第6話 世界樹の中へ


「よお、来たか」



 集合時間である一二時。

 ライセンス試験受付所に到着した俺とエレナ。


 そして待っていたのは、昨日よりも探索者らしい姿のヴェイク。

 まあ服装は変わってないんだけど、なんかエレナに話を訊いた後だから、それっぽく感じる。



「ほれ、お前らはこれ着てろ」



 ヴェイクから渡されたのは黒色のローブ?

 広げてみると、めちゃくちゃぶかぶかだ。



「なんだこれ?」


「まあ、あれだ。ルクスは軽い有名人だからな。片道キップを渡しても、誤魔化せるのには限度があるんだよ」


「つまり、顔を隠せってことね」


「そういうことだ。あと、これも渡しておくぞ」



 ヴェイクから渡されたのは剣。

 大きさとしては一般的な剣と変わらない。


 茶色の皮の柄。

 鞘に収まった刀身。

 そして鞘を抜くと、刀のようね細身ではなく、頑丈そうな太さがあり、綺麗な銀色の輝きを放っていた。


 父さんに稽古してもらってた時と、似た剣。


 その安物じゃない武器を、ヴェイクは俺に渡した。



「……プレゼント?」


「武器は必要だろ」


「いいのか?」



 ヴェイクは頷いた。

 それなら、有り難く頂戴しよう。



「んじゃ、そのローブを着て付いてきてくれ」



 ヴェイクにそう言われ、俺とエレナはローブを着る。

 照る照る坊主みたいな格好をしてる怪しい二人組。


 なんか、もっと目立たないかな?


 そう思っていたけど、ヴェイクが用意した荷馬車に向かうと、そんな風貌の連中は他にもいた。



「あいつらも俺らと同じ境遇かな?」


「シッ、気付かれたくないんだから静かにしてよ」



 荷馬車に乗り込み、尻が痛くなるほど固い木の板に横一列に並ぶ。

 横向きに座ると、目の前の連中と顔が向き合う。

 だから俺とエレナは、顔を下げる。

 ヴェイクは前。二頭の馬に繋いだ手綱を持ってる。


 俺とエレナが座ってから、すぐに荷馬車が動いた。

 俺達を合わせて10人。俺達が最後だったのかな。


 荷馬車に揺られながら、ふと思う。



「なんか、あれだな」


「なによ」


「簡単に世界樹に入れるんだな」



 探索者を目指して三ヶ月。

 ここまで嫌な事は沢山あった。

 世界樹に入れるのは嬉しいけど、こんなに簡単だと少し拍子抜けというか、これまでの苦労はなんだったのか……などと考えちまう。



「まあね。だけど、どうかしら……」



 隣に座るエレナは、小声でそう言った。



「全てはここからじゃない? ライセンスがないから外に逃げることもできない。世界樹を登って、登って登って、ずっと話でしか訊いたことのなかった世界を、死なないように、強くなりながら登る。それが簡単な事じゃないのは、ルクスだって理解してるでしょ?」


