第8話 戦いを終えて


 ■調合素材


 ゴブリン  1体


 名のない剣 1本



 ■調合結果


 1%  キングゴブリンソード【Sランク】


 3%  ゴブスレイヤーソード【Aランク】


 20% ゴブゴブソード【Cランク】


 76% ゴブリンソード【Eランク】




「つまり、ルクス。これは、どういう事なんだ?」


「いや、持ち主だけどわかんない」



 アイテム袋にゴブリンと、ヴェイクから貰った剣を入れると、なんか黒いボードに文字が記されて、目の前に表示された。


 調合素材ってのは、入れたゴブリンと剣のことだろう。

 調合結果ってのは、調合する前にどうなるのか教えてくれるってことかな。



「このランクってのは、強さを意味してるんだろうか?」


「だろうな。だけど全部に『ゴブ』って付いてるから、そこまで強そうな武器だとは思えねぇな」


「たしかに。他のゴブリンを足してみたらどうなるんだろう?」



 俺はそう言うと、ヴェイクは倒れてるゴブリンを持ってきた。

 頭の無いゴブリンの手を持って引きずってくるヴェイク。


 ──扱い雑!


 俺が殺したのに、少しだけ可哀想だと思ってしまう。



「ほれ、足してみ?」



 ヴェイクに言われ立ち上がる。


 モンスターを調合してくれるアイテム袋は、手のひらサイズでかなり小さい。なのに人間の子供くらいあるゴブリンを一体、また一体とアイテム袋が飲み込んでいく。


 そして、



「おっ、数値が変わった」






 ■調合素材


 ゴブリン  3体


 名のない剣 1本



 ■調合結果


 1%  キングゴブリンソード【Sランク】


 5%  ゴブスレイヤーソード【Aランク】


 30% ゴブゴブソード【Cランク】


 64% ゴブリンソード【Eランク】





「あんま変わんねぇな」


「だな。だけどCランクの『ゴブゴブソード』の確率は10も上がったぞ?」


「だけどEからCに上がっただけだぜ? いや、どうなんだろうな」



 ヴェイクが唸りながら悩んでる。

 正直なとこ、俺にもわからない。

 この力を使うのは初めてであり、外の世界では武器をランク付けしないからだ。



「なあ、ヴェイク。世界樹では武器にランク付けしてるのか?」


「まあ、多少はしてるかな。やっぱ世界樹の中では武器やら防具は必需品だから、その武器を高く売ったり買ったり、性能をはっきりと表現する必要があんだよ。だけど、表現するのは値段であってランクじゃねぇな」


「なるほど。じゃあ世界樹の中ではゴブゴブなんちゃらって名前の武器とかってないのか?」



 真面目に訊いたんだが、ヴェイクは人を馬鹿にするように大きく口を開いて笑った。



「ねぇって、そんな名前の武器があっても誰も買わねぇだろ!」


「確かにそうか」


「まあ、職人が作った武器の中に、名前は違うだけで、似てる武器があるかもしれないけどな」


「そうか。試してみないとわかんないってことか。だけど、いいのか? これ、ヴェイクの使ってた武器だろ?」



 ヴェイクが前に使ってた武器で今は必要ないとしても、多少なりとも思い入れはあると思った。


 だけど、



「ねぇよ、だって俺の使う武器って斧だからな」


「はっ? じゃあ、これなんだよ?」


「まあ、世界樹には色々とあんだよ。それより、ほれ。さっさと調合して、セーフエリアに向かおうぜ? このままエレナを寝かせるつもりか?」



 たしかに、エレナをここに放置するのは申し訳ない。


 だけど、もう少し悩みたいという気持ちもある。


 例えば──。


 剣じゃなくて斧や槍とかだったらどうなのか?

 武器じゃなくて傷を癒やす消耗品だったらどうなのか?

 もっとゴブリンを集めて一気に調合したら、この割合はどこまで良くなるのか?


