小論文でソシャゲ廃人を擁護したらめちゃくちゃ怒られた

「ごちそうさまでした」

「味はどう? 濃かったり薄かったりしたら遠慮なく言ってね」

「そんな、ちょうどよかったです。最高でした!」


 グッと親指を立てると、月海先輩が小さく笑った。


 四月が終わろうとしている。そんな時期の、浅川高校の屋上。

 先輩に誘われるままに、毎日お昼を一緒に食べさせてもらっている。これまで購買のパンに使っていたお金は、有益な使い道を思いつくまでとっておくことにした。


 最近気温が安定しているので、ベンチに座っていると眠くなってくる。

 が、先輩の方に倒れかかったらやばい。

 向こうのベンチでは月海先輩のクラスメイトたちがお昼の真っ最中だ。先輩の肩に頭を寄せて昼寝なんてやらかしてみろ。即刻スクープ写真が学校中に出回って黒い噂が飛び交ってぼくは一瞬で居場所を失う。……いやそれは考えすぎかもしれないが、月海先輩に憧れを抱いている人だったらぼくを殺したくなっても仕方ない。ん? 思考が同じ方へ行ってしまうな。ともかく先輩との距離感には敏感でいなければいけないということだ。


「光ちゃーん!」


 屋上の扉が開いて、ショートボブの女子生徒が現れた。見たことのある人だ。栗色っぽい髪の、どこかほんわかした雰囲気の三年生。


「よく校内で先輩と一緒にいる人ですよね」

「クラスメイトよ。夏目なつめあかりっていうの」


 夏目先輩は猛ダッシュでやってくると、ぜいぜいと肩を上下させた。細目の月海先輩とは対照的で、ぱっちりした元気そうな目をしている。


「あかり、どうかした?」

「非常事態なの! 小論文の提出、今日の六時間目じゃん!」

「先生、昨日ちゃんと警告してたわよ」

「昨日はその……、イベント消化に必死だったので……」


 あー、ソシャゲ廃人かあ……。


「まったく手をつけていないわけ?」

「……はい」

「困ったわね。小論文はさすがに写すわけにはいかないでしょ」

「あ、あたしがいつも光ちゃんのノートを写してるみたいに言わないで!」

「三年生になってからすでに六回。私はちゃんと数えているのよ」

「あああ、そんな後輩くんの前で……!」

「えっと、夏目……先輩?」

「あ、うん……なにかな?」

「授業中にゲームはよくないかなーって」

「マジメかよ!」

「普通ですよ!?」

「君だって好きなキャラのためなら少々の犠牲は惜しまないでしょ!?」

「多大な犠牲になってるじゃないですか! しかも相手二次元!」

「ああっ、二次元をバカにしたな! 三次元の女に骨抜きにされた奴が!」

「なんでぼくの方が異常みたいな雰囲気にしてるんですか!?」

「光ちゃんの……お弁当……」


 夏目先輩がいきなりしゅんとした。


「誰も食べたことのない光ちゃんのお弁当……それを君はあっさり手に入れた! 異常です!」

「それはぼくのせいじゃ――」


 ――ないよな?


 月海先輩の方から誘ってきてくれたんだし。


「二人とも……そのへんにしてもらえる?」


 月海先輩は額を押さえていた。


「私たちは小論文の話をしていたのよ。時間がない以上、身近な題材で書くしかないわね」

「う、うん」

「ちなみに、題材ってどんなものなんですか?」

「〈○○の存在について〉よ。空欄に自由な単語を入れて書くの」

「うわぁ……」


 おおざっぱすぎる。自由に書くというのが実は一番難しかったりするのに。


「あたし、こういうの死ぬほど苦手なんだよぉ……どうやって書けばいいのかわかんない~……」


 夏目先輩は本気で泣きそうな顔をしている。

 月海先輩は、そんなクラスメイトの両肩をしっかり押さえた。


「あかり、よく聞いて。今回の小論文は原稿用紙5枚以内。こういう場合って5枚目まで書かないと減点される可能性が高いけど、今日はあえて1枚でまとめるの。出したらきっと書き直すように言われるはずだから、その時にじっくり書けばいい」