「ああ、わかってるよ。こっからだよな、もっと苦しくなるのは」


「まあ、あんたがさっさと本気出してくれれば、簡単なんだけどね」


「俺を便利道具みたいに言うな」



 エレナはクスッと笑って、おそらく目を閉じた。

 少し緊張してるのか、肩が触れ合うと震えているのがわかった。

 ライセンス試験の時、いつも震えてた。

 意外と緊張したり、怖がったりするタイプだ。


 こんな時、強い男だったら気の利く言葉を言ってやれるんだろうな……言ってやれたら、どれだけ良かっただろうかな、と思う。


 だけど、自分の心配がいつも先に出てくる。

 弱い人間が、自分よりも強い人間を心配するな。

 自分のできないことを、無理にしようとするな。


 その考えが正しいのだと、弱くてダサい自分に言い聞かせる。





「──さて、到着したぞ」



 いつの間にか寝てたらしい。

 ヴェイクの声が前方から訊こえてくると、俺達は次々に荷馬車を降りた。



「……ここ、本当に世界樹の中なの?」


「大樹の中とは思えないな。これじゃあ、まるで洞窟の中だ」



 中はまるで、暗い洞窟のようだ。

 茶色の壁を触ってみると、全体が砂で固められていて、指で擦ると、きめ細やかな砂がサラサラと地面に落ちていく。


 一本道を照らすのは左右に設置されてある蝋燭だけ。


 進む道であろう前方は、真っ暗で何処まで続いているのかわからない。


 そんな洞窟の丸い空洞のような場所で降ろされた俺達に、ヴェイクは腕を組んで言う。



「それじゃあ、ここからは各々で進んでもらう」



 とヴェイクが言うと、別のパーティーが「どういうこと?」と疑問の言葉を口にした。



「このまま真っ直ぐに進めば最初のセーフエリアがあって、そこで、さっき貰った推薦状を渡せばライセンスを受け取れる。そしたらもう、お前達は俺達と同じ探索者の一人だ。俺達に頼らないで、後は自由に進んでくれ」



 まるで子供を捨てる親が、それらしい言葉を投げかけるみたいだ。

 だけどそれが探索者だ。

 先輩に頼らないで歩くのが探索者なんだ。

 そうやって言われているみたいで、それが正しいと思えてしまう。

 そして、洗脳を受けた者達は次々に進んでいく。

 未知の領域──世界樹の内部へと。



「ど、どうする?」



 エレナがオドオドしてる。

 いつもの強気な態度はない。

 俺達と一緒に来た連中は、全員が前に進んだ。

 残ってるのは俺とエレナ、それにヴェイクと、一緒に来た案内人みたいな二人。



「ほら、お前達も行ってきな」



 ヴェイクはシッシッ、と手を払った。

 一緒に進むとか、そういう優しいのはないらしい。



「進むか」


「す、進むって……先によね?」



 俺は脅えてるエレナに頷き、進んでいく。


 背中から感じる荷馬車の気配は、来た道を戻って行った。


 ヴェイクも、戻ったのかな?

 そういえば、剣を貰ったお礼言ったかな。

 まあ、次に会えた時にでも言えばいいか。


 同じ探索者なんだから、いつか世界樹で会うか。


 もう、世界樹を出ることはできない。

 真っ直ぐ先へと進むしかない。


 俺達の持ってきた荷物は、背中に背負ってるリュックが二つだけ。

 世界樹の中には、食料とか生活に必要なモノはあるし、購入する事もできる──言わば、世界樹という大樹の中にあるもう一つの世界のような感じだ。


 だけどそれは、果たして生活するのに最低限の量しかないのだろうか?

 外と同じで、硬貨で買い物をするのだろうか?

 もし硬貨で買い物をするのなら、その相場は外と一緒なのだろうか?


 そんな情報は、あまり外の人間には入ってこない。

 理由は、世界樹に入った者は、中で根を張るからだ。

 出て来ない者に、どうやって中の話を訊けというのか。

 元探索者である教官に話を訊いても、あまり答えてくれなかった。


『その目で確かめ、その体で動き、その脳ミソで考えろ』


 そう言われてるようで、入ってみないとわからなかった。



「戦闘に発展したら、荷物は置いた方がいいな」


「えっ……? やっぱり、戦闘に発展するのね」



 弱々しい声を漏らすエレナ。

 歩いていく道はまだ静かだ。

 前には先に進んだ奴らがいるのに。

 戦闘に発展してないのか? もしかして、最初のセーフエリアとやらまでは、世界樹に生息するモンスターとやらは出てこないのか?



