正面突破が最強のアプローチだ
月海先輩と一緒にお昼を食べてから三日後。金曜日の四時間目が終わった。
いつもならそのまま購買に走るが、今日はあえて待ってみた。
少々の出費を覚悟で、わざとパンを買い逃す。
「あれ、戸森は昼飯購買のパンじゃなかったっけ?」
教室にとどまっていると、隣の席の山浦君が話しかけてきた。彼の机にはどでかい弁当箱が二段重ねになっている。野球部なので頭は坊主カット。笑顔が爽やかなクラスメイトだ。
「うん、そうなんだけど……」
「いつもなら走って飛び出してくじゃん。売り切れるぜ?」
不審な顔をされる。
「えーっと、ちょっと疲れてすぐ動けないというか……。さっきの数学の授業、緊張しすぎてたのかも」
「いやいや、仏の宮原の授業で緊張はないでしょ。寝てたってなんも言われないじゃん」
「し、神経質なんだよ」
「ふーん」とつぶやき、ガツガツと弁当を減らしていく山浦君。とりあえず疑惑は回避できたらしい。
それにしても宮原先生、仏の宮原なんて呼ばれてるのか。生身なのに……。
「よ、よし、回復してきたからそろそろ行くよ」
「階段から滑り落ちて女の子にぶつかるなよ」
「はは、そんなマンガみたいなことが起きるわけがない」
ぼくは走って教室を出た。
一応焦っているふりをするのだ。
三階から二階、そして一階――
ズルッ。
「あっ」
踏み外した。
ぼくは前のめりになって宙に飛び出す。
真下に人影が見えた。
やばい、ぶつかる!
人影がこちらを向いた。
ふぁさっ……と、ぼくは羽みたいに受け止められていた。
「こんにちは、
トゥンク……。
あれ?
なんだろう、この異様な胸の高鳴りは……。
――って、
「あ、ありがとうございました」
相手が月海先輩だったからに決まっているじゃないか。
「階段をスリッパで駆け下りるのは危険よ。この学校のスリッパ、ただでさえ滑りやすいんだから」
「すみません、急いでたので」
「購買へ?」
ぼくがうなずくと、月海先輩がうすーく笑った。
「もう全商品完売よ。残念だったわね」
どことなく嬉しそうである。
やはり、あの推測は当たっているのか? 検証するならここしかない。
「じゃ、じゃあぼくはコンビニへ――」
月海先輩の前を通りすぎようとすると、ぽん、と肩に手を置かれた。先輩の左手には、いつの間にか弁当箱が二つぶら下がっていた。
「お弁当、今日も二つあるんだけど」
ああ。
確信したよ。
やっぱり月海先輩はぼくの分まで弁当を作ってくれている。
そして購買周辺で待って、ぼくがパンを買い逃したら声をかけに現れるのだ。
母さんに頼まれたせいなのだろうか……。
もう四月下旬に入っている。
この前の弁当が一回目だから、月海先輩は十数日、一人分余計に弁当を作っていたことになる。
先輩が弁当箱を二つ空にしているという噂は聞いたことがないので、帰り道か家のどこかで二つ目を片づけているのだろう。
ロスが大きすぎやしないか?
ぼくのために作ってくれたと断定するには早い気がしてきた。思い上がりかもしれない。
「まあ、景国くんが食べたくなければ別にいいんだけど……」
「いえ、いえ! とんでもないですいただきます!」
即座に頭を下げて弁当箱を受け取る。
「じゃ、また屋上で食べましょうか」
さも自然なことのように言って、先輩は動き出す。
……うーん、判定が難しいっ!
† † †
今日は比較的暖かく、屋上のベンチには二つほどの集団が座っていた。どちらも女子グループだ。
彼女らはこちらを見た瞬間、一斉にぽかんとした顔になった。
学校一の美人である月海先輩と、中学生みたいな外見の男子が一緒に現れたら、それはもうへんてこな取り合わせに映るだろう。
変な噂を立てられたら嫌だなあ……。
女子間の情報拡散力は異常だからな。
月海先輩は女子からも憧れの目で見られている。そんな人とお昼を一緒にする野郎がいるなんて、格好のネタじゃないか。
「大丈夫よ」
ぼくがあまりにキョロキョロしていたせいか、先輩が優しい声で言ってくれる。
「あれはみんな三年生だから、私の事情は知っているわ」
「事情ですか?」
「マスコットの面倒を見ることになったってね」
ええ……。
ぼくマスコット扱いなんですか?
そこまで高校生っぽくないですか?
「
向こうのベンチからグループの一人が呼びかけてくる。
「その子がマスコット君なのー?」
月海先輩がうなずいた。ぼくはうつむいた。
「さあ、ここに座って」
言われるままに、ぼくは先輩の右側に座る。
弁当箱のふたを開けていると、
「ああ言っておけば詮索してこないから」
ぼそっと、月海先輩のつぶやきが聞こえた。
思わず先輩を見た。
今日も黒髪が、黒い瞳が、唇が、とても綺麗だ。
「へ、変な噂が立ったら先輩が困るんじゃないですか?」
「根回しは終わっているわ」
「どういうことです?」
「それでね、景国くん」
質問は無視ですか。
「よかったら、購買をやめてお弁当に切り替えない?」
「え? それってつまり……」
「私が毎日、お弁当を作ってあげるってこと」
「な……、ななななななな」
「フリーズするならあとにして、今は返事をもらえる?」
「ど、どどどどうして急に? 母さんになにか言われたからですか?」
「私が景国くんの面倒を見てあげたくなったから」
ストレートすぎる言葉に思考が追いつかない。
突然というやつは限度ってものを知らないのか?
「購買を使わなければ、その分お金が浮くわよ」
「うっ」
確かにその通りだ。
パン代金が自由にできる上、毎日月海先輩と一緒にお昼ご飯?
ここって実は天国だったのかな?
「せ、先輩がいいと言うなら……」
「私の方から提案しているのよ」
「じゃ、じゃあお昼、ご一緒させてください!」
頭を下げると、「ふふっ」と笑い声が聞こえた。
「最初から正面切って攻めるべきだったわね」
ぼくが顔を上げると、月海先輩はもう自分の弁当に箸をつけていた。
色々と疑問は残るけど……。
「まあ、いいか」
月海先輩と二人きりの時間が作れる。
そんな幸せが毎日やってくるのなら、細かいことなんてどうでもよくなってくる。
ぼくは春巻きをかじった。幸福の味がした。
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