ぼくらの新しい居場所
お昼になっても水っぽい雪は降り続いていた。路面には水たまりができている。
「戸森、月海先輩が来てるぜ」
窓から外を見ていると、山浦君に声をかけられた。
振り返ると、教室の出口に月海先輩が来ている。有名人だけあってみんなの視線がそこに集まっていた。――そしてついでのようにぼくにも視線が飛んでくる。
「先輩、どうかしたんですか?」
「この雪じゃ、さすがに屋上は限界よ」
「確かに……」
これまでは寒い寒いとぼやきつつも屋上でお昼を食べてきた。しかしどう考えても今日は無理だ。これから本格的に雪が降るし、お昼休みを過ごせる場所を新たに探す必要がある。
「といっても難しいのよね」
ぼくと先輩は廊下で向き合って話す。
「体育館の方はバスケ部やバレー部の子たちが集まってるからなんとなく落ち着けないの。かといって渡り廊下だと冬は寒すぎるし……」
「空き教室ってありませんでしたっけ?」
「うちの学校、空き教室は基本的に鍵がかかってるから」
「妙なところはお堅いなあ」
うーん、と二人で考え込む。
教室はありえない。
先輩がぼくのクラスで食べるなんて、それこそ落ち着けないだろう。ぼくが先輩の教室にいったら、居心地の悪さでメンタルがズタボロになりそうだ。
「あの、お昼を食べるところを探しているのですか?」
ひょこっと出てきたのは柴坂さんだった。
「あら未来生ちゃん。よかったら知恵を貸してもらえない?」
先輩が事情を話すと、柴坂さんが得意そうに笑った。
「でしたら、生徒会室を使っていただいてもかまいませんよ」
「生徒会室?」
「柴坂さん、それって問題なんじゃ……」
「もう引き継ぎは終わっていますから、使用権は2年生にあります。私が許可すれば問題ありません」
「誰も来ないかしら?」
「ええ、皆さん自分のクラスで食べていますから。それに前の生徒会役員の方々は色んな人を引き入れて飲食していたようですよ。たくさんゴミが出てきました」
月海先輩が額を押さえた。
「私たちの代が申し訳ないことをしたわね……」
「お気になさらず。月海先輩も戸森さんも綺麗に食べる方だとわかっていますから、お使いください」
でも、と柴坂さんが月海先輩に顔を近づける。
「なるべく先生には見つからないようにお願いいたします」
「気をつけるわ。ありがとう、未来生ちゃん」
「お二人の力があったから生徒会長の座につけたのです。このくらいでは恩返しにならないかもしれませんが」
「とっても助かるわ」
月海先輩が柴坂さんの肩をポンと叩く。柴坂さんが嬉しそうに小首をかしげた。
† †
「思ったほど広くないんですね」
「基本的に会議するための場所だからね」
柴坂さんの許可を得て、ぼくらは早速生徒会室に来ていた。
長方形のテーブルが縦に二つ連結されている。テレビがあって、両サイドには書類を入れておく棚がある。
向かって右側にはパソコンもあった。海外メーカーのデスクトップパソコンだ。
左側にはホワイトボード。すでに会議をしたらしく、『3学期生徒会活動方針』と書かれている。その横に何も書かれていないところを見るとまだ何も決まっていないようだが。
……3学期か。
その時期には、月海先輩と一緒に登校することもなくっているんだ。そう思うと、急にさみしさがこみ上げてきた。
「景国くん、どうしたの?」
「あ、いえ」
月海先輩は出入り口に一番近い席に座っていた。上座にはつかない。やはり謙虚だ。
ぼくもすぐ左のイスに座った。先輩から弁当箱を受け取ってお昼ご飯を食べ始める。
「なんにも音がしないわね」
「外だと車の音とか鳥の鳴き声とかしましたからね」
「テレビつける?」
「見つかったら怒られますよ」
「冗談。そもそも私、ほとんどテレビ見ないし」
「同じですね。ぼくは部屋で本を読んでることが多いので」
「私は鍛練だったり勉強だったりかな。最近は勉強の時間が増えてるかも」
「センター試験、1月でしたっけ」
「うん。今の成績が維持できれば問題なさそうだけど、当日までわからないわ」
そうは言うものの、先輩の口調には余裕がある。演舞はともかく、本番に強い人だから恐れるものはないようだ。
「どうしても意識しちゃうよね」
「意識、ですか?」
「3学期になったらって」
「……はい」
ぼくの右腕に、先輩が左手を乗せてくる。
「あとちょっとしかないけど、思い出の場所になりそうなところが一つ増えたね。そう、思わない?」
「先輩……そんな優しい声で言われたら……」
「キス、してほしい?」
ぼくはうなずく。
先輩がテーブルに体を乗りだして、唇を当ててきた。心の準備をする暇もないままに。
――本当に、先輩には勝てないよ。
いつもグイッと、ぼくの心の中に入ってくる。先輩の色で世界が塗りつぶされる。
他に誰もいない、静かな生徒会室。
ぼくは目を閉じて、月海先輩の吐息と唇の熱だけを感じていた。
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