 だけどやっぱり、今は結果をすぐ知りたいという気持ちが勝った。



「よし、調合開始だ!」



 俺の意志と連動するアイテム袋。

 中に入った素材が調合され、巾着袋の入口から大きな剣が出てきた。



「「これは……」」



 俺とヴェイクは顔を見合わせる。

 武器の名前は表示されている。


 だからこれは……。









 ♢








 ゴブ。


 ゴブゴブ。


 ゴブゴブゴブゴブ。




「──うわあっ!」



 最悪な夢を見て目覚めた私。ほんと最悪だ。

 大勢のゴブリンが鳴き声を発しながら近寄ってくる夢。

 なによ、ゴブゴブって……。



「あれ、ここどこ?」



 どこかの家の一室。

 ベッドと机と椅子しかない。

 たしか私はゴブリンと戦ってて……。



「よう、起きたか?」



 部屋にはルクスと……私達にシッシッてやったヴェイクがいた。



「えっと、ここは……というより、なんでヴェイクがいるの?」


「俺か? まあ『ヴェイクが仲間になった!』みたいな感じだな」


「おい、それを自分で言うな。なんか『お前たちに付いて行ったら楽しそうだから』だってさ」


「なにそれ……」



 やっぱり変わってるわね。

 私達よりも少し年上の男──ヴェイクは、きっと馬鹿で変わり者だと思う。



「まあ、わかったわ。……ねぇ、ところで私は倒れたの?」


「ああ、いきなり倒れたからビックリした。加護の力の使いすぎか?」


「まあ、そんなとこかな」



 違う。

 加護の力を使って体内のマナが減った、というのは理由としてある。

 マナが無くなって一瞬、クラッとした。

 だけどその症状はいつものこと、いつもは堪えられる。

 だけど今回、安心したら堪えることを忘れて意識を失ってしまった。


 そんな馬鹿みたいな理由、言えるわけない──。



『ゴブ』



 えっ?



『ゴブゴブ。ゴブゴブゴブゴブ』



 はっ?

 なんでゴブリンの鳴き声が?



「どうだ、この剣。カッコいいだろ?」



 ルクスが自慢気に見せてくる剣は、ヴェイクから貰ったのとは違った。

 全体的に灰色の剣。

 握るの部分だけじゃなくて、刀身の部分まで灰色。


 色がなんか、ゴブリンに似てる。


 それに、ルクスが持ってる剣から、



『ゴブ』



 とかゴブリンの鳴き声がする。



「……なに、それ」


「ふっふっふっ。これはゴブリンソードつってな、このボタンを押せば、ゴブリンの鳴き声がするんだよ」



 ルクスは、剣のの部分にある丸いボタンを押す。


『ゴブゴブ』


 変な音が鳴る。

 まるで子供のおもちゃのようなそれを、ニヤニヤと私に向けて笑う大きな子供。


 そう……あんたがさっきまで見てた悪夢の元凶なのね。



「……はぁ。どうしたのよ、それ」


「ん、まあ、買ったんだよ」 


「買った? 買ったって……あっ、そうか! ここってセーフエリアなのよね」



 ルクスは頷いた。


 不気味なゴブリンソードを買った理由はどうでもいい。

 それよりも、世界樹の中で生きる人々が暮らすセーフエリアがどんな場所なのか見たい。



「どうよ、これ」


『ゴブゴブ』


「なっ、どうよ」



 羨ましがってくれ!

 と言わんばかりのルクスが、目を輝かせて私を見てくる。


 ……言わない。


 …………言いたくない。


 ……………………言いたく──はぁ。



「……コホン。そ、それ、凄いわね!」


「だよな! ヴェイクはダサいとか言うんだけど、やっぱりカッコいいよな」



 共感者を得て一人喜ぶルクス。


 私はヴェイクを睨みつけ目で訴える。


 ──あんたが正直な意見を言うから、私が褒めなくちゃいけなくなったじゃない!


 ──だって、ダサいだろ。


 ヴェイクの目からは、そう訴えてくるようだった。


 そして私に褒められたルクスは、剣を鞘に収めると、



「あ、そうそう。荷物とかはそこに置いてあるから、落ち着いたら温泉に入ってこいよ」


「お、温泉!?」



 ここって世界樹の中よね!?


 温泉、温泉……。


 乙女の幸せ!



