第55話 対人戦


 武器は変わらずゴーレムソードのみ。

 それに他の皆の武器も変わらない。俺の加護の力で少しでも強化するよりも、自分の使い慣れた形状の武器が一番扱いやすいということになった。


 その代わり、俺は新しい武器を手に入れた。


 まあ、武器といってもそこまで強力なものではない。ヴェイク曰く『黒龍は大きくて姿を捕らえるのが難しい』らしいから、黒龍を捕らえる──動きを止めるために安く売られていた小型銃の形状に似た捕獲ネットを調合した。

 普通のネットではすぐに破られて意味はないけど、俺の加護で調合した捕獲ネットなら、もしかしたら動きを止められるかもしれないという判断に至ったからだ。


 準備万端かどうかはわからない。こればっかりは戦ってみないとわからない。だけどやるしかないんだ。


 そう思ってモンスターエリアの門に到着したのに……。



「……悪いな、ここは通行止めだ」



 門を塞ぐようにして、二人の鎧を着た男が槍をクロスさせて立ちふさがる。

 鎧の色は統一された銀。この世界樹で統一された──騎士のような重装備してる連中はあのギルドしかいない。



「悪いけど、俺たちは勝負を受けてここに来てるんだ。理由もなしに通行止めされても困るんだよ」


「理由か、そうだな……。ああ、理由ならうちのギルドが黒龍を討伐するからだな」


「そうだそうだ、それが理由だ。わかったら大人しく帰んな。つか、モンスターエリアにガキなんて連れて来るんじゃねぇよ」



 それは理由じゃないと思うんだけど……。

 そしてエレナに抱かれたフェリアは、その小さな手を聡明騎士団の男に向ける。



「……ごはんっ、ごはんっ! 美味しそうなごはんっ!」



 楽しそうに笑ってる。

 だが目の前の二人組は、



「おい、俺たちはご飯じゃねえっての! ……たく、わかったら、とっとと──」



 その瞬間、ティデリアは氷の剣を生成し、それを片方の騎士の首もとに当てた。



「すまないな。こちらも急いでいるのだよ……黒龍は私たちが討伐する──邪魔をするなら、まずはお前たちから殺すぞ?」



 一瞬にして凍りつく周囲。

 二人の騎士の額からはじわりと汗が流れる。


 そしてコクコクと無言で頷くと、あっさりと通してくれた。



「これで進めるようだ。さあ、進もう」



 身長の低いティデリアの放つ空気に圧倒されたのだろうか。

 俺たちはなんとか、モンスターエリアへと侵入することができた。



「まったく、元監視長とは思えねぇほど荒々しいやり方だな」



 ニヤニヤと笑うヴェイク。

 ティデリアは顔だけを後ろに向けながら、碧眼は強い眼差しを持っていた。



「黒龍は私とお前で討伐する。因縁、敵討ち……そう言えばギルマスが死んだみたいになってしまうが、黒龍を倒さなければ私とお前は前に進めない気がするんだ」


「お前……」



 ヴェイクは少しだけ笑うが、馬鹿にするような笑いではない。



「相変わらず、固い奴だな」


「お前が適当なだけだ……それより、来るぞ」



 ティデリアの歩くペースが落ちた。

 そのままゆっくりと下がり、自動的にヴェイクとモーゼスさんが先頭に変わる。


 蝋燭が照らす長い通路、その奥から足音と、鎧が揺れて擦れた金属音がここまで聞こえた。



「……四人だね。どうする、ルクス?」



 耳のいいサラがすぐに気付く。

 迫ってきてるのは、聡明騎士団の連中だろう。



「話をしてすんなり通してくれればいいけど……」


「話がわかるような連中だったらいいけどね」



 エレナがボソッと呟く。

 できれば人とは争いたくはない。会話で解決。それが望みだ。

 そして姿が確認できると──聡明騎士団の連中は剣を抜いた。



「お前ら……ルグド様が言ってた探索者か」


「また様付けか。もしかして、ルグドってのが聡明騎士団のリーダーなのかな?」


「さあな、中堅クラスのギルドリーダーの名前なんて覚えてねぇよ。それよりあんたら、そこをどいてくれねぇか?」



 ヴェイクがそう言うと、連中はニヤッと嫌な笑いを浮かべる。



「それはできないな。今はルグド様たちが黒龍と戦闘中なんだ。悪いが、終わるまで待っててくれよ」


「だそうだ。どうすんだ、ルクス?」


「そんなの決まってる。力付くでも通してもらうよ」



 交渉決裂。やっぱり無理だったかと嘆くよりも先に、奴らは鎧の音を響かせこちらへと走ってきた。


