初雪と、初めての相合い傘

 週明け。

 起きて、カーテンを開けたら雪が降っていた。しかも11月らしからぬ本降り。

 粒の大きい水っぽい雪だった。


 ……新しいマフラーの初日なんだけどな……。


 月海先輩に買ってもらったんだから汚したくない。でも毎日つけていくと宣言しちゃったしなあ。


 少し重くなりそうだけど傘で行くか。


 ぼくは母さんが作り置きしていってくれた朝ごはんを食べると、制服に着替えてマフラーを巻いた。うん、あったかい。


 傘を持って外に出る。門の陰に月海先輩の肩が見えた。


「おはようございまーす」

「あ、景国くんおはよう……」


 言いかけて、先輩が固まった。ぼくも同じだった。


 ぼくはマフラーを巻いて傘をさしている。

 月海先輩は傘がなく、マフラーもしていない。


「えーっと……」

「な、なるほど。傘という手があったわね」


 先輩が引きつった笑みを浮かべる。


 微妙な間が挟まった。


「ご、ごめんね景国くん。こんな雪だからマフラーしたら濡れちゃうかなと思って……」

「ぼくも最初は迷ったので、気にしないでください」


 月海先輩が背中を向けた。


「ちょっと待ってて。マフラーして傘を持ってくるわ」

「先輩、ストップ!」

「え?」


 ぼくは自分の、大きな傘を高く持つ。


「これ、相合い傘のチャンスですよ」


「あ……」


「もっと言うと、一つのマフラーを二人で巻くとか」


「か、景国くんは天才なの?」


 その返事は予想してなかったなー。


「この傘大きいので、二人で入っても問題ないと思います」

「そう言ってくれるなら、一つの傘で行きましょう」


 月海先輩が頭を低くしてぼくの傘に入ってくる。


 ……そうだった、ここでも身長差が……。


 ぼくが腕を上げると、


「私が持つわ」


 先輩にサッと傘を持っていかれた。


「背の高い方が持つべきでしょ」

「すみません、お願いします」

「じゃあマフラーも……」


 先輩は自分とぼくを見比べた。


「高さの分だけ苦しくなりそうね……」

「そっちはやめておきましょうか……」


 二人で苦笑いした。


 こうして、ぼくたちは初雪の中、初めての相合い傘で登校することになった。


 パサパサと雪が傘に当たって音を立てる。

 徐々に重くなっているはずだが、先輩はずっと同じ位置で傘を持ち続けている。

 ぼくとは腕力も違うのだろう。鍛えているんだから当然なんだけど。


「景国くんにとってはあんまり愉快じゃない話をしてもいい?」

「不穏な切り出し方ですね……いきなりどうしたんですか」

「貴方が小柄だから、この傘にちょうど二人収まっているんだなって」

「そこかー」


 先輩の言う通りだ。

 ぼくがもう少し大きかったら、どちらかの肩がはみ出す。あるいは二人で譲り合って、片方ずつ肩を濡らすことになったかもしれない。


「そういえば先輩、ぼくのペースで歩きづらくないですか?」

「全然そんなことないわよ。心配しないで」


 ぼくの歩幅が狭いので、足の長い月海先輩が窮屈ではないかという気がしたのだ。


「私、人の動くペースに合わせるのは得意だから」

「鍛練でやってるから、ですか」

「そう。相手と呼吸を合わせなきゃ怪我にもつながるからね」


 月海先輩はいつものように、控えめに笑った。


「私、景国くんに負けちゃってるなあ」

「そんな、あらゆる意味で勝ってると思いますけど」

「今日は完敗。景国くんは私との約束を守ってマフラーをしてきてくれた。相合い傘をしようって言ってくれた。歩くペースを気にしてくれた。貴方の気づかいが、今日はいつもよりずっと嬉しい」


 ぼくは返事をしそこねた。「ありがとうございます」と言うだけでいいのに、照れくさくて声がうわずりそうで、何も言えなかった。これでも気づかい、できてるんでしょうか?


 しばらく無言の時間があった。

 雪が地面に落ちていく。雫に変わった雪が、傘から次々としたたる。


 空気はじめっとしているが、こういう朝もたまにはアリだ。


 いつもより近い距離で、先輩と歩調を合わせて歩く。

 それだけで、なんだか特別な一日という気がする。


「先輩」

「なぁに?」

「この雪、帰りまで降ってるといいですね」


 ふっ、と月海先輩が息を吐き出す。顔は見えないけれど、笑っているのが伝わってきた。


「そうね。一日降り続いてほしいな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る