第5話 決まっていた選択


「……ルクスと相談していい?」



 やっぱり一人で考えるのは無理だった。



「ああ、そうした方がいい。そうだな、もし受けるなら、明日の一二時にライセンス試験受付所の前に来てくれ」



 そう言って立ち上がるヴェイク。

 そのまま出口へと向かう彼に、私は問いかける。



「ねぇ、どうしてそこまでしてくれるの?」



 その疑問に、ヴェイクは即答した。



「なんか面白くなりそうだからだよ」


「それだけ?」


「後はそうだな、お前達がどんな結果になるか楽しみだからかな?」


「私達がどんな結果になる? んっ、よくわからないけど、結局は楽しそうだからなのね」


「そういうこと。んじゃ、明日待ってるからな」



 バタン。

 カランカラン。


 扉が閉まって鈴が鳴る。


 ほんと、変な人ね。



「あんたって、変わった人にモテるタイプかしらね」



 私はルクスに近寄る。

 人生を賭けた馬鹿は気持ち良さそうに寝てる。

 スヤスヤと、赤ちゃんのような寝顔と寝息。


 これが人生の分かれ道。

 もしルクスが、他の奴らが言ってるように本当に凡人だったなら……。

 私の玉の輿計画は破綻するかもしれない。

 というより、世界樹で死ぬかもしれない。



「いや、自分を信じよう」



 ルクスと出会った時にビビッて何か光るものを感じた。

 それがルクスの内に隠した才能なのだと思う。


 遺伝は絶対。

 良い意味でも、悪い意味でも。


 偉大な両親から生まれたアイツに才能があるように。

 優秀らしい──私を捨てた両親から生まれたエレナ=ティンベルに才能があるように。



「お願いだから、選択を誤ったとか思わせないでよ」



 私はボソッと嘆きの言葉を伝え、ルクスの為に借りた部屋へと向かう。








 ♢







 朝目覚めると、俺は知らないベッドで寝ていた。



「ここ、何処だ?」



 記憶を辿るも、あまり思い出せない。

 覚えてるのは酒を呑みに行って、そこでヴェイクと──。



「そうだ。また潰れたんだった……」


「そう、思い出したのね」



 上半身を起こした俺を見るのは、お気に入りのピンクモフモフパジャマに身を包んだエレナ。

 腕を組んでムスッとしてるが、ピンクモフモフがその怒ってるような雰囲気を消してしまって──可愛い。



「なんで、エレナが?」


「……周り見て、何も気付かない?」



 言われた通り周りを見る。

 とはいえ、普通の宿屋の一室。

 いつもと違うことと言えば、まるで女性の部屋のようだということ。

 俺の荷物なんて一つもない。

 あるのは……そう、エレナの服とか、エレナ関係のモノが沢山──。



「って、もしかしてここ!」


「そう。ここは私の部屋。あんたの部屋は隣ね」


「……じゃあ」



 俺は体のあちこちを確認する。

 服は着てる。脱いだ形跡は……微妙だ。


 そしてエレナの表情。

 こちらは普段通りの『朝は不機嫌なのよ!』顔だ。


 ……いや、もしかして俺に記憶がないから怒って。

 じゃあ、俺とエレナは──。



「もしかして俺達……しちゃった?」



 もしそうなら、記憶がある時にもう一度。


 だがエレナは無表情のまま……いや、更に不機嫌そうにムスッとさせて、



「……あんた、殺すわよ?」


「すみません。調子に乗りました」



 どうやら何も無かったようだ。

 良かったのかどうかは微妙だが、殺されそうなので謝っておいた。

 すると、エレナは左頬を抑えて、



「まあ……痛かったけど」



 と意味深な言葉を発した。

 痛かった? えっ、えっ、何が?



