ライバル???

「野球部、惜しかったね」

「まあな。正直、優勝いけると思ったんだけど」


 クラスメイトの黒田君と山浦君が話している。


 ゴールデンウィークが明けて学校が始まった。教室は連休明け特有のだらけた空気に包まれている。


 黒田君はぼくの机の前に、山浦君は隣の席に座っている。

 黒田君は四角い眼鏡をかけている、ダウナーな雰囲気を纏った友人だ。視線もやや下に向いていることが多い。ちょっと痩せ気味……って、ぼくは人に痩せていると言える立場でもないか。


「決勝は1対0で負けたんだっけ?」


 ぼくが訊くと山浦君がうなずく。


「長野清明せいめいってこの地区じゃ一番強い私立なんだよ。知ってる?」

「うん、なんとなくは」

「そこの打線を川崎先輩が1点に抑えたんだぜ? 去年じゃ考えられなかった大事件だし、やっぱ勝ちたかったわ……」

「川崎先輩?」

「おう、うちのエースでキャプテン。なんかこの春からめちゃくちゃ調子いいみたいでさ、後ろ守ってんのすげー楽しいの」

「冬場の練習でパワーアップしたんだね」

「女ができたのかも」


 ぼそっと黒田君が言った。


「彼女できてメンタル的に充実してるとか」

「そんな話あったかな。聞いたことねえぞ……いや、あるわ」


 山浦君がぼくの方に身を乗り出してきた。


「川崎先輩、月海先輩と仲良くしてるって噂が冬の間に出たことあったぞ」

「なんだって」


 聞き捨てならない情報だ。

 先輩と同学年のスポーツ選手。しかもチームの中心にいる人物。あらゆる点でぼくを上回っていそうだ。


「月海先輩……あのクール美人か。戸森君仲いいんだってね」

「その話、このクラスにも流れてきてるんだ……」

「当然。戸森君も見かけによらずやるなぁってみんな言ってる」

「ったくうまいことやったよなお前。あの月海先輩をどうやって落としたんだ?」

「うーん……落としたっていうか、向こうから落ちてきたっていうか……」

「戸森君、行動派っぽいところあるからもうけっこう進んでるんでしょ」

「お、それすげぇ聞きたい」

「期待されても困るよ……。一緒にお昼食べてるだけだし」

「なんで最低限のハードルしか越えられませんでした感出してんだよ。相手月海先輩だぜ?」

「そうそう。誰からの告白にも応じなかった月海先輩だよ?」

「それをお昼食べてるとかさあ……そこまでいったらさっさとつきあえよ。彼女にしちまえよ」

「まだ覚悟が……」

「この中途半端さ、実は月海先輩だけじゃ物足りなくて他の女子もキープしてる説が浮上したね」

「黒田君、捏造はやめてもらおうか」

「有力だな」

「なに乗ってるのかな山浦君?」

「そういうのはよくねえぞ。お前だって『戸森、不純異性交遊は駄目よ』って親に言われたことあるだろ」

「親に名字で呼ばれたことはないなあ」


 山浦君と黒田君が顔を近づける。


「はぐらかされたぞ」

「月海先輩を片手に、もう片方の手にも……」

「さすがにキレていい?」


 山浦君に肩を叩かれる。


「わりぃ、つい調子に乗っちまった。ほんの冗談だからさ、ゆっくり関係作ってけよ」

「俺だって応援してるよ。でもネタになりそうなことあったら教えて。創作に使う」


 黒田君はミステリ作家を目指しているらしく、色んな人に、こうやってネタ供給を依頼している。


「まあ、そんな派手な話はできなさそうだけどね」

「あればでいいから」

「うん、わかった」


 担任が入ってきてホームルームが始まった。

 普段通りの授業に移っていく。


 午前中のぼくは、いつもより集中力をなくしていたかもしれない。


 川崎先輩……。


 どんな人なんだろう。月海先輩とは、どんな関係なんだろう。


     †     †


「先輩」


 その日のお昼。

 屋上にはぼくと月海先輩だけがいた。ポニーテールを風になびかせる先輩はいつも通りで美しい。この人の前だと語彙力が低下して「凜々しい」とか「美しい」以外に言葉が浮かんでこなくなる。仕方ないよね。


「ある噂を聞いたんですが」

「どんな?」

「冬場、川崎先輩という人と仲良くしていたとか……」


 ストレートに切り出した。

 もしそれが事実ならあんまり悠長にしてはいられない。本当に覚悟を決める必要がある。


「ああ、川崎君ね。同じクラスなのよ」


 浅川高校は3年間クラス替えはない。月海先輩と川崎先輩はずっと同じ教室で過ごしてきたわけか。


 クラスメイト。

 フィクションだと幼馴染より様々な意味で強いことが多い存在。


 ぼくの場合はどうか。

 川崎先輩という顔もわからない人と争うことになるのか?

 野球部のキャプテンでエースピッチャーで強豪校も抑えられるすごい人と?


「でも、それは誤解ね」


 月海先輩はあっさり言った。


「川崎君はどこかでうちの道場のことを聞いたらしいわ。それで、野球に活かせるトレーニングはないかって訊かれたのよ」

「ん? ということは、つまり……」

「方法を教えただけで仲良くしていたというのは違うわね。それに川崎君は野球が恋人って感じだし」

「じゃあ、川崎先輩とは特に何も?」

「ないわよ。本当にトレーニングのこと以外考えてなさそうだったもの」

「なんだ……」


 気にしすぎだったのか……。

 どうやら対決する流れは回避できそうだ。


「川崎君には重心移動のトレーニングを覚えてもらったの。普段から意識していると案外役に立つのよ」

「あ、そういえば春から調子がいいって野球部の仲間が言ってました」

「野球選手って冬場は筋トレで体重を増やすでしょ。重くなると、重心移動の感覚が変わるの。筋力がついたはずなのに結果が思うように出ない場合は、今までと同じ感覚で体を動かしてる可能性も考えてみた方がいいわね」


 なるほど、川崎先輩のピッチングがよくなったのは月海先輩の力添えがあったからなのか。

 それにしても、少しの時間で他人を強化してしまうとは、やはり月海先輩はただ者ではない。

 ぼくもやっぱり道場に通ったほうがいいだろうか? 真剣に先輩から教われば、自信もついて堂々としていられるかも。


「わっ」


 考え込んでいると、人差し指で頬をつつかれた。

 先輩は穏やかな微笑を浮かべてぼくを見ていた。


「それで? 川崎君と私が仲良くしてるって聞いて、どう思ったの?」


 小首をかしげて訊いてくる。

 どうする?――正直になる以外にない。


「……ちょっと、不安になりました」


「そっか」


 月海先輩はベンチに手をついて、空を見上げた。


「その反応、なんだか嬉しいわね」

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