憧れた人の姿は、今も変わらない

 1年生たちがダンスを披露している。アイドルの楽曲に合わせた独自の振り付けがキレッキレだ。


 ……去年のぼくたちとは雲泥の差だな……。


 アニソンでグダグダなダンスをやった去年の光景を思い出して遠い目になる。


 浅高祭、初日。

 クラス別ステージのボルテージは少しずつ高まってきている。


「戸森君、そろそろ移動しよう」

「了解」


 黒田君と一緒に席を立つ。

 2年生は体育館のちょうど真ん中あたりに陣取っている。そのぶん目立ちやすい。


 ぼくと黒田君は壁側へ出て入り口に向かった。二階通路は外からでないと入れないのだ。


「景国くん」


 爆音の中、ぼくはその声を聞き取った。月海先輩は列の終わりに座っていた。


「頑張ってね」

「照明だけですけどね」

「それも重要な仕事よ。応援してる」


 ぼくはうなずき、外へ出た。


 二階通路へ上がると、右側へ進む。黒田君が反対側へ行った。


 1年生の照明係がステージを照らしている。

 シャギーショートの黒髪を持った女子だった。身長はぼくと同じくらいか。


 相手が振り向いた。つり目が探るようにぼくを見る。


「あれ、1年生はうちのクラスで最後だよね?」

「…………」


 こらぁ!!!


 ――と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。


「ぼく、2年だから」

「あ、すみません」


 真顔で謝られた。


「てっきり同学年かと思って。こんなかわいい先輩がいたんだ」


 目を細めてニヤッとする。なかなか挑発的な態度だな。ぼくは先輩だからそのくらいじゃ怒らないけどね。ふん。


「ステージに集中した方がいいよ」

「そうですね」


 それからすぐに1年4組のステージが終わった。拍手が体育館を包んだ。バスケットボールのゴールがすぐ横にあるので下が見えない。


「どうぞ、先輩」

「ありがとう」

「…………」


 後輩は立ち去らない。まじまじ顔を見られてぼくはたじろいだ。


「もしかして、月海先輩と仲いい人ですか?」

「まあね」


 相手がすっと生徒手帳の最後のページを見せてきた。陽原輝、とある。


「わたし、月海先輩と同じ代議委員会の陽原ひのはらてると言います」

「陽原さんね」

「別に輝でもいいんですよ?」

「なんでそんな挑発的なの?」


 陽原さんはきょとんとした。


「そうですか? 普段通りなんですけど……」


 少しとんがった女の子のようだ。


「先輩はなんていうんですか?」

「戸森って呼んで」

「戸森先輩ですね。月海先輩に会ったら陽原に優しくしてあげてって言っといてもらえると嬉しいです」

「ええー……」

「では、わたしはこれで」


 パシッと生徒手帳を閉じると、陽原さんはさっさと行ってしまった。動き自体はかっこいいのだが、場にそぐわないのでシュールだ。ともかく下の名前まで追及されなくてよかった。


『続きまして、2年生の発表に移りたいと思います』


 アナウンスが流れた。

 ステージを見ると、すでに五人が登場していた。


 まずは通常のライトで照らせばいい。テンポが切り替わるところでカラーを変えていく。


 ラップバトルのメンバーを率いるのは、あまり話したことのない小林君だ。いつも前髪を上げるヘアスタイルの、甘いマスクのイケメンである。性格は知らない。


 小林君が左手を軽く挙げた。

 ぼくはスポットライトの電源を落とす。反対の照明も落とされ、会場は真っ暗になった。


 闇の中からビートボックスの音が聞こえてくる。音が少しずつ大きくなっていく。


 事前にメンバーから聞かされていた部分がやってきた。

 3、2、1――今だ!

 ぼくと黒田君がライトを当てるタイミングは完璧に同じだった。


 ステージに五人の姿が映し出される。

 四人が二対二で向き合う形だ。やはりほとんど話したことのない横田君がその中間に立ってビートボックスを担当する。


 即興なのか作っておいたのかは知らないけど、韻を踏みまくった歌詞が両者を行き来する。思わずこっちの体も揺れてしまいそう。


 リズムを変化させる時は横田君が左手を挙げる。それを見て、ぼくはスポットライトの色を変える。レッド、グリーン、ブルー。


 ノーミスで最終局面まで進むと、最後は一転、全員でノリを合わせて客席に向かって言葉を放つ。


 バトルと書いてあるけど文化祭向けの演出にするから、と小林君から聞いている。


 その狙いは成功したようで、今日一番の歓声が飛んだ。ざーっと波の音みたいな拍手が起きている。


「お疲れです」


 隣のクラスの照明係さんがやってきたので、ぼくは場所を譲った。


 かなり盛り上がったので、これは表彰あるかも?


     †     †


 2年生のステージが終わると、小休止が挟まった。

 ぼくと月海先輩は体育館の裏で合流した。


「景国くんのクラス、すごくよかったわね」

「ぼくも見てて楽しかったです」

「私たちは最後だから、さすがにちょっと緊張してきたわ」


 ぼくは先輩の手を取る。


「月海先輩ならできます。絶対に」

「景国くん……ありがとう」

「そういえばさっき、陽原輝って女の子が「月海先輩に優しくしてもらいたい」って言ってましたよ」


 月海先輩がムッとした顔になった。

 あれ、何かまずかった……?