 狭い通路。四人の武器は剣のみ。だったら、こういう狭い場所での戦闘は遠距離のほうがいい。



「出番だよ、サラ」


「久しぶりの出番だね、あいよー!」



 サラは魔銃の引き金に指をかけながらクルクル回すと、久しぶりの出番に嬉しそうにしながら、前方へと銃口を向ける。



「話を聞かないあんたらが悪いんだから、死んでも知らないからねっ! バーンッ!」



 小さな銃口から飛び出した魔弾。

 真っ直ぐ騎士たちへ向かい、衝突すると大きな音を鳴らしながら爆発した。

 爆煙を撒き散らし、前方は一瞬で視界不良になった。



「ほんと、あんたのそれ、馬鹿みたいに威力は高いわね」


「へっへーん、これが魔銃の威力だよーだ」


「別に褒めてないわよ。……だけど、あいつらもただの騎士じゃないみたいよ」



 エレナの言うとおり、左手に持っていた五角形の盾が横並びになり、その表面に傷が付いた程度の攻撃しか与えられなかった。


 ならもう一発。そう思った時には既に、ヴェイクとモーゼスさんが走っていた。



「これからは、サラの魔弾は重要だ。ここは節約するぞ」



 ヴェイクは騎士の一人に、モーゼスさんも騎士の一人に。行くしかない、俺たちも走って応戦する。


 ──対人なら相手の加護に警戒する。


 人を相手にしていた皆からいつも言われてたこと。

 俺はヴェイクとモーゼスさんを通り過ぎて、一人の騎士を相手にする。

 剣を使うなら戦闘系の加護なはず。

 攻め過ぎず、守り過ぎず、相手の加護を見極めるように立ち回る。



「蛇剣よ……」



 剣を交えながら、目の前の騎士はボソッと呟いた。

 その瞬間、何の変哲もない固い剣が柔らかくうねうねした鞭のような形状に変わって迫ってくる。

 顔を傾けて避け、頬をすり抜けると、ツツツッと頬から血が流れた。



『武器の形状を変化させる加護じゃな』



 ルシアナの声が聞こえた。

 戦闘中にたまに話しかけてくる。


 俺は後退して離れると、じんわりと頬に熱を感じた。



「チッ……避けられたか」



 うねうねと揺れる剣の剣先が天井を向く。



『ルシアナ、あの加護は形状を変えるだけか?』


『おそらく。じゃが厄介ではあるのう。近付けば形状を変化させて背中から──ぶすり、そうなる可能性もある』


『それは厄介だ』



 チラッと背後を確認するけど、ヴェイク、モーゼスさん、ティデリアが一人ずつ相手していて、ラフィーネとハム助がそれぞれの相手を牽制してる。

 広範囲に攻撃できる魔銃を持つサラは手が出せてないか……。



「大丈夫、ルクス!? 聖樹の輝きを──」


「回復しなくて大丈夫だ!」



 遠くから対象を回復する聖樹の光源エアリアスフィールを使おうとしてるエレナを、俺は止める。


 これぐらいで回復してもらってたら、いつかエレナの加護を使うマナが切れてしまう。

 我慢しろ。こんなの痛くない。それよりも目の前の相手を圧倒しろ。


 俺はゴーレムソードを構えて、相手との間合いを計る。

 ゆっくり、ゆっくり、すぐに近付けば加護でやられる。

 ここで捕獲ネットを使うのは勿体ない。力で──押す。



『周囲の警戒は頼むよ』


『まったく、加護遣いの荒い主なのじゃ。……まあ、任せるのじゃ』



 剣先の動きを見てたら一気にやられる。

 だったらルシアナに任せて俺は目の前の騎士に集中する。俺は一気に走り出す。

 右手に力を込め振り下ろす剣。だが盾で防がれ、



『後ろじゃ!』



 ルシアナの声で横っ飛びをする。

 蛇のように動く剣を避け、攻める速度を上げる。

 盾で防がれても、何度も何度も、攻撃を続ける。



「はあッ!」


「──ぐっ!」



 体勢を崩した騎士に、固い鎧と鎧の間の素肌が見える太股に剣を突き刺す。

 ズブっとした生々しい感触を剣で感じながら、ゴリッとした骨の感触を全身で感じる。

 そして止めることなく、ガクッと左足から崩れた騎士の頭に、力一杯の蹴りをお見舞いする。


 ピクリとも動かない騎士。

 うねうねと動いていた剣を蹴り飛ばし、俺はすぐさま他の皆へと加勢に走る。



「──ヴェイク!」



 一瞬の判断で、ティデリアとモーゼスさんは優勢だと思った。

 ヴェイクのほうが実力は上のはず──なのに押されているように見えた。



「大丈夫?」


「ああ、なんとかな……だが、俺と相性の悪い加護持ちみたいだぜ」



 パッと見てもなんの加護だかわからない。なにせ同じ鎧姿の騎士なんだから。


 サラは相変わらず魔銃を持って