべきよね……」
先輩も半ズボンのポケットから携帯を出した。
ぼくらは歩きながらアプリの連絡先を交換した。先輩のアイコンは三日月の幻想的なイラストだ。
「景国くんのアイコン、なんなのかよくわからないんだけど」
「それは前に自分で撮ったスーパームーンです」
「点にしか見えない……」
「距離がありましたからね」
「そういう問題なのかしら……」
月海先輩が少し困惑気味だ。
「その、告白にOKもらった日に変えたんです。月にしておこうと思って」
先輩がハッとした顔になった。
「ま、まずかったですか?」
「ううん、そんなことないよ。……そっか、そういうことだったんだ」
「つ、次に大きな月が出たら、今度は綺麗に撮ってそっちにします!」
「そんなに慌てる必要ないわ。すごく嬉しいから、気にしないで」
ホッとした。
先輩が笑顔になってくれたからだ。
「今夜、早速メッセージ送るからね」
「はい、待ってます!」
受け身でいいのかな。
でも先輩がこう言ってるんだし、今日はいいか。
ぼくもタイミングを見つけて、こっちからメッセージを送ろっと。
† †
夜。
ベッドに座って待機していると、携帯が鳴った。
月海先輩からの記念すべき最初のメッセージだ!
画面を開く。
綺麗な満月の写真がついていた。
『こんばんは。とても涼しくなりましたね』
なんだか堅苦しい。
もしかしてこういうやりとりが苦手なのかな。だから連絡先の話を出してこなかったとか。
返事をすると、すぐに次のメッセージが届いた。
また満月の写真がついている。
下にある夜景の雰囲気からして、月海先輩が自分で撮ったものだとわかる。するとさっきの満月もそうか。
「……えーっと」
これをアイコンにしてほしいということ?
自分のアイコンをあらためて見つめる。うーん、確かに月海先輩の言う通り、黒い背景に白い丸が乗っかっているだけにしか見えないか。
ぼくは、
『この写真アイコンに使わせてもらってもいいですか?』
と送ってみる。
『どうぞ』
――と返ってきた。笑顔の顔文字がついていた。
苦笑いしつつ、ぼくはアイコンをもらった写真に変える。これはこれで、いつも先輩と一緒という感じがしていいな、と思った。
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