第54話 仲間なんだから
「前方から、アイントゴーレム三体!」
サラの声が響く。
次の日、俺たちは七階層から六階層へ下りてモンスターエリアにいた。
すぐさま黒龍を討伐しようという案は出た。だけど、まだ聡明騎士団は黒龍を討伐する可能性は低いと思って、俺たちは多くのモンスターを討伐することを選んだ。
目的は俺の加護の力を最大限あげる為だ。
そして、サラの言葉通り前方からはアイントゴーレムが接近してくる。
俺はすぐに考え、走りながら指示を出す。
「ヴェイクは右の奴を、モーゼスさんは左の奴を」
「了解だぜ」
「かしこまりました」
二人はすぐさま狙いを定めて走る。
広い場所に出てから遭遇できたから良かった。
「残りの奴は俺とラフィーネで相手するよ」
「はいなのです! モルルン、いくのですっ!」
『モルモルッ!』
巨大化するハム助。
ドッドッドッ、と鈍い足音を鳴らしながら先行するハム助とラフィーネを見ながら、後ろの三人に指示する。
「二人は援護を頼むよ」
ティデリアは軽く頷き後方で足を止め、「アタシは魔弾の節約をさせてもらうかなー」とサラも足を止めた。
サラの魔弾は数に限りがある。
一回の調合で生成できる魔弾の数は弾倉に詰められる上限の六発。サラの所持してるのは六弾倉で、三六発分はあるけど、それでも無駄遣いはできない。
黒龍はかなり強敵だってヴェイクとティデリアが言っていた。だったらなるべく節約するべきだ。
そしてエレナは、
「怪我したら言って。すぐ治すから」
「マーマ、おっきぃのきたっ!」
「うん、おっきいの来たね」
すっかりお母さんのような姿になって、フェリアに笑顔を向けるエレナ。
フェリアを何処かに預けることも、宿屋に一人で寝かせておくこともできない。彼女は人間なのかモンスターなのかわからない、不思議な存在だからだ。
──なにより、エレナが気に入ってしまってる。
「マーマッ、パーパ、パーパ!」
「えっと、パ……ルクスに頑張ってって」
「パーパ、がんばって!」
戦う雰囲気とは思えないけど、これが今のこのパーティーの現状だ。
俺はエレナとフェリアに見送られながら走る。
ヴェイクとモーゼスさんを心配することはない。二人には実力があるから絶対的な安心感がある。それにティデリアの加護である色々な氷魔術の援護射撃もあるから、すぐに勝負は決まるはずだ。
だからまずは自分のこと。ラフィーネと協力して自分よりも大きなアイントゴーレムを倒す。
「ラフィーネ、牽制するように攻めてくれ」
「はいなのですっ! モルルン、背後を狙うのですっ!」
『モルッ、モルモルッ!』
アイントゴーレムを軸に、円を描くように走り回るハム助。
ハム助の上に乗るラフィーネの黒髪が揺れる。そしてアイントゴーレムはハム助を見るように体をグルグルと回転させていた。
俺はゴーレムソードを構えて、丸い石が連なったその間、うっすらと見える緑色の紐を狙う。
「……よし」
息を吐き、前へ跳ぶ。
動きを予想して、狙う箇所を見極め、真っ直ぐに刃先を紐に当てる。
スッと石と石の間に入る刃。そしてスパッと斬れると、その部分から下がボロボロと落ちていく。
不格好な左腕の無くなったアイントゴーレムは低い呻き声を漏らすけど、俺は怯むことなく体を切断していく。
「はっ、はあっ!」
足、腕、そして胴体。
動かなくなったアイントゴーレムを見ながら、俺は息を吸う。
「倒せたか」
ラフィーネと二人がかりだけど、楽に倒せられるようになった。
ゴブリンに苦戦してた頃とは違う……成長、してるのか。
「おう、無事に終わったみてぇだな」
巨大な斧を肩に担ぐヴェイクと、刀を鞘に納めたモーゼスさんも終わってたらしい。
「おつかれさま、それじゃあ一度戻る?」
エレナの問いかけに俺たちは頷く。
あまりモンスターエリアに長居はしない、奥まで進まないと決めている。それはボスモンスターと遭遇しないように、できる限り危険な目に合いたくないからだ。
「いやー、今日も危なげなく勝てたねー」
「お前は何もしてねぇだろ」
「あー、また笑って、アタシをバカにしてるんでしょー」
七階層へと戻りながら、前ではヴェイクとサラの騒がしい会話が聞こえる。
そんな二人の背中を見ながら俺たちは笑う。そして離れた位置にいたエレナは、俺の隣を歩きながら少し考えこむような表情をしていた。
「どうかした?」
「……ちょっとね。最近のサラ、少し変なのよ」
「変?」
「うん、たぶん誰もいないと思ったから油断してたんだと思うんだけど、一人になった時に聞いちゃったの」