「せ、先輩?」

「景国くんの口から女の子の名前が……」

「そ、それは仕方ないですって!」

「なんてね。冗談よ」

「び、びっくりした」

「それにしても陽原さんがね。動きがキザっぽかったでしょ?」

「はい。変わった子だなとは思いましたけど」

「悪い子じゃないんだけど、委員会でも浮いてるわね。私と景国くんのこと、知ってるんだ」

「月海先輩は有名ですから、一緒にいるぼくも多少は認識されてるかと……」

「まあ、伝言は受け取ったわ。冷たくした覚えはないけどね……」


 先輩は苦笑い気味だった。


「そろそろ再開されるわね。戻ろっか」

「そうですね。先輩、楽しみにしてます」

「うん。ちゃんと見ていてね」


     †     †


『ラストを飾るのは3年1組です。我が校の伝統、ソーラン節をどんな形で見せてくれるのでしょうか。では、お願いします!』


 ステージの幕が開き始めると同時に曲が流れ出す。三味線の軽快な音。


 三列を組んだ3年1組のメンバーが動き始める。全員水色のクラスTシャツ姿で、裸足だ。

 月海先輩は二列目の右端。てっきり一列目にいると思ったのに。


 センターは夏目先輩で、その左に川崎先輩がいる。反対も確か野球部の先輩だったはずだ。両サイドの身長が高いから、夏目先輩がいつもよりさらに小さく見える。


 しかし体いっぱいに使った踊りは素晴らしく、視線が引き寄せられる。一方、月海先輩は淡々とこなしている様子だ。


 もしかして、ラストのためにあえて目立たないようにしているのだろうか?


 曲が終盤まで進み、メンバーがステージの両脇に移動した。


 中央には川崎先輩ともう一人の野球部の先輩が残る。

 二人が向き合って片膝をつき、互いの肩を押さえる体勢を作った。


 曲がもうすぐ終わる。


 そこで、脇から月海先輩が出てきた。

 波の絵が描かれた法被はっぴをなびかせ、颯爽と中央に立つ。


 二人の腕に足をかけると、後奏の伸びていくタイミングで――跳んだ。


 あまりにも美しい後方宙返り。ふわりと法被がひるがえる。


 とん、と着地した瞬間、先輩が半身をこちらに向け、右腕を突き出した。細目に宿った本気を、ぼくは確かに見た。


 メンバーが一斉に中央に集まって、「やあっ!」と腕を突き上げる。


 ぼくは真っ先に拍手していた。


 つられるように、大きな拍手と歓声が体育館を覆った。誰もが惜しみない賛辞を送る。


 その中央。喝采を受けて輝いているのは、ずっと変わらない、ぼくが憧れた月海光の姿だった。


     †     †


「教室、月海先輩の話題で持ちきりでしたよ」

「ふうん」


 帰り道でも、ぼくの興奮はまだ冷めていなかった。けれど先輩はどこかそっけない。


「先輩、疲れてます?」

「ああ、ごめんね。そうじゃないの」


 先輩は頬に手を当てた。


「みんなに褒められすぎて、恥ずかしさが天井を突き破ったというか……」

「ああ……」


 褒められると恥ずかしさの方が上回る。そんな月海先輩も、かわいらしさがあって好きだ。言わないけどね。


「でもやりきった感じはしたかな」

「あんな大技をさらっとやっちゃうんだからすごいですよ」

「あれは月心流体術の応用だから。みんなが喜んでくれたのは素直に嬉しいけどね」

「あとは、明日ですね」


 月海先輩はうなずく。


「月心流の名前を上げるか落とすか、重大な局面ね。お父さんがマイナスを出したから私まで失敗するわけにはいかない」


 頼清さんのメイク騒動をよっぽど気にしているようだ。


「先輩、手をつないでもいいですか」

「うん」


 ぼくたちは手を合わせ、指を絡めた。


「月心流が気になるのはわかりますけど、明日だけは楽しくやらなきゃもったいないと思います」

「景国くん……」

「せっかくの文化祭なんですから。一回くらい、家より学校を優先してもいいんじゃないかなって……」


 ぼくの声はどんどん小さくなっていった。


「すみません、よくわかってないくせに出すぎたこと言って……」

「大丈夫よ」


 月海先輩が肩を当ててきた。


「景国くんの言う通り、一人の生徒として楽しまないとね。余裕なさすぎたかな」


 よし、と先輩が夕空を見上げた。


「もう大丈夫。明日は期待してくれていいわよ」

「ぼくは、ちゃんとライトの先にいますからね」

「うん。不安になったらそっちを見るから」

「いつでも見てください」


 ぼくは先輩を見た。先輩もこっちを向く。


 目が合って、自然と笑顔になれた。


 明日はきっと、最高の一日になる。そんな予感がした。

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