まだまだ未熟な二人ですが……
放課後になった。
これから、
ぼくがやるべきこと。
それは月海先輩を自然な形でどこかへ誘導することだ。あとは川崎先輩を信じる。
まずぼくが不審に思われないことは重要だ。
3年生の教室に入るところでおどおどしちゃいけない。
みんなと挨拶を交わして教室を出る。
3年生の教室は2階だ。まっすぐ下りて、廊下を歩いていく。すれ違うのは3年生ばかりなので気まずい。みんな大人びた顔つきをしているからなおさら。
3年1組のプレートが見えた。
深呼吸して、そっとドアから顔を覗かせる。
バッグにノートをしまっている月海先輩の姿が見えた。すかさず近づいたのは夏目先輩だった。
夏目先輩がぼくを指さし、月海先輩の背中を押した。先輩は荷物を持たずにやってくる。うまい。
「景国くんどうかした? もう帰るつもりだったけど」
「その前に、お話ししたいことがあるんです」
「なんだか真剣ね。……えっと、人のいないところの方がいいかしら?」
「はい、できれば」
流れは悪くないが、このままだと先輩はバッグを持ってくるだろう。あれは残しておかなきゃいけない。
心臓がはじけそうだが、思い切ってやってしまえ!
「じゃあ、こっちへ」
「あっ――」
ぼくは先輩の手を取った。
手を引いて、一番近い階段から上の階へ進む。
「景国くん、そんなに重要な話なの?」
「そう、ですね」
……話したいことってなんだ?
思わず言ってしまったが、内容をまったく考えていなかった。屋上に着くまでに言葉を用意しないと。
階段をさらに上がって、屋上へ出た。
夏の夕暮れ。
まぶしい日差しが床を照らしている。
ぼくは先輩の手を離した。
「すみません、強引でしたね」
「ちょっとドキドキしちゃった。むりやりってこんな感じなのね」
「…………」
うーん、スルーしておく?
「あのですね……」
さあ、何を話そうか。
3年1組の教室から人が消えるまで、門竹先輩は現れないだろう。それまで作戦は実行できない。ある程度時間を稼げる話がいい。――って言われても本当に何も考えてなかったんだよなあ。
たぶん、この作戦については黙っていた方がいいのだろう。別の話を持ち出すしかない。
迷っていると、月海先輩が細目をさらに細めた。
「ねえ、何か隠してない?」
息が止まりかけた。
「そ、そんなことないですよ?」
「ふうん……」
うっ、絶対信じてない。
この作戦は、門竹先輩を月海先輩から切り離すためのもの。その最中にぼくと先輩の関係がぎくしゃくしたらなんの意味もない。
これはぼくらの、恋人という関係をさらに強めるために必要なことなんだ。
「先輩、お願いがあります」
「うん、なに?」
「ペ、ペアネックレスとか、やってもいいですか!」
「……はい?」
きょとんとされた。
「ぼくはやっぱり、先輩とおそろいの物がほしいんです。でも指輪は目立つからつける勇気が出ないなって、ずっと考えてて……」
「だから、ネックレスを合わせようってこと?」
「はい。……だ、駄目ですか?」
月海先輩が首を横に振る。
「全然そんなことないよ。むしろ、景国くんがそんなこと言ってくれるのが信じられないくらい」
「じゃあ、許可してもらえるんですね!」
「当たり前じゃない。――なんだ、お話ってそれのことだったの?」
「そ、そうです。今日の帰りに一緒に見に行きたいなって考えてたんですけど、こういう話はちゃんと向き合ってしなきゃいけないと思って」
……勢いで言っている部分があってうしろめたい。しかしおそろいの物がほしいのは本当だ。ペアリングをつけたらすぐ話題にされてしまうだろう。でも、ネックレスなら大丈夫じゃないか。月海先輩もブラウスの中に隠しているし、ぼくだって同じようにすればいい。指輪よりは目立たないはずだ。
「そうだよね」
「……先輩?」
「二人でつけてた方が特別な感じがする。指輪じゃなくてネックレスっていうのも、私たちらしいかも」
「買ったお店に案内するので、一緒に選んでもらっていいですか?」
「もちろん。お父さんにはちょっと遅くなるって伝えておく」
「すみません」
「なんで謝るの? みんなハッピーになれる提案でしょ?」
返事に詰まっていると、携帯が振動した。
『写真撮れた。現行犯。秋山先生がやってくれたから誰が密告したかはバレてない。もともと門竹をマークしてた先生だから全部問題なし』
川崎先輩からの、短文を連ねたメッセージだった。
秋山先生は生徒指導の教師だ。そんな人に現場を押さえられたのでは言い訳もできまい。
川崎先輩も顔を見られなかったようだし、これで事態は収束するだろうか?
門竹先輩がこちらに八つ当たりに来ないことを祈ろう。
「先輩、お店は長野駅の方にあるんです」
「そうだったんだ。じゃあバスで行こっか」
「はい、よろしくお願いします!」
出口へ向かおうとすると、月海先輩が手を伸ばしてきた。
「ねえ景国くん……きっともう、みんな帰ったよ」
視線を逸らして先輩が言う。
ぼくも手を伸ばした。前よりは自然に出せるようになった気がする。
「つないで、行きましょう」
「……ありがと」
† †
『余計なお世話かもしれないから全部黙っておいてくれ』
川崎先輩のメッセージにはそう書いてあった。功績をアピールしないなんてもったいないと思ったけれど、言われた通りにしよう。
ぼくは月海先輩が悩みを抱えていることに気づけなかったし、先輩も打ち明けてくれなかった。
『不安は二人で分かち合えたら』と話したけれど、今はまだご覧の有様。
まだ、ぼくたちには足りないところがたくさんあるようだ。そういった部分を、これから少しでも埋めていきたい。
3年1組の教室には誰もいなかった。
月海先輩は机の中を覗き、ホッとした表情を浮かべて、それから廊下に出てきた。
「どうかしたんですか?」
「ううん、なんでもないよ」
その微笑みは、とても自然なものに映った。
「ところで景国くん、なんてお店なの?」
「ルナロックっていうところです」
「……あっ」
「どうしたんですか?」
「そこ、たぶん今日お休み」
「えっ……」
調べてみた。
……本当だった……。
† †
「おはよう、川崎君」
「ああ月海さん、おはよ」
「これ、よかったらもらってくれる?」
「でかい箱だな。急になぜ?」
「昨日のお礼、かな」
「月海さん、まさか……」
「あ、もし心当たりなかったらごめんなさい。そうなのかなって思っただけだから」
「…………」
「ふふっ、ありがとう」
「あ、月海さん――」
…………。
「あの感じだと戸森君はばらしてなさそうだが……さすがだな、気づかれたか。で、これはなんだ……おやき!? いやいやいや、これ夕方には絶対悪くなってるって。くっ――――もしもし山浦、今日は全員朝練来てるのか? そうか、実は月海さんからおやきの差し入れをもらった。山ほどあるからホームルーム始まる前に全員で片づけるぞ! え? 細かいことはどうでもいいんだよ! 今すぐ行くからそこで待ってろ!」
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