エレナは俺を見ながら小さな声で言う。
「『アタシって役立たずかな』って、悲しい声で言ってるのをね。いつもああやって明るくしてるけど、これって弱音よね? 本当は悩んだりしてんじゃないのかな」
「サラがそんなことを……普段のサラっぽくないね」
「私も聞き間違いかなって思ったんだけど、それを聞いてから、無理に明るくしてるのかなとか思うのよ。だけど私が「逃げてばっかりね」ってふざけて言うと、今みたいに笑って怒ってくるから、本当かどうかわからなくてね……。ねえ、ルクスはどう思う?」
「……わからない。サラって明るい性格だから。だけどたしかに、最近は魔弾の節約をしてもらってるから、サラが戦ってる姿は見ないかもしれない」
「いつも明るく笑ってるから忘れてたけど、サラ……元いたギルドに見捨てられたのよね、魔弾を手に入れたくて世界樹から出ようとして」
魔弾を作れる人は世界樹の中でも少ないから、前に世界樹の外に出て魔弾を手に入れようしていた話を聞いた。だけどその理由で、ギルドから抜けなきゃいけなくなったってサラが言ってた。
ギルドに加入したことないからわからないけど、きっと、仲間だと思っていた者と離れるのは辛いはずだ。
だけどそんなことを微塵も感じさせないほど、いつも明るいから、そこまで傷はないと決めつけてた。だけどもしかしたらその時に、何かあったのかもしれない。傷を、深い傷を負っていたのかもしれない。
「少し、話してみようかな。ちゃんと」
俺もパーティーを何度も追い出されたから、少しなら気持ちを理解できるかもしれない。
♦
夜になってからサラと二人で屋上に来た。
「ルクスがアタシと二人で話したいなんて珍しいねー、なしたの? あっ、もしかしてエレナを諦めて、アタシに乗り換えたの? うわー、ルクスってば節操ないねー」
隣に座る彼女はいつも通りの明るい姿だった。
「少し聞きたいことがあってね……」
「ふーん、なに?」
「サラはさ、自分が役立たずじゃないか、とか思ってない?」
その言葉を伝えると、サラは一瞬だけ目を見開いて、すぐにぶんぶんと首を横に振った。
「べ、べつにそんなことないって、なしたの、急に……。アタシの出番がなくて楽だなー、としか思ってないよ。まあ、アタシの本気を皆に見せれなくて悲しいな、とかは思うけどね」
「本当に?」
「ほんとほんと、なしたのさ、そんな真面目な顔しちゃって。ルクスらしくないよ?」
「そうかな。ただ、エレナが『アタシって役立たずかな』ってサラが言ってたのを聞いたらしくてね」
「エレナが……そっか」
サラは寂しそうな笑みを浮かべて、俺ではなく、ずっと遠くを見ていた。
「エレナ、聞いてたんだー。そっかそっか」
「本当、なんだね」
「まあ、あの時は弱ってたというか、あはは、変だっただけだよ」
「俺には本当のことを話してほしいんだ。俺もずっと、そう思ってたからさ」
「ルクス……。まあ、ルクスならいっか。あのね、アタシの加護って逃げる為だけの力でしょ? それに昔っから剣も槍も、なんの武器も使えなかったんだよね。でもさ、武器を扱う才能も優秀な加護もなくても、探索者になりたかったんだよね」
サラの表情から、その言葉が本音だと思った。
「そんな時さ、魔銃の存在を知ったのさ。魔銃なんて引き金に指をかけて狙いを定めて引くだけって、すんごく簡単だからさ。それでアタシは運良く魔銃を手に入れてね、めでたく探索者になれたってわけさ」
「……うん」
「その時の手持ちの魔弾は一〇弾倉あるかどうか……まあ、世界樹に足を踏み入れたときは軽い気持ちだったんだよね。『どうせ魔弾なんて世界樹のどの階層にもあるだろう』って、それは一緒に探索者になった仲間も思っててね。それに魔銃は優秀だから、探索者のライセンスを取得した時からアタシは皆の役に立ってて、皆を守れてるって思ってたの──だけど、階層を上がっても上がっても、どこにも魔弾は取り扱ってなくてね」
両手で体を支えるように手を後ろに下げながら、サラは上を見上げた。
「モンスターは強くなるのに、アタシの持ってる魔弾はどんどん減っていったの。だけどそれを皆に言えなかった」
「……なんで?」
「皆はアタシを『無限に魔銃が使える仲間』って思ってたからさ。そん時は皆が世界にも魔銃にも無知だったんだよ。それで、もし魔銃が使えなくなったなんて言ったら、心配かけちゃうかなって思ったのさ。それに皆から必要とされてる存在だって思ってたからね。──だけど魔弾が無くなった時、皆に言ったの、『もう魔銃が使えなくなるから一緒に世界樹の外に出よう』ってね。その時はもう五階層にいたから、一人じゃ戻れないから手を貸してって。……そしたらさ」
