このプレゼントを持っていてほしい
2月23日。
学校が終わると、ぼくはまっすぐ家に向かった。
ここのところテンションが上がらない。
もう卒業式が目の前に迫っているからだ。
いよいよ月海先輩が学校を離れてしまうのかと思うと、さみしさがこみ上げてくる。
まだ残ったままの雪を避けながら道を歩く。どっさり積もったから、しばらくは消えないだろう。
家に着く直前、携帯が鳴った。月海先輩からメッセージだ。
〈そろそろ帰ってくる?よかったらうちに来てもらえない?〉
何かあったんだろうか。ぼくは即座に「行きます」と返事をした。
部屋に行って制服から部屋着になると、そのまま月海先輩の家へ行った。
「おかえり景国くん」
先輩は門の近くで待っていてくれた。ブラウンのセーターに黒のロングスカート。大人っぽさのある格好だった。
「先輩、どうかしたんですか?」
「こっちに来て」
ぼくは先輩のあとについて玄関に入った。まっすぐ居間へ。
先輩が障子を滑らせる。
こたつの上に、まん丸なイチゴケーキが用意されていた。
「あの、これは――」
最後まで言えなかった。
先輩がぼくの頬に唇を当ててきたから。
そっと顔を離すと、耳元で囁くように月海先輩は言った。
「お誕生日おめでとう、景国くん」
「あ……」
そうか。
そういえばそうだった。
今日はぼくの誕生日だったのだ。
「覚えててくれたんですね」
「当たり前じゃない。忘れるはずないでしょ」
胸が温かくなった。毎日先輩のことばかり考えていて、自分のことはすっかり抜け落ちていた。
「さあ座って。食べられるだけ食べてほしいな」
「あ、ありがとうございます」
二人でこたつに入った。
市販のケーキにしては、クリームの塗り方にばらつきがあるような……。
「もしかしてこれ、手作りですか?」
「まあね。スポンジだけ買って、あとは自分でやってみたの。見栄えはよくないかもしれないけど、頑張ったつもり」
「すごく嬉しいです……」
「言ったでしょ」
「え?」
「誕生日、楽しみにしていてねって」
その言葉は確かに覚えていた。先輩の誕生日にネックレスを渡した時に言われたのだ。
夏目先輩が言っていた。
月海先輩はお返しに本気を出すタイプだと。
こんな贅沢なケーキを用意してもらえるなんて幸せだ。
先輩が切り分けてくれたケーキに、ぼくはスプーンを入れる。
「いただきます」
クリームのちょっと控えめな甘さが口の中に広がった。
「おいしい……」
「よかった。濃すぎるのもよくないかなって思って、甘さを調整してみたんだけど」
「ちょうどいいです!」
イチゴの切り方もお店のケーキそっくりだ。時間をかけて作ってくれたのだろう。
もぐもぐしていると、先輩が体を小さく左右に揺らしていることに気づいた。
「先輩?」
「景国くん、あーんさせてほしいな」
「ああ……」
それでそわそわしていたのか。
ぼくは先輩にスプーンを渡した。
「お、お願いします」
「ありがとね」
月海先輩がケーキをかまえた。
「景国くん、あーん」
「あ、あーん」
「17歳、おめでとう」
ぱくっ。
ぼくは目を閉じて甘さを噛みしめた。
先輩がまだやりたそうにしていたので、二度、三度と繰り返してもらう。晩ご飯は食べなくてもよさそうだ……。
「春に話すようになってから色々あったけど、本当に楽しかったね」
「ぼくも、こんなに毎日が楽しくなるなんて信じられませんでした」
ぼくから先輩にもケーキを渡しつつ話す。
「これからも変わらない景国くんでいてくれたら嬉しいな」
「できればもうちょっと大人っぽくなりたいですけど……」
「今の景国くんには、貴方にしかない強みがあるのよ。自分が変わってきたなって感じるまでは、そのままでいてほしい」
「はい。先輩も、無理に何か変えようとか思わないでくださいね?」
「そのつもりよ。あ、一つ訊いていいかな」
「なんでしょう」
「ポニーテール、続けるべき?」
「それはもう絶対に続けてほしいです。ぼく、月海先輩のポニーテール大好きなので。もちろん下ろしたところも好きですけど、やっぱり先輩と言えばポニーテールなところがあるので」
ふふっ、と先輩が笑う。
「なんで急に早口になるの?」
「す、すみません。やめちゃうのかと思って」
「そんなことないよ」
うしろに手をやって、束ねた髪を撫でる先輩。
「もしも景国くんが変えてほしいって言うならそうするつもりだったけど」
「そのままでお願いします」
「わかった。続けるね」
ケーキの食べさせ合いをしているうちに、お皿が空になった。
「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」
「よかった。実はちょっと不安だったから」
「先輩も自信持つべきですよ」
「あらら、言い返されちゃった」
先輩がテレビの前に行って、小さなグリーンの箱を持ってきた。両手で持って、差し出してくる。
「それで、これがお誕生日プレゼントよ」
「え、ケーキがプレゼントだったんじゃないんですか!?」
「それもあるけど、やっぱり形に残る物もあった方がいいじゃない?」
「こんなに色々してもらっちゃって……」
「いいの。さ、開けて」
ぼくは小箱をあけた。
そこにあったのは、青く光る楕円形のロケットペンダントだった。
そっと、蓋をあけてみる。
「あ……」
一枚の写真が入っていた。
いつか、生徒会室で撮った写真。
先輩が「自撮りしなきゃ」と言った時のものだ。先輩の左手が手前に伸びていて、右手はぼくの肩に回っている。ぼくは慌てたような照れたような顔で、先輩は楽しそうな表情を作っていた。
「この前あかりと出かけた時に作ってもらったの」
月海先輩の手が、ペンダントを持つぼくの手に重なる。
「景国くんは自分の顔が好きじゃないって言ったよね。写真も嫌いだって。でも、私はどうしても、今の私たちを形にしておきたかったの」
けれどね、と先輩は続けた。
「貴方はやっぱり自分の写真を見ることに抵抗があるかもしれないと思って、ロケットペンダントにしてもらった。
「月海先輩……」
「私たちはもう、それぞれネックレスをつけてるでしょ。それは持ち歩かなくていいよ。机の中にしまっておいて、ふとした時に見て、今のことを思い出せるような存在にしてほしいの」
胸がたまらなく熱かった。
写真嫌いなぼくのことを考えながら、思い出を形に残したいという自分の希望も叶える。
月海先輩はきっと悩んだはずだ。
そして出した答えが、このペンダント。
――開かなきゃ見えない。
どこまでもぼくのことを考えてくれる先輩の思いが全身を包む。
「先輩ぃ……」
「景国くん……泣いてる?」
「すみません、涙が出てきちゃいました」
「そっか」
月海先輩が抱きしめてくれた。温かな感覚に、感情が抑えきれない。
「月海先輩、大好きです」
「私もよ、景国くん」
「愛してます」
「私だって」
ぼくも先輩の背中に腕を回した。力を入れて引き寄せる。先輩も同じように、ぼくをぐっと包み込む。
今日からぼくは17歳。
最高に幸せな1年になりそうな予感がする。
先輩の胸の中で、そう強く感じた。
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