つまりノーメイクなのか!?
朝のホームルームに、先生が大きなプリントを持ってきた。
「来年から新しい校則が追加されることになった。長野市外に住んでいる生徒と、山間部から通っている生徒は原付通学が可能になる。ここに書かれているからよく読んでおくように」
該当するクラスメイトが先生からプリントを受け取った。
学校から比較的近いところに住んでいるぼくには関係なさそうだ。
† †
「校則追加すんならメイクOKもほしかったよね~」
女子グループが愚痴をこぼしながら帰っていく。
教室にはぼくと黒田君だけが残っていた。月海先輩は文化祭の用意を手伝いにいっているらしく、少し遅れるそうだ。――という話をしたら、彼が時間つぶしにつきあってくれることになった。
「校則ってあんまり気にしたことなかったなあ」
「生徒手帳に全部書いてあるけどね」
黒田君が机に突っ伏して生徒手帳をめくっている。
「うん、全体的に雑だな」
「どのへんが?」
ぼくが訊くと、黒田君がある文章を指さす。
「男女問わず化粧は禁止になってる。でも髪の色についてはなんにも書いてないわけ。設定がぬるい」
「そういえば、みんな髪の毛は自由だよね」
「あの柴坂さんだって茶髪にしてるし」
「夏目先輩も栗色っぽい」
「たまに赤入れてる人もいるな」
「あれはさすがに注意されてたよ」
ぼくも黒田君も山浦君も黒髪だ。サッカー部の矢崎君はよく色を変えるしメッシュの時もある。まあ山浦君は丸坊主だから染めるも何もないけど。
「そう考えると、月海先輩は真面目だな」
「家が武術やってるんでしょ」
「そうだよ」
「だったら、学校が許してても染めないんじゃない?」
「確かに」
ぼくは月海先輩のつややかな黒髪が好きなので、染めると言い出したらどうしよう。先輩の意志を優先するべき?
「あとこれか」
黒田君がページをめくった。
「ネクタイ、リボンはつけてさえいれば、必ずしも学校指定の物でなくてもいい」
「そこは統一感持たせるか、そもそも学校指定のを作らなきゃいいのに」
こうして見るとけっこういい加減なんだな。
ネットでブラック校則なんてものも聞くけど、浅川高校はそこまできつくない。女子の中にはメイクしたい人だっているだろうけど……。
「――えっ」
「どうしたの、戸森君」
「つまり、月海先輩はいつも化粧をしていない!?」
「今さら!?」
そ、そうだったのか。考えてみれば納得だ。
一緒にプールに入った時。
この前、お風呂から上がった時。
ぼくは月海先輩の顔を見て何かが変わったとは思わなかった。だからいつものように話していられたんだ。
「いやあ、盲点だった」
「彼氏が何を言ってるんだ……」
黒田君はあきれ顔だ。
彼氏だからって彼女の素顔を絶対に知っているとは限らないと思うけどな。
「女子ってみんなメイクしてるものだと思ってた。母さんがいつも、夜勤から帰ってきたらせっせとメイク落としてるところを見てたせいかな」
「先入観が強かったわけか。ま、月海先輩はそのままでも美人すぎるくらい美人だし、別に印象変わったりはしないでしょ」
ぼくはこくこくうなずいた。完全に黒田君の言うとおりだ。
† †
「お化粧ねえ……」
帰り道で、早速その話を月海先輩にしてみた。
「やってる子はいるんだけどね」
「そうなんですか? でも、注意されてる人は見たことないですよ」
「薄くやれば見抜かれないものよ。私はやらないけど」
「頼清さんに止められてるんですか?」
「校則だもの。やらないに越したことはないわ。それに鍛練や演舞で動き回ると汗で剥がれやすいから、お化粧する習慣がないのよ」
「楽と言えば楽ですね」
「朝の手間を一つ減らせるからね」
月海先輩が体を傾けて、ぼくを横から見つめてくる。
「景国くんはどう思うの? 少しはやってほしい?」
「いえ。ありのままの先輩でいてほしいです」
「そっか」
先輩が元の体勢に戻る。
「そう言ってもらえると、気が楽だわ」
家が見えてきた。
このあと柴坂さんがやってきて、フリーステージの練習をするのだろう。
向こうから人影が歩いてきた。目の周りを赤と黒のラインで彩り、唇を濃いピンクで染めた男だ。
「お、お父さん!? 何か嫌なことでもあったの!?」
「お前、父親に向かってなんてこと言いやがる」
その人物は頼清さんだった。
「今日は
「でも、なんでそんな顔……」
「月心流は武術であると同時に芸術でもある」
「初耳なんだけど」
「――そういう気持ちで披露しようかと思ってさ。発表に使うらしいから絵的に映える方がいいかなって」
「ありのままを伝えなきゃ駄目じゃない! 歴史の捏造になっちゃうでしょ!?」
「だ、大丈夫だって。どうせそんなに興味持たれないだろうし……」
「お父さん……」
「やめろ、そんな哀れみの表情で俺を見るな」
「それにしても、いつの間にお化粧なんてできるようになったの?」
「夏場からひそかに練習してたんだ。演舞をやる人間も見栄えがいい方が、観客の食いつきもいいかと思って」
「技術が第一でしょ?」
「まあそうなんだが、もし若里高校での反応がよかったら本格的にビジュアルについても考えたい」
「…………」
月海先輩は一歩下がってぼくに顔を近づけてきた。
「景国くん……もしかしたら、お父さんの方が私よりお化粧上手かもしれない……」
「は、はは……」
ぼくは笑うしかなかった。
今の頼清さん、V系のバンドにいそうな顔してるなあ――とか思ったのは内緒の話。
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