「……どこ」


「ん、どうした?」



 私はベッドから起き上がり、ルクスの肩に手を置いて体を揺する。



「どこに温泉があるのよ!」


「や、やや、やめっ、すぐそこっ、すぐそこにあるからっ、やめいっ!」








 ♢






「はあー。気持ちいいわね」



 私は一人、泊まっていた宿屋のすぐそばにある温泉場に来て、疲れた体を浴場に浸かって和らげていた。

 さすがに大樹の中に地下から沸き上がる温泉はなくて、人工的な温泉だという。

 それでも温泉と名が付くと、最高の気分になる。



「それにしても、なんか凄いわね」



 このセーフエリア全体の説明は後で教えてくれると、ヴェイクは言っていた。

 そして金銭的な面は外も中も一緒で、ここへ来るのに少しだけ持ってきたユグシル硬貨が使えた。



「外でも温泉には中々入れないからなー。ちょっとだけ、ゆっくりしてこようかな」



 温泉なんて滅多に入れるものじゃないもんね。

 それにゴブリンを殺した時に血とか付いちゃったから、ゆっくりしたい。


 体を洗って。

 頭を洗って。

 ゆっくり気持ちいい温泉に浸かる。


 最高の気持ち。

 幸せな気持ち。


 なのに……。



「なんで……変な事を考えるんだろ」



 今日一日で、自分が役立たずなのを十分に理解した。


 弓ゴブリンと一対一で戦ってすぐに、私は矢で負傷した。

 油断してたとか、そんなカッコいい言い訳なんて言えないほどに、実力で劣ってた。

 最下級モンスターのゴブリンに劣るってことは、他のモンスターを一人で相手にするなんて、絶対に無理だ。



『回復専門の加護なんだから、回復だけしてくれないか?』



 ルクスと出会う前に所属していたパーティーで、誰かに言われた。


 たしかにそうだ。

 そいつの言う通りだ。


 自分では回復役ヒーラーとしては優秀な分類の加護だと思ってる。

 だけど回復の加護は、仲間が優秀だと不要な力だ。

 傷を負わなければ、私の存在意義はなくなる。

 それなら、私じゃなくて戦える人間を仲間にした方がいい。

 傷を治してくれる回復薬だって、今は高性能のモノがある。


 少しずつ、少しずつ。

 回復しかできない者は、居場所を失う。


 だから自分の居場所を確保する為に、自分の身を守れる為に──槍術を身に付けた。

 必死に頑張った。頑張ったけど、私の槍術なんて戦力に加えられない。


 頑張っても頑張っても、仲間の力になれない。


 そんな、私が腐ってる時だった──。



『回復もできるのに、槍まで使えるなんて凄いな!』



 ルクスは私の弱い力を褒めてくれた。

 私を回復しかできない加護の持ち主じゃなくて、戦いもできる者として見てくれた。


 だから私は、腐りかけてた気持ちに光を宿して、槍術に磨きをかけた。



「だけど、今日のでルクスも気付いたよね」



 何も言わなかったけど、私が倒れてからここまで、ゴブリンに狙われなかっただろうか。

 私をここまで連れて来てくれたのは、ルクス? ヴェイク? なんとなくだけど、ルクスだと思う。

 邪魔な私を背負ってここまで、ルクスは嫌がらなかったかな?


 私は弱い。

 私は戦いの邪魔になる。


 それをルクスは気付いちゃったかな。


 弓ゴブリンを倒せたのだって、弓ゴブリンがルクスを狙って隙ができたとこを、槍で倒しただけ。

 私の実力で倒したんじゃない──ズルをして倒しただけ。


 いつかルクスが本気を出して、実力を示したら、もしかしたら、私は不必要になるかもしれない。


 そうなれば、玉の輿とか関係なく、この誰も知り合いがいない場所で、私は一人になる。


 捨てられる。

 また捨てられる。


 アイツに本気を出してほしい。

 そう、今までずっと思ってたのに……。



「一人ぼっちは、やっぱ怖い」



 私は温泉に入ってまだ少ししか経ってないのに、温泉を出ることにした。

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