 確かに、残り時間を考えると手段は選んでいられない。


「出さないよりは、出して注意を受けた方がいいってことですね」

「そういうこと。国語の沢北先生は提出しない生徒に厳しいタイプだから、優先すべきは減点を抑える努力」

「でも、肝心の内容がぁ……」

「落ち着きなさい。本文は構造さえ理解していれば余裕よ。小論文はまず題材の提示、題材に対する自分の意見、その意見を持った理由、結論の順番で書けば簡単に完結するから」

「簡単に聞こえないよ!」


 月海先輩は口元に親指を当てた。


「じゃあ具体例を挙げましょう」

「うん、お願い!」

「人類の存在についてだが……これが題材の提示」

「うんうん」

「私は人類は滅ぶべきだと思っている……これが自分の意見」

「うん……?」

「なぜなら人類は戦争をしたり環境破壊をやめないから……これ、意見を持った理由」

「ひ、光ちゃん?」

「以上の理由から、私は人類は滅ぶべきであると考える……これが結論。ほら、もうできた」

「例文おかしくない!?」

「だってあかりはこういうの好きじゃない」

「あたしの認識ってそんな感じなの!? そんな暴論が出てくるゲームやったことないよ!」

「まあ、そういうことにしておいてあげるわ」

「知らなかった……友人に偏見を持たれてたなんて……」


 わかりやすかったよ。わかりやすかったけどさ、もうちょっと、こう……いや、黙っておこう。


「ともかく今の四つを並べればそれらしい内容になるから、あかりが詳しい分野で同じことをすればいい」


 ビビッと閃いた。


「つまりソシャゲについての小論文を書けばいいんですね!」

「ほえ?」

「それってあかりがいつもやってるゲームのことよね。うまくつなげられるかしら?」

「いけますね。〈物語の存在について〉とかでっち上げればいいんですよ。ソシャゲはある意味、現代の日本人に合わせた物語摂取の形ですから」


 バン、と肩を叩かれる。


「ありがとう後輩くん! あたし、書ける気がしてきたよ! よーし、あと一時間で書いてみせるっ!」


 夏目先輩はダッシュで屋上から消えていった。暴風みたいな人だ。


「先輩って、すごく面倒見がいいですよね」

「そう? あまり意識したことはないけど」

「ぼくのお弁当もそうですし、ああやって困ってる人にちゃんと説明してあげるのとか」


 ぼくがクラスメイトに同じことで泣きつかれても、助けられないと思う。

 そういう場面で曖昧に流さない。一緒に問題と向き合ってくれる。

 月海先輩の信頼は、こういったところで着実に積み上げられてきたのだろう。


「ところで、先輩」

「なに?」

「さっきの例文……人類は滅ぶべきって本気で思ったことあります?」

「ないわね」


 即答。


「滅びちゃったら、景国かげくにくんの世話が焼けなくなるじゃない」


 返事に詰まった。

 月海先輩が不意に投げてくるど真ん中剛速球は心臓に悪すぎる。


「で、でも、ぼくたちって長いこと話してなかったですよね? なんで急に、ぼくのことを……」

「環境が変わったから」

「環境……ですか」


 うん、とうなずき、月海先輩は弁当箱を片づけ始めた。

 ずっと気になってはいるのだが、そのあたりの事情を聞く勇気がなかなか出ない。


 そろそろお昼休みも終わりだ。

 最後にもう一つだけ訊いておこう。


「ちなみにですけど、先輩は〈○○の存在について〉ってやつ、空欄になんて入れたんですか?」

「知りたい?」

「はい」

「じゃあ、耳を貸して」


 月海先輩が顔を寄せてくる。驚きのあまり体が硬直する。

 そんなぼくの耳元で、先輩がささやくように言った。


「幼馴染の存在について」




     †     †


 夏目先輩がソシャゲ廃人を擁護する内容の小論文を上限ぶっちぎりの15枚まで書いて提出し、先生から呼び出しを食らったという話を、後日聞かされた。

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