第7話 天才とはかけ離れた戦い

 丸い空洞地帯の中心で激突した。

 前衛に棍棒ゴブリンと槍ゴブリン。

 弓ゴブリンが後ろから狙いを定めていた。



「邪魔なんだよ!」



 剣を力一杯になぎ払う。

 ゴブリンの動きはそれなりだ。

 獣とかのような速さは無いけど、反射神経は高い。


 俺のなぎ払った剣を避けると、すぐさま反撃してくる。

 木の棍棒を叩きつけ、槍を突き刺してくる。



「──っ!」



 シュッ!


 矢が俺の頬をかすめた。


 二体に集中すれば、すぐさま援護射撃が飛んでくる。

 怖いから何かに集中したいってのに、一つのことに集中させてくれない。


 二体の攻撃を避けたり跳ね返したりしながら、弓に矢をつがえ、射る瞬間に避ける。


 全く攻められない状況。


 だが、俺は一人じゃない。



「ルクス、あんたはその二体をお願い!」



 自分の背丈ほど長い槍を持ち、背後に隠れている弓ゴブリンに向かって突進するエレナ。


 エレナの専門は仲間の傷を癒やす回復役だ。

 だけどそれは加護の力がそうさせてるだけであって、回復役ヒーラーでありながら、攻撃役アタッカーでもある。


 周囲を見ながら最適な攻撃のできる判断力と、行動や考え方をうまく切り替える適応力が、俺には無くて、そこがエレナの羨ましく思う部分だ。


 だから今は、矢が飛んでくる心配は止めよう。

 俺は目の前で腰を下げて、甲高い声で威嚇をする棍棒と槍の両ゴブリンに集中する。



「まずは一体。どっちか殺せば、楽になるはずだ」



 一対一の状況にしたい。

 だからまず、槍ゴブリンに狙いを定める。

 棍棒ゴブリンに背中から殴られても、そこまで威力は少ないと思った。

 だから槍ゴブリンに剣を振り下ろし、棍棒ゴブリンの動きを視界の端で軽く感じる。



「ゴブッ、ゴブッ、ゴブッ」


「ちっ、やっぱり反射神経が高い」



 ビュンビュンと音を鳴らして剣を振り回しても、簡単に避けられる。

 反撃してくる余裕はないようだけど、それでも二対一だから、押していても、押されているみたいだ。


 動きを止めないと……。


 剣を振り回して壁際まで追い詰めても、すぐに反転して、今度は逆に俺が壁に追い詰められる。



「なにか打開策がないと」



 そんなモノはない。


 落ち着け。

 落ち着くんだ。


 父さんに教えてもらったことを思い出せ。

 いくら振り回してたって無駄だ。

 緊張からなる不格好な構えの太刀筋は、槍ゴブリンに読まれてる。

 だから一撃で仕留める。仕留められなくても、動きを封じるんだ。



「来いよ、ゴブ野郎」



 ニヤリと笑って言う。



「ゴブッ? ゴブゴブッ!」



 通じたのかわからないけど、槍ゴブリンは突き刺しの構えで突進してくる。

 棍棒ゴブリンは無視する。攻撃されることなんて考えるな。


 突き刺してくる細槍を間一髪で避け、槍と両手を前に出してる槍ゴブリンの横を通って背後に移動する。



「ぐはっ!」



 避けたとこを棍棒ゴブリンに狙われた。

 力一杯の棍棒が左肩を襲い、一瞬だが、左手がぷらんと力無く下がる。

 だけどこのチャンスを逃すわけにはいかない。



「死ねよ、ゴブ野郎!」



 そのまま後ろから槍ゴブリンの大きな頭を支えている細い首に、右手一本で持った剣を斬り付ける。


 柔らかい皮と肉の感触──そして固い骨の感触。

 骨を斬れば右手で握った剣からは、微かに振動を受ける。


 片手じゃあ、力が入らない。

 だから、痛みが襲う左腕を上げて、両手で持った剣で骨を抉る



「ゴッ、ブブッ、ゴブッ!」



 槍ゴブリンが苦しそうに声を漏らす。



「うっ! あああっ!」



 俺は感情を殺すように大声を出した。


 泣きそうな声出すなよ。

 悲しそうな目で俺を見るなよ。

 死ぬか生きるか、これは命を賭けた戦いなんだよ。


 だから俺の腕、頼むから怯むなよ。


 同情なんかするな。

 ゴブリン一体に同情してたら、先になんて進めないんだぞ。 


 俺はそう、自分に言い聞かせて、槍ゴブリンにとどめを刺す。



「ゴブッ、ゴブッゴブッ、ゴブッ!」



 棍棒ゴブリンが俺の背中を滅多打ちにする。


 仲間を殺られて悔しいのか?