「ど、どうしたんだ?」


「……覚えて、ないんだ」



 悲しそうな声を漏らすエレナは右下の床を見る。

 覚えてないんだ? まさか俺は……。



「俺は酔って、お前を……」


「痛くて痛くて、朝からご飯が食べられない。だけどいいの……酔ってて、覚えてないんだもんね」


「あ、ああ、あわわ……す、すまなかった!」



 高速土下座をしたら、床の木の板から全身に痛みが生じる。

 だが仕方ない、俺はそれだけの事をしてしまったんだ。

 酔った勢いでエレナに暴力を……ベッドの上での土下座なんて、許されない。



「もう酒は辞める! だから、だからどうか──」


「辞めなくて、いいわよ……」


「えっ……?」


「その代わり……」



 悲しそうに瞳を潤ませていたエレナは、小悪魔のような悪い笑みを浮かべた。








 ♢







「お待たせしましたー! ジャンボデラックスパフェでございます!」


「いやん、これ、一度でいいから食べたかったのよね!」



 騙された。

 騙された騙された騙された。


 何が、ご飯が食えないだ。

 普通にドデカパフェを注文してるじゃねぇか。



「……頬の傷は、いいのかよ?」


「ん、ああ、大丈夫よ。パフェで痛み収まったから」



 どんな万能薬だよ。

 ジャンボなんちゃらパフェ。

 てか、エレナの加護である『聖天治癒師エレメントヒーラー』の能力を使えば、痛みなんてすぐ治るじゃん。

 くそ、またエレナの自由自在な表情に騙された。


 ユグシル銀貨五枚が消えた。

 朝飯は我慢するか……昨日もめっちゃ呑んだし。



「そういえば、俺ってどうやって帰ってきたんだ?」


「あの大男、ああ、ヴェイクが運んでくれたわよ。あんたは食べないの?」


「ヴェイクか、アイツやっぱ優しかったんだな。俺はいい、節約だ」


「それと、耳寄りな情報を持ってきてくれたわよ。はい、あーん」


「なんだそれ、どんな情報だよ。んっ、あーん……?」



 ん?

 普通に俺、口開けてるけど?

 これってもしや。



「美味しい?」



 間接キスというやつではないですか!?

 エレナと……エレナと……。



「お、美味しい」


「そう、良かったわね。あんたの金で買ったパフェ」


「……それを付けないでくれれば、もっと美味しかったんだが」



 間接キスで喜ぶほどガキじゃない。

 という顔を見せるが、少し口角が緩んでプルプルさせてしまう。

 そんな俺に、エレナはニヤッと悪い笑みを浮かべてる。



「もしかして間接キス、嬉しかったとか?」


「なっ、そんなわけねぇだろ! ガキじゃあるまいし」


「そうでしたか。まあ、まだ私も食べてないから、このスプーンを使わなければ、関節キスじゃないけど」


「なに!?」



 エレナは俺が口を付けたスプーンを店員に渡すと、すぐに新しいスプーンが返ってきた。


 くそっ!

 俺をからかう為だけにこんな……。

 男心をなんだと思ってるんだ!



「これは人のベッドを使った罰よ」


「……はい」



 それを言われてしまえば言い返せない。

 まるで魔法の言葉かなんかだな。

 


「それで、少し真面目な話をするわね」


「真面目な話し?」



 本当だ、真面目そうな表情をしてる。

 なんだろ、やっぱり昨日の夜に何かあったのかな?



「世界樹に入る方法ができたわ」


「世界樹に入る方法? それって、ライセンス試験を受ける仲間ができたってやつか? あっ、もしかしてヴェイクが一緒に受けてくれるとか?」



 そう言うと、エレナは眉を中央に寄せて皺を作る。



「あんた、昨日一緒に呑んでてさ、ヴェイクが探索者だって訊いてなかったの?」


「そうなのか!?」



 訊いたような、訊いてないような。

 酔っていて忘れてしまったのかな。



「それでね──」



 エレナは昨日あったことを説明してくれた。


 そして結論を、俺に委ねると言ってくれた。


 ずっと上まで上らないと帰ってこれない道に進むか、地道に一般的な道を進むか。


 もしエレナの言う道に挑むのであれば、それ相応の覚悟が必要になるかもしれない。

 ──いや、なるな。だけど戻ってこれる選択も、可能性としては〇ではない。


 だから俺は覚悟を決める。



「その話に乗ろう。それしか選択はないんだから」



 今の俺じゃあ、エレナを世界樹に連れて行くことは不可能だ。

 だったら、少しでも可能性のある方を選ぼう。


 ──それが、どんなに危険な道のりだとしても。

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