今度はクラス委員長がグイグイくる。

 週末の教室はゆったりした雰囲気に包まれていた。


 4時間目が終わると、お昼の時間だ。

 ぼくは月海先輩と昼食をとるべく屋上へ向かおうとする。


「戸森さん、ちょっとよろしい?」


 背後から呼び止められた。

 振り返ると、ライトブラウンの髪にカチューシャを挿した女子が立っていた。

 我がクラスのルーム長、柴坂未来生みくるさんだった。

 ちょっと吊り目で、いつも自信ありげな表情をしている。


「何か?」

「貴方に聞いてもらいたい用事がありますの」


 ほとんど話したことがないのに、なぜか高圧的に話しかけられている。


「月海光先輩と私を引きあわせてほしいのです」

「えっ、なんで?」

「それは追って話します。まずは私を月海先輩のところへ連れていっていただけます?」

「はあ……」


 よくわからないが、うなずいてしまった。

 仕方なく柴坂さんと一緒に屋上へ向かう。


 柴坂さんはクラス委員を務め、次期生徒会長の座を狙っているとも聞く。実家は相当なお金持ちらしくてしゃべり方もかなり独特だが、悪い評判はまれにしか耳にしたことがない。いつも強気だから多少は、ね。


 屋上の扉を開けると、月海先輩がもう来ていた。

 ベンチに座って足を組んで、片手を突いてもう片手にはウォークマン。目を閉じて音楽を聴いているようだ。髪や制服が風になびいて実に様になっている。座っているだけなのに恐ろしく絵になる人だな……。


「あの方が月海先輩……」


 柴坂さんがこわばった声でつぶやく。さっきの強引な調子が消え失せていた。


「さ、さあ戸森さん、私を紹介してください。お早く」

「でもぼく、柴坂さんのことあんまりよく知らないんだけど」

「はあ? クラス委員長として皆さんをちゃんとまとめているじゃありませんの」


 うーむ、関わりが薄かったからこんなお嬢様口調の人だったとは知らなかった。リアルにこういうしゃべり方する人いるんだなあ。


「なぜ黙るのです?」

「いや、別に。ただほら、柴坂さんと話したことないからどう紹介したものかと……」

「私の名前と肩書きを伝えていただければけっこうです」

「だったら自分でやった方が」

「仲良くしている人の口を通した方が近づきやすいのですわ!」

「ですわ……」

「な、なんですか」

「そ、そういうキャラだったんだね柴坂さん。ぼくはなぜ今まで気づかなかったんだ……」

「ともかく急いで! お昼休みは有限なのですから!」

「わ、わかった」


 ぼくたちは並んで月海先輩の前に歩いていった。


「せんぱーい」


 声をかけると、先輩がすぐイヤホンを外した。


 ――ぞわっ……。


 一瞬、背筋を寒気が這い上がった。月海先輩に睨まれたのだ。迫力がある、なんてレベルじゃなかった。ある種の凄惨さを持った眼光だった。これが武芸者の視線……。


 ただ、もう月海先輩はいつものクールな表情に戻っている。

 目を閉じていたから、不意を突かれたと思ったのだろうか?


「景国くん、その人は?」

「あっはい。クラスメイトの柴坂未来生さんです。うちのクラス委員長で」

「はじめまして、柴坂と申します」


 柴坂さんは両手を合わせて丁寧にお辞儀した。


「今日は、月海先輩にお願いがあってまいりました」


 ぼくの時の全然口調が違うな。


「月海先輩のご実家は武術の道場だとか」

「そうよ」

「教えているのはどのようなものなのでしょう?」

「総合武術と言えばわかる? 基本的な体術から武器を使った戦法、それに合わせた体作りといったところかしら」

「門下生はどのくらいいらっしゃるのですか?」

「今は私を除くと5人しかいないわね」


 むしろ5人もいたのか。

 ぼくの気づかないところで出入りしている人たちがいたんだ。


「新しい門下生は、取っていただけますでしょうか?」

「……入りたいの?」

「ええ」


 なんと……。

 ぼくを利用して狙っていたのは月心館道場の門下生になることだったのか。ザ・お嬢様という感じの柴坂さんが。


「月海先輩のお噂は1年生の頃から聞いておりました。ですが話しかけるきっかけが作れなくて……それが最近、クラスメイトの戸森さんが仲良くしていると聞き、引きあわせていただければと思った次第でして」

「運動は得意?」

「平均的……だと思います」

「習いたい理由は?」

「私に厳しい方が周りにいないからです」

「それが不満なの?」

「はい。周りの皆さんが必要以上に気を遣っているのがわかるのです。このまま甘やかされていては、自分が駄目になってしまうと思いまして」


 贅沢な悩みだ……。

 そして現状に満足しない柴坂さんが少しかっこいい。


「だったら、まずは道場に来てもらうのが一番いいわね。この土日、どちらか空いてる?」

「ええ、明日もあさっても大丈夫ですわ」

「午後1時以降に来てもらえれば鍛練をやってると思うから、詳しいことはその場で説明してあげる。うちの場所はわかる?」

「もちろんです、調べてあります!」


 そっか、個人経営の施設だから調べれば住所が出るのか。

 ……まずくない?

 月海先輩という美人の住所が晒されているということだよ?

 ここまでの数年間でその系統のトラブルはなかったのだろうか。


 ぼくが考えている横で、月海先輩と柴坂さんが話し合いを進めていた。


「じゃ、気をつけて来てね」

「はい、よろしくお願いいたします!」


 勢いよく頭を下げると、柴坂さんは小走りで屋上を出ていった。ぼくへの挨拶はなかった。いやまあいいんだけどね? でもちょっとは気にするよ?


「物好きな子がいたものね」


 月海先輩は弁当箱の包みをほどきながらこぼした。


「話したことはないんですけど、悪い人じゃないので」

「でしょうね。不自由なく暮らせることに、かえって不安を感じてしまうタイプかしら」

「単に上昇志向が強いのかもしれません」

「だったらわざわざうちを選ぶ必要はないと思うけど……まあ、向き合ってみればわかるかもね」


 弁当箱を受け取って、ふたを開ける。


「それにしても先輩、さっきの睨み方すごかったですね」

「そう?」

「一瞬でしたけど、表情は変わってないのに視線だけ急に鋭くなったじゃないですか。体が固まりましたよ」

「ああ、反射的に睨んじゃったかしら。びっくりさせちゃってごめんなさい」

「いえ、気にしないでください」

「だって景国くんが知らない女の子とぴったり並んでたから、つい……」

「…………」


 ……うん。


 気にしないでおこう……。

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