 そんな事よりも俺を殺したいのか?


 理由はわからない。

 ただ俺の剣が槍ゴブリンの頭部をはねると、棍棒ゴブリンは更に甲高い声で鳴いた。



「やっ、た……」



 すぐさま棍棒ゴブリンと距離をとる。



「やった……やったぞ!」



 左腕はもう上がらない。

 痛みはあるのに、どこが痛いかわからない。


 高揚感が全身を包んで痛いという気持ちよりも、嬉しいという気持ちが上回ってる。



「そうじゃないだろ、俺」



 たったゴブリン一体を倒しただけで、何を喜んでるんだ。


 やっぱり、俺には才能はなかった。


 ゴブリンを倒すのに左腕を犠牲にした──いや、左腕を犠牲にしないと勝てなかった。



「少しずつ、少しずつ階段を登るんだ」



 着実に一歩、階段を登ったはずだ。

 次はもっと要領よく、ゴブリンを倒せればそれでいい。



「後は棍棒ゴブリンを──」


「きゃあっ!」



 突然、エレナの悲鳴が耳に入ってきた。

 すぐに見ると、矢がエレナの右肩に刺さっていた。



「──エレナ!」



 俺は走った。


 棍棒ゴブリンなんて無視。

 ぷらんぷらん垂れる左腕が痛いけどそれも無視。


 エレナの元まで向かい、すぐに牽制の剣を振り回す。

 弓ゴブリンが次の矢を構えているのはわかる。だがそれよりも、



「大丈夫か、エレナ」


「え、ええ……ちょっとだけ、考えが甘かったみたい」



 背中からは、苦笑いをするエレナの声が訊こえる。

 そして自分の傷口に触れて、すぐさま加護の力を使用した。



「聖樹の導きよ──《治癒の息吹エアリアブレス》」



 背中からうっすらとした温かい光が生まれる。

 荒い呼吸が、だんだんゆっくりとした呼吸に変わる。


 エレナの傷は治った。

 ただ状況は何も良くなってはいない。

 槍ゴブリンの頭と胴体は遠くに転がってるが、棍棒ゴブリンと、弓ゴブリンは俺達を囲むように接近してくる。


 どうする。

 どっちを先に殺る。



「もしかして怪我してる?」


「ちょっとな」


「ちょっとじゃないでしょ。今すぐ治すから待って。聖樹の導きよ──《治癒の息吹エアリアブレス》」


「ありがとう」



 エレナの手が左肩に当てられると、痛みはすぐに回復した。

 右手一本で持っていた剣を両手で持ち、エレナを背中で守りながら、ズルズルと、後ろへ下がっていく。



「ゴブッ、ゴブッ」



 威嚇は続いてる。

 弓ゴブリンが矢を放ったら隙ができるかなと思ったのだが、あいつは、こちらを狙ってるだけで、射るつもりはないらしい。

 唾を何度も飲みながら、壁際まで後退しているのがわかる。



「……まだ、戦えるか?」


「勿論よ。ルクスは大丈夫?」


「大丈夫だ。俺は棍棒ゴブリンを狙うから、エレナは弓ゴブリンを頼む」


「わかったわ」


「……ふぅ。──よし!」



 後退するのを止めて、俺は走った。

 すぐさま俺の腹部へと矢を放たれる。

 避けられない。避けたらエレナに当たる。

 だから飛んでくる矢を掴んで止めた。



「痛ってぇ!」



 矢を弾く、矢をスパッと掴む。

 そんな高度な技術は持ち合わせてはいない。

 だから矢の後ろを掴んだ左手は擦れて血だらけだ。

 エレナに回復してもらわないと、両手で剣を持てない。



「悪いエレナ、回復してくれ!」


「避ければ良かったのに、バカ。聖樹の導きよ──《治癒の輪エアリアサークル》」



 丸っこい光の輪っかが、走る俺へと飛んでくる。

 そして体を包み込むと、傷も痛みも一瞬で癒える。


 よし、これで両手で持てる。


 弓ゴブリンはエレナに任せて、俺は棍棒ゴブリンを。

 急いで倒せば、エレナの手助けもできる。


 少し戦って見えてきたのは、ゴブリンは知能が乏しいこと。

 目の前の人間を殺すことしか、おそらく脳にない。

 だから俺を狙う方法は、棍棒を勢いよく振り下ろすだけ。


 ──そして、棍棒を振り下ろして前傾姿勢になったとこが、狙い時だ。



「このっ!」



 力無く剣を振る。


 こいっ。

 こいこいこいっ。

 きやがれっ!


