自分を責めたっていいことないですよ

 月曜日。

 すっかり回復したぼくは、いつものように登校した。


「おはよう戸森君。久しぶりに休んだね」


 昇降口で黒田君と一緒になった。


「あの土砂降りに当たったからね」

「月海先輩も一緒だったんでしょ」

「うん。二人で風邪ひいた」

「どうだった?」

「何が?」

「月海先輩、ブラウスでしょ。ということは……」

「教えないよ」

「ええっ、悪魔すぎる……」

「その程度で悪魔にされてたまるか!」


 みんなすぐこういう話をしてくるから困る。これまで他のクラスメイトにもされたことがあるけど、みんなそれだけ月海先輩のあれこれに興味があるのだろう。


「やっほ~、後輩くん!」


 いきなり背後から肩を叩かれた。


「あ、鋼先輩」

「あたしは夏目だよ?」


 そうだった。

 ちょくちょく鋼メンタルなところを見せられるせいでついつい。


「二人して風邪ひいちゃったって聞いたよ。お見舞いの行き来はあったのかな?」

「なかったですけど、ぼくはもう平気です。月海先輩もたぶん大丈夫ですよ」


 さすがにあの出来事だけは隠しておかないとまずい。


「ま、光ちゃんは鍛え方が違うもんね~。あたしなんか風邪ひくと一週間くらい引きずったりするんだけど」

「月海先輩はあらゆる意味で頑丈ですから」

「メンタルはそうでもないけどね?」

「そうなんですか?」

「後輩くんが屋上に来ないってめっちゃ落ち込んでたもん。そしたら……君のクラスにリアルお嬢様キャラみたいな子いるじゃん」

「柴坂さんですね」

「その子が後輩くんは風邪ですって伝えに来てくれたんだよ。それ聞いてどうなったと思う? もう午後の授業中ずっと『ずーん……』って感じだったからね」

「月海先輩が……」

「君はすんごく気に入られてるんだよ。ありがたく思いたまえ」

「なんで夏目先輩がドヤ顔になるんですか」

「そうやって細かいこと気にしてると嫌われちゃうぞ?」

「うっ……」

「まーそういうこともあったんでね、光ちゃんに元気なところを見せてあげなよ! 目の前でバク宙とか決めたれ!」

「できません!」


 じゃーなー、と手を振って夏目先輩は階段を駆け上がっていった。本当に突風みたいな人だ。


「夏目先輩みたいな元気な人もいいな……」

「お、黒田君のタイプ?」

「ちょっとね。それより、月海先輩がそんな反応してたっていうなら確実に好感度振り切れてるでしょ。いこうよ。LET'S GOだよ」

「毎回その方向に持ってくのやめない……?」


     †     †


 お昼休み。

 授業がちょっと長引いてしまったので出遅れた。理科の先生がマントルのことをマトンルと書いて自分で大ウケしていたのが悪い。


 屋上に出ると、いつものベンチに月海先輩が座っていた。


「お疲れさまです」

「よかった。景国くん、元気そうね」

「先輩こそ」


 先輩の顔色はいつも通りに戻っていた。疲れている様子もないし、完全回復したようだ。


「ところで景国くん、うちのお父さんにあのことを密告してないわよね」

「あ、当たり前じゃないですか」


 はあ、と月海先輩がため息をついた。


「お父さん、帰ってくるなり私と景国くんが同じ部屋で寝てたことを追求に来たの……」

「あっ」


 思い当たる節がある――というかそれ情報源一つしかないじゃん。


「おそらく母さんですね……」


 先輩が睨むようにぼくを見た。


「正直に話したの?」

「ち、違います。実はあの日、先輩が帰ってすぐに母さんも帰ってきちゃったんです。残業が早く終わったとかで」

「つまり……」

「居間に布団が二つあるのを見られました。使うはずのないジャージが出てるのも……」

「タイミングが悪かったか……」


 先輩から弁当箱を受け取る。


「本当に、景国くんには嫌な思いばかりさせてしまったわね」

「いえ、そんな」

「人の家で勝手に横になって、布団まで出してもらって、服を借りて、景国くんに一緒に寝ようなんて強要したりして……どうかしてたわ」

「ぼくはけっこう楽しかったですよ?」

「でも……」


 あっ、これはよくない流れだ。

 先輩がまた自分を責めるモードに入っている。


「やめましょう」

「え?」


 はっきり言うと、先輩がきょとんとした。


「そうやって自分を責めてもいいことないです。それに聞いてるぼくもつらくなるので、やめましょう」

「景国くん……」

「ぼくは先輩に堂々としていてほしいんです。それが、ぼくの憧れた月海先輩ですから」

「憧れ、ね」

「そ、そうですよ。あんなの迷惑でもなんでもありません。ぼくはあの日のことをいい思い出として取っておきたいんですからね。否定しないでほしいです」


 かなり緊張したが、いつもより強気の口調で一気に言った。


 ぽかんとしていた先輩だったが、徐々に視線が横に逸れ始めた。


「やっぱり、失敗したって思うと必要以上にネガティブになっちゃうみたい」


 こほん、と先輩が咳払いする。


「でも、景国くんがそこまで言うならすぐ否定に入るのはやめるわ。貴方にとってそれこそが嫌だというなら」

「その方が、ぼくも嬉しいです」

「じゃあ、私からも一つ」

「はい?」

「景国くんも自分の体型とか運動のことで自虐に走ることがあるわね。私がやめるように努力するから、景国くんにも同じことをお願いしたい」


 そう来たか。

 確かに、先輩とはあらゆる意味で釣り合いが取れないと思って、すぐ自己否定に入ってしまうことはけっこうあった。


「わかりました。努力します」


 思ったとしても、心の中にしまっておこう。先輩に対して言ったりはしない。


「せっかくの時間だもの。前向きな話をしていた方が楽しいわよね」

「そうですよ! ネガティブ思考なんて忘れましょう!」


 ぼくたちは笑い合った。

 それから弁当箱を開けて、春巻きを口に入れる。


「しょっぱ!」

「え?……景国くん、一口もらっていい?」

「ど、どうぞ」


 もぐもぐ。


「うっ、これはきついわね。何を間違えたのかしら……」


 先輩が申し訳なさそうな表情でこっちを見た。


「景国くん、ごめんなさ……」


 言いかけて、止まった。

 ぼくらは黙って互いを見つめ合う。


「こ、これは明確なミスだから謝っていいやつよね?」

「いい……んじゃないですか?」


 まったく。

 本当に律儀な人なんだから。

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