好きな人の好きなところ

「戸森さん。数日考えましたが、やはり応援演説は貴方にお願いしたいと思います。……引き受けていただけないでしょうか?」


 立候補者の公示からしばらく経った日の朝。

 柴坂さんにそんなことを言われた。


「ぼくなんかで大丈夫かな」

「利用しているようで心苦しいのですが、戸森さんの影響力が一番大きいのです。力を貸してほしくて……」


 ぼくの周りは正直者ばかりだな。


「わかった。やるよ」

「ほ、本当ですか?」

「でも、噛みまくったらごめん」

「そのようなこと、気にしなくても大丈夫です。……よかった」


 柴坂さんはホッとした様子だ。


「演説だけでいいの? 他に手伝うことはない?」

「広報は女子の皆さんに手伝っていただくので、戸森さんは演説の方に集中してください」

「うん、じゃあ早いうちに内容考えておくね」

「お願いいたします」


 朝はその会話だけで別れた。


 ……応援演説か。


 小学校や中学でも選挙はあったけど、演説する側に立ったことは一度もない。どんなことを話せばいいのかもよくわからない。こんなことになるのだったら、去年の演説をもっとしっかり聞いておくべきだったな。


 仕方がない。

 ここは月海先輩に相談してみよう。

 以前、夏目先輩の小論文にもアドバイスしていたし、力になってくれそうな気がする。


     †     †


「やっぱり景国くんがやることになったのね」

「はい。それで、どういう文章を書くべきなのかなーと思って」


 お昼休み、お弁当を食べながら月海先輩に訊いてみた。


「王道なのは、その人が普段いかに頑張っていて、こういうことができる人だってアピールすることよね」

「……ぼく、柴坂さんのことを実はよく知らないんですよね。話すようになったのも今年からなので」

未来生みくるちゃん、部活はやってないんだっけ」

「そうみたいですね」

「委員会は?」

「風紀委員です。積極的に誰かを注意するようなことはないですけど」

「2年生の中では知名度のある方よね」


 ぼくはうなずく。


「だとしたら、1年生と3年生にいかに名前を広めるかが課題か。対抗馬はどんな子なの?」

「3組の名張なばりりょうさんって人で、クールでボーイッシュなところが人気の女子です」

「お嬢様対王子様ってところね」


 うーん、難しい選挙になりそうだ。


「推薦文を書くなら、キーワードを盛り込むことが重要かな。その人を一言で言い表せるような言葉」

「一言で……何かあったかなぁ」

「景国くん、自分で言ってたじゃない」

「そうでしたっけ?」


 思い出そうとするが、出てこない。


「向上心のかたまり。これこそ、未来生ちゃんにふさわしい言葉でしょ」

「あ、確かに。生徒会長になることでさらなる成長を遂げるのは間違いありません、みたいな」

「そうそう。形が見えてきたわね」

「道場のことも書いていいですか?」

「それならこの前のフリーステージにも触れた方がいいわ。生徒も見に来ていたから、口コミで話題を広げてもらうの。あの人は武術も習ってるんだよって、周りに伝えてくれるのを狙いましょう」

「なるほど……」


 さすが月海先輩。次から次へとアイディアを出してくれる。


「だいたい、イメージは固まった?」

「はい、書けそうな気がしてきました」

「それならよかった。しっかり力になってあげてね」

「頑張ります」


 しばらく、ぼくたちは昼食に集中した。


「ねえ景国くん」

「なんですか」

「私の推薦文を書くとしたら、なんて書く?」

「月海先輩の……ですか?」

「景国くんが私をどう推してくれるのか、気になるな」

「そうですねえ……」


 ぼくは少し考える。


「月海先輩は面倒見がよくて、困っている人に正面から向き合ってくれます。自分を磨くことに熱心で、鍛練を怠りません。運動神経がよくて、躍動する姿には思わず目を奪われます。一方で繊細なところもあって、自分の言葉が相手を傷つけていないか心配になったり、距離感の取り方にとても慎重だったりします。そういった相手を考える優しい面が多くの人を惹きつけるのだと思います――」


「景国くん、ストップ!」


 月海先輩が肩を掴んできた。


「お、思った以上に恥ずかしいからそのくらいでいいわ。ありがとう」

「でも、まだまだ言えますよ」

「え?」


「背が高くてスタイル抜群。黒髪が綺麗でポニーテールがとてもよく似合っていて、細目が美しいです。スラッとした体型でいながら的確に相手を無力化させられるだけの力を持っていて、しかし現状にはまったく満足していません。そこがかっこいい。さらに頭もよくて成績は常に上位を維持していて、まさに文武両道、容姿端麗、しかも料理の腕前も超一級と家庭的な面も併せ持っている実にパーフェクトな――」


「本当にありがとう! もう充分だから!」


 ゆさゆさやられて、ぼくはしゃべるのをやめた。


「というか、後半はほとんど景国くんの感想じゃない……」

「言われてみればそうですね。先輩の好きなところを語り始めたら止まらなくなっちゃって」


 月海先輩の頬が赤くなっていた。視線が落ち着かない。


「でも、景国くんがそこまで私を見ていてくれたのは嬉しい……」

「好きなところはどこ? って訊かれたら「全部!」って言いたいんですけど、それだとありきたりなので具体的な方がいいかと思って」

「細かすぎて体がむずむずしたわ……」


 熱くなって、無我夢中でしゃべってしまった。攻めすぎたかな?


「後半はともかく、前半のような文章が書ければいい推薦文になると思う。頑張ってね」

「はい、しっかり書きます!」


 イメージはできた。

 月海先輩のおかげだ。あとは原稿用紙にまとめて、噛まないように練習するだけだ。


     †     †


「おう、後輩くんお疲れ」

「夏目先輩、お疲れさまです」

「光ちゃんはもうすぐ来るからしばし待ちたまえ」

「また進路の相談ですか?」

「たぶんね。それよりキミ、光ちゃんに何かした?」

「え、別に何も……」

「午後の授業中さあ、光ちゃんずーっとニコニコしてたからこれはお昼休みに何かあったなと思ったんだけど」

「…………うーん、なんでしょう。ぼくの知らないところでいいことがあったのかもしれませんね……」

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