 隙を作らず、棍棒を力一杯に振り下ろす瞬間を待った。


 そして、その時はきた。



「ゴブッ!」



 右手に持った棍棒を力一杯に振り下ろす。 

 その一撃を避けて、両手で持った剣を細い首へと振り抜く。



「ゴッ、ブゥ」



 吹き飛んだ頭。

 膝から崩れ落ちる胴体。

 紫色の血が地面に流れる。


 動かない棍棒ゴブリンを見ながら、荒くなった息を整える。


 そしてすぐに、エレナの元へと走ろうとした。


 だけど、



「……終わった?」



 既にエレナは終わっていた。

 その体は、少し疲れてるようだった。



「だ、大丈夫か? 怪我とか」


「馬鹿ね。怪我してたら、すぐに治してるわよ」


「じゃあ、どうしたんだよ」



 エレナに近寄ると、いつもの強気な態度はなく、苦笑いで答えた。



「まあ、初めてモンスターを倒して、なんだか、心も体も、疲れたの、かな……」


「エ、エレナ!? おい、エレナ!?」



 エレナが前から倒れた。

 目立った傷はない。

 じゃあ、なんで?



「極度の緊張から解放されて、気が緩んだんじゃねぇか?」



 誰もいないのに、声が訊こえた。



「誰か、いるのか?」


「俺だよ」



 透明人間。

 そんな言葉が似合う力。

 何も無いとこから、ヴェイクが現れた。



「……加護の力、なのか?」


「そういうことだ。それより、そいつは気を失ってるだけだと思うぞ」


「加護の力を使い過ぎて、マナが減ったのも関係あるのかもしれないな」


「なるほどな」


「……てか、いつからいたんだよ」


「いつからって、最初からいたぞ」



 最初っからって。



「見てたなら、手伝ってくれればいいだろ」


「手伝ったら、お前らの実力がわからないだろ」


「実力でも計ってたのか?」


「まあな」


「結果は?」


「世界樹のモンスターの中でも最弱なゴブリンにギリギリ。はっきり言って、弱っちぃな」



 随分とはっきり言いやがって。

 俺は着ていたローブを脱ぎ、それをエレナの頭の下に入れて横にさせる。



「だが」



 立ち上がった俺を、ヴェイクはニヤリと笑った。



「一緒にいたら楽しいだろうな、とは思ったな」


「なんだそれ」


「俺は人生を『楽しい』か『つまらない』かでしか判断できない人間なんだよ」


「変わった奴だな、ヴェイクは」


「まあな。それでどうだ、俺を仲間にするか? 世界樹の先輩を仲間にしておいたほうが、色々と楽になると思うぜ?」



 ヴェイク=胡散臭い。

 だが悪い奴ではないと思う。

 まあ、直感でそう思うだけなんだけど。


 仲間が増えるのはいいことだ。


 ただ、



「……エレナは譲らんぞ」



 ヴェイクは高身長で、顔も悪くない。

 まさかとは思うが、そういう狙いじゃないだろうか。


 俺がさっきまで戦っていたゴブリンのように威嚇をしていると、ヴェイクは天井を見上げる勢いで高々と笑った。



「アハハハッ! 興味ねぇって」


「興味ないって、失礼な奴だな」



 エレナは美人だと思うんだが、全く。



「それに、こいつはお前に惚れてんだろ?」


「ま、まあ、そうだが……」



 なんかニヤニヤしてる。

 まさか昨日の夜、エレナから何か訊いたのか?

 訊きたい。何を話したのか訊きたい。


 だけど止めておこう。



「それよりだ。そいつが眠ってる間に、ほれっ、試してみねぇか?」


「ん、何を?」



 ヴェイクは親指で何かを差した。

 それはゴブリン。俺とエレナが倒したゴブリン。



「ルクスの加護の力をだよ」



 そうだ。

 倒す事に精一杯で忘れていた。

 俺がこの世界で成り上がれるかどうかが左右する、俺専用の『調合師スペシャリテ』の力を、モンスターを倒したから、やっと試せるんだった。

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