第4話 片道キップ


 酔っ払いは死んだ。

 私が寝ようとしていたベッドで、ガーガーいびきをかいて。



「……どうぞ」


「どうも」



 そして私は、その酔っ払いが連れて来た謎の大男をソファーに座らせ、お茶を渡す。


 ピンク色のモフモフ寝間着だから恥ずかしい!


 とかそういう乙女チックなあれはないけど……もう寝ようとしてたから、この状況に少し困惑してるのは確かね。



「それで、ヴェイクさんはどうして、これと?」


「これ……ああ、ルクスか」


「そう」


「まず、俺のことはヴェイクでいい」



 ヴェイクさん、改め、ヴェイクはお茶が入ったコップを持ち上げる。

 ゴクッ、ゴクッと喉を鳴らして一気に飲む。

 一八〇ほどの大きな体格じゃあ、なんかコップが小さく見える。


 服装は……探索者か、試験を受けに来た人かな。

 わかんないけど、ルクスみたいな軽装とは違って、しっかりとした戦う者の服装っぽい感じがする。



「じゃあヴェイクね。私の事もエレナって呼んで」


「オッケーだ」


「それで、ヴェイクは探索者なの?」


「ああ、そうだ。ほれ、ライセンス」



 渡されたのは四角いカードに名前しか書いてない、ライセンスカード。

 こんな安っぽい作りのモノでも、持ってると持ってないとで大きな差がある。

 特に私とルクスのような、探索者を目指してる者にとって、このカードは喉から手が出るほど欲しいモノだ。



「ありがとう」



 だけど、ライセンスカードは所詮ライセンスカード。

 カードを見たとこで「探索者なんだ、へー」としかならない。

 探索者にランクなんてモノはなく、全て同じ『探索者』という括りに縛られる。

 後は実力とその者に与えられた加護だけ……。


 まあ、初対面で加護を訊く馬鹿はいないけど。



「この馬鹿、何か変なこと言ってなかった?」


「ん、特には……あっ、そういえば俺が見た時に、なんか変な奴らに絡まれてたな」


「やっぱり絡まれてたか。無能とか外れ七光りとか、どうせそんな事を言われてたでしょ?」



 新しいお茶を注ぐと、ヴェイクは苦笑いで頷いた。



「やっぱり。たまに呑みに行くと、怪我をして帰ってくるのよね。それで『どうしたの?』って訊いたら『喧嘩した』って、まるで子供みたいにふてくされるのよ」


「へぇ、俺が見た時はやり返すようには見えなかったんだが、あのまま放っておいたら、キレてたか?」


「それはたぶん、自分が悪く言われてたからじゃない? この馬鹿は自分の事をどれだけ悪く言われても怒らないくせに、自分が大切に思った相手を馬鹿にされると怒るのよ。父親、母親、それにフェレンツェ王国にいる人達とか。それに……」


「エレナもか?」



 ニヤニヤと笑いかけてくるヴェイク。

 ムカッとしたけど、それも事実だから違うと言えない。



「まあ、こいつの知り合いが私しかいないからね」


「へぇ、そうかい。お似合いだな」


「お似合いじゃない!」



 慌てて否定すると、大声を出してしまった。

 すぐにルクスを見る。

 スヤスヤとおやすみ状態。

 起こさなくて良かった。と肩を撫で下ろしてるのは何故だろうか。

 まあ、いいや。


 視線をアイツからヴェイクに戻すと、彼はキョトンとしていた。



「えっと……だが、ルクスの事が好きなんだろ?」


「……はい?」



 アイツ、どんな話をしたのよ。



「好きじゃないわよ」


「ん、そうなのか……? じゃあなんで、無能だとか外れ七光りだとか言われてるルクスと一緒にいるんだ? 探索者を目指してるなら、もっと強い奴と一緒にいた方がいいんじゃねぇか?」



 なんだ、ルクスと一緒にいたから見抜いてると思ったのに。



「ルクスは才能を隠してるだけよ。なんで隠してるかわからないけど、絶対に強いはずなのよ」


「ん、隠してる?」


「だってそうでしょ。ルクスの両親は偉大な二人なのよ? だったらルクスは両親の加護を少なからず受け継いでるはず、受け継いでないなんて有り得ないでしょ」



 加護ギフトは遺伝する。

 それは世界中の誰も例外はいない。



「まあ、信じなくてもいいわ。私だけが信じてればいいだけだから」



 邪魔な虫は男であろうと排除しておこう。

 うん、それがいいわね。


 すると、ヴェイクはニヤリと笑っていた。



「なるほどな」



 何が?