「出てこないなら、それでいい」



 口では覚悟を決めた。

 だけど行動できるかは微妙だ。

 描かれた絵と第三者の話しでしか、見ても訊いてもいないモンスター。

 そんな相手に、果たして戦いを挑めるだろうか。



「大丈夫よね。殺されないわよね」



 後ろを歩くエレナは、小動物のように小さくなってる。


 なんか、いきなり雰囲気が変わったな。

 まあ、いつもツンツンしてるけど、この弱々しいエレナも可愛い。


 だけど、



「どうした、怖いのか?」


「──なっ!? だっ、だれが怖いって言ったのよ。馬鹿じゃないの」



 出ましたツンツンさん。

 全くデレないから、普段のツンツンした表情の方が好きになってしまった。



「まっ、俺が守ってやるから安心しろって」


「……弱っちぃ、あんたに守ってもらわなくても、自分の身くらい、自分で守れるわよ」


「回復しかできないのに?」


「ばっ、馬鹿にすんじゃないわよ! 私にはこれがあるわ」



 エレナは背負っていた荷物を下ろして、彼女がいつも使おうとしてる武器を取り出そうとした。


 だけど、



『──ギャアアァァッ!』



 洞窟内に響き脳にまで届く叫び声。

 人間。これは人間の声だ。

 それも痛みを感じた声は、一人では収まらない。


 男、女、男、男。

 叫び声は色々な声色を奏でる。



「な、なによ、この声……どうなってるのよ」


「やっぱり、いるんだよ」



 エレナは今にも泣きうだ。


『ずっと真っ直ぐ向かえば、最初のセーフポイントに到着する』


 先が真っ暗なこの道は、ずっと真っ直ぐなのか?

 じゃあ、俺達もあの叫び声を発させた『何か』と遭遇するんじゃないか?


 そう思ったら、全身が震えた。


 父さんも、国の兵士も、試験官も、どんな人間を相手にしても、危険になったら止めてくれる。

 だけどこの先にいる『何か』は、危険になったら攻撃を止めてくれるのか?


 いいや、止めてくれない。

 止めてくれるとすれば、俺が死んだ時か──エレナが死んだ時だ。



「俺が守る。エレナは絶対に守るから……」


「……ありがと」



 剣は大切な人を守る為にある。


 父さんが教えてくれた言葉であり、想いを具現化した力だ。


 ──だけど。


 進んだ先にいた灰色の肌をした生物を見て、俺の心にあるエレナを守るという気持ちが、一気に恐怖という気持ちに蝕まれていったのを感じた。



「あれが、ゴブリン?」



 エレナが呟く。


 見た感じ子供だ。

 肌は灰色だけど、顔が少しでかい人間に似た姿だ。

 その手には棍棒や小さな槍や弓矢を持っている。

 ゴブリンの武器は、それぞれ違うのだろう。

 そして数は三体いる。初めて見るモンスターだ。


 丸い空洞にいるゴブリンの表情は、明るく全体を蝋燭で照らしている為、姿がはっきりと確認できる。

 奴らは俺とエレナに気付いていない。



「……荷物を、置こう」



 俺達はそっと、邪魔になる荷物を置いた。

 そのまま、身軽になった体でしゃがむ。



「呼び名は簡単に、棍棒ゴブ、槍ゴブ、弓ゴブって呼ぶか」


「わかったわ。それで、どうするの」


「あいつら出口から離れる気配がない。戦うしかないな……」



 丸い空洞地帯のここには、俺とエレナのいる通路と、三体のゴブリンが邪魔している通路の、二つの通路しかない。

 進むには、あの三体のゴブリンを殺すしかない。



「まず潰すのは、あの弓ゴブでいくか?」


「わかったわ。……負傷したら、すぐに私に言って。治すから」


「だけど無理はするなよ。エレナの《聖天治癒師エレメントヒーラー》の力は無限に使えるわけじゃないんだろ?」


「まあ、体内のマナを消費して使う魔術のような力だから、使い過ぎたら気を失っちゃうわね……。だけど、小さな傷でも油断しちゃ駄目よ。今までの模擬戦はそれで助かったかもしれないけど、今回は今までとは全然違うんだから」


「そう、だな」



 エレナの言葉に頷く。



「俺は三体共を引きつけるから、エレナは隙を狙ってくれ」


「わかったわ。……気をつけてね」



 俺はゆっくりと息を吸い込む。

 戦闘が始まれば引き返せない。

 途中でひびるな。途中で逃げたいとか思うな。

 全身から冷たい汗が流れる。熱い場所にいるみたいに喉が渇く。



「……ふぅ」



 吐いた。


 そして走った。



「来いよ──ゴブリン共!」



 注意を引きつけて、エレナに向かわないようにする。

 走った足が重くて、まだ震えが止まらなくて、躓きそうになる。

 だけど地面の砂利を蹴って、モンスター界で最弱と呼ばれているゴブリンに、俺は鞘から剣を抜いて走った。

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