サラの目蓋から、ゆっくりと涙が零れてるのを見てしまった。
そして俺を見て、悲しい笑顔を浮かべた。
「魔弾が無くなったから戦えないとか、お前、使えないなって。そう、言われちゃったんだよね」
「……」
「笑っちゃうよね。ずっと頼りにされてたのに、魔弾が無くなったら簡単に捨てられちゃったの。まあ、少しくらいはそうなるかなーって思ってたんだよね。だって皆は加護とか武器でここまで来たのに、アタシの加護は役立たずだし、武器が無くちゃ戦えないんだもん。いつか、そう言われるかなって……。だけどさ、一緒に世界樹の外についてきてくれてもいいじゃん……ねえっ、アタシたち仲間じゃん、ずっと苦労してモンスターと戦ってきた、仲間じゃん……そんな簡単に、捨てなくてもいいじゃん」
「それで、役立たずかなって心配してたの?」
「……ルクスの加護で魔弾が生成できても、ルクスは新しい武器を作らなきゃ駄目なの。だってこれはルクスの生まれ持った力──才能なんだもん。でも今のアタシはルクスの力を少し分けてもらってるだけ、才能に寄生してるだけだもん……結局さ、アタシは一人じゃ何もできない役立たずなのかなって──」
「それは違う!」
声を荒げてしまった。だけどもう聞きたくなかった。
違う違う違う。そんなの間違ってる。
「サラは役立たずなんかじゃない。魔銃で何度もモンスターを倒してくれた、モーゼスさんを助けられたのもサラの加護があったからだ。ちゃんと俺たちの力になってるじゃないか」
「それ……だけだよ? アタシが力になってるのは」
「それなら俺だってアイテムを生成するだけの存在だ、エレナだって回復するだけの存在だよ」
「ルクスは強力な武器を生成して皆を指揮できるし、エレナは傷を負ったら回復できるじゃん」
「それこそ、ただそれだけだよ。皆の力は一人じゃあそこまで強くなくても、皆が一緒にいれば強くなれる、だからここまで来れたんだ。誰だってそんな完璧じゃないんだよ。サラは魔銃を扱える、サラは姿を変えて俺たちにできないことができる、サラは……俺たちが苦しんだ時に、皆を明るくしてくれる」
全て仲間から言われたこと。だけど今のサラには、この言葉を伝えたかった。
「それって……」
サラは涙を拭って笑った。
「アタシが苦しくても笑ってる馬鹿みたいじゃん」
「そう、かもしれないね」
「ひどいなー、もう」
「だけどその明るい姿が、俺たちには必要なんだよ」
「なにさそれ、戦いに関係ないじゃん」
「足りない部分は皆で補えばいい。それに、俺がいつでも戦う力をあげるから。だから役立たずなんて思うなよ」
まるで自分に言ってるようだった。
俺も役立たずだって思った時がある。それはエレナも。だけどそれぞれに役割があって、誰か一人でもいなくなったら仲間という歯車は噛み合わないし回らない。
サラがいなければ、俺たちは俺たちじゃない。
「俺たちはサラを使い捨てにしない。だからそんな悲しいこと言うな」
「……ルクスのくせに、生意気だね」
「エレナみたいなこと言うなよ」
俺たちは笑った。
そしてサラは立ち上がると、はあ、と息を吐いた。
「ルクスに泣かされるとは、アタシも弱っちくなっちゃったなー」
「どういう意味だよ」
「別にー。まっ、あれだね。……もしさ、エレナに振られたら、今度はアタシが慰めてあげるよ」
「縁起でもないことを言うなよ」
前を歩くサラは、えへへっ、といつも通りの明るい笑みを浮かべた。
そんな彼女に俺は聞く。
「それにしても、サラがそこまで世界樹に上りたいなんて知らなかったよ。何か理由でもあるの?」
「そんなの決まってんじゃん」
サラは振り返ると、子供っぽい笑顔を浮かべた。
「世界樹の最上階から皆を見下ろしてやるのさ。バーカ、バーカ、って言いながら、自分を馬鹿にしてきた連中に言ってやるの」
「なにその子供みたいな理由」
「理由なんてそんなもんだって。さっ、ご飯でも食べに行こう? 今日は泣かされたから、ルクスの奢りでね」
「げっ、エレナみたいなこと言うなよ」
皆それぞれ抱えてるんだ。
傷だったり、悩みだったり。だけどこうして出会えたのは運命なのかもしれない。一緒に成長できる仲間になれたのは。
♦
「さあ、行こうか」
次の日。
俺たちは七階層にいる黒龍を討伐する為にモンスターエリアへと続く門へとやってきた。
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