 そう思ってヴェイクに訊こうとしたけど、なんか自分一人で納得してるみたいで、何度も頷いていた。



「……お互いの勘違いがいつか交わる時がくる。……なんか、面白くなりそうだな」


「はい?」


「いや、こっちの話だ。それで、二人は試験を受ける仲間は見つかりそうなのか?」



 急に話が変わったわね。

 まあ、目が覚めちゃったから話すのはいいけど。

 それに探索者の先輩の話とか、今後の為に訊いておきたいし。



「ルクスの悪い噂はもう、ここでも広まってるみたいだから、仲間は見つれられないわね」


「誰も仲間になってくれないってやつか?」


「そっ。だからまあ、ルクスが決めることだけど、他の街に向かうかな」



 どうせ仲間は見つからない。


 仲間になってくれる相手は、ルクスの悪い噂を知らない人か、ルクスの両親で食いつく人くらいしかないんだよね。


 はぁ。

 ルクスが本気を出してくれれば、こんなことで悩まなくて済むんだけどな……。

 だけど本気を出せる時は限られてるって言われちゃったし、まっ、もう少し待ってよ。



「じゃあよ、裏口入学してみるか?」


「裏口入学? なにそれ、どっかの学園に通うの?」


「いいや。要するにライセンスを取得しないで入るって意味だな」



 完全に危ない匂いがする。



「ライセンスが無いと入れないでしょ。世界樹にいるモンスターが逃げないように、入口は沢山の衛兵で塞いでるんだから」



 それも一つの手としてあった。

 だけどそんなの上手くいかない。

 侵入しようとすれば入口を守る衛兵に捕らえられる。

 捕らえられれば、良くて牢獄行き。悪くて刺殺ね。



「そもそも、どうしてこんなライセンス制度ができたか知ってるか?」


「たしかあれよね、モンスターの中には人間を補食して成長するモンスターがいるから力の無い者は入れないようにと、世界中の人々が世界樹になだれ込むのを阻止する為よね?」


「一番の目的は世界樹にいる人数を増やさない為だな。じゃないとほとんどの奴が世界樹に入って、世界樹以外の各地の大陸が滅んじまう。だから世界樹と各地の大陸には、平等に人数を割り振る必要があるってわけだ」


「ふーん、そうなんだ。だから試験を受けなくちゃ駄目ってことよね」


「そう。それで最近だが、ちょっと変な噂を訊いてな」



 少し胡散臭い顔付きのヴェイクが、なんでか神妙な表情に変わった。

 まるで『ここ重要!』とでも言いたそう。



「世界樹の中にあるエリア、そのエリアには村や街といった探索者だけが暮らす地域があるのは、エレナも知ってるか?」


「ええ、噂でだけど訊いたわ」


「その事を中では《セーフエリア》って呼んでんだが、最近、下級層にあるセーフエリアの人数が増えてきて、何処のセーフエリアも定員オーバーらしくてな。それで、探索者の人数を増やさない為に、試験を受かり難くしてるって話を訊いたんだよ」


「な、なんですって!?」



 本当に『ここ重要!』だった。

 確かに最近の試験は難しいとか、良くそんな話を訊いたことある。



「で、でも、そんな事アリなの?」


「世界の人口を平等にする為だから仕方ない。それに、一度でもライセンスを受けたら、何度でも世界樹に出入りすることができる──俺のようにな。だから世界樹を抜けた奴らが今一斉に世界樹へと戻ったら、この世界はどうなると思う?」


「人が減って大陸は衰退。それか戦えない老人だけの世界になるわね」


「そういうこと。だから世界では、少しの間だけでも、新しく世界樹への挑戦する者達を最低限に抑えたいってわけだな」



 理由付けとしては真っ当だ。

 だけどその理由付けが理解できるだけであって、頷けるものでもない。



「それは……いつまでなの?」


「それは決まってない。いや、決まってるかもしれないが、ただの探索者の俺にはわからない」


「……ただの探索者が、どうしてそんな世界の秘密みたいなこと知ってるのよ」



 胡散臭い顔付きが、全身胡散臭いオーラになってきた。

 どうする、追い出す? だけど体大きいしな……。

 ああ、そこで寝てる馬鹿、変な奴を連れてくるんじゃないわよ。

 

 そして警戒していると、ヴェイクはソファーの背もたれに背中を預ける。



「なに、簡単なことだ。俺の世界樹での役割が、その情報を訊くのに適してたってことだ」


「職業?」


「そういうこと。俺は新人の探索者を中まで護衛する任務を任されてるんだ」


「それって……」


「だから簡単に言ってしまえば、お前ら二人をライセンス無しで入れることもできる」



 胡散臭い男は、危険な男に昇格した。



「……そんな事、できるの?」


「まあ、ばれなければだな」


「だけど世界樹に入る時、ライセンスカードの提示を求められるじゃない」



 外から世界樹の入口を見ると、いつも衛兵が立って見張ってる。

 そして必要になるのがライセンスカード。

 それが無いと入れないし、出ることもできない。


 だけどヴェイクはニヤリと笑った。



「知らないと思うが、ライセンスカードってのは最初だけ、入ってから受領すんだよ」


「えっ、そうなの? 試験に合格したらすぐ交付されるとかじゃないの?」


「ああ、世界樹の中にある最初の村で受け取れるんだ」



 へぇ、じゃあ、



「そのまま入っちゃって、ライセンスカードを受け取れば──」


「残念。受け取るには試験官やら街のお偉いさんの推薦状が必要だな」



 ぶぅ。私が言うのを待ってから言ったわね。



「……じゃあ、世界樹の中に案内できるけど、外に出ることはできないってこと?」


「そう。裏口入学──とも言うし──片道キップとも言う」


「どちらかというと、片道キップが正しいわね……」


「だけど上の階層に進めばライセンスの取得はできるぞ」


「そうなの?」


「中にも色々とめんどくさいルールがあってだな。まあ、その辺は追々だな。んで、どうすんだ?」


「そうね」



 ヴェイクの言葉が正しいなら、おそらく、私とルクスは一生、探索者になれない。

 勿論、ルクスが本気を出してくれれば別だけど、私の考えが正しければ、ルクスは制限付きの加護だと思う。

 だから今すぐ本気を出して、って言っても無理かもしれない。


 かといって、ヴェイクの話を訊いて世界樹の中へ入ったら出られなくなる。

 もし無断侵入したと知られれば──最悪な状況になる。


 どうするべきなんだろう。

 私は考え、結果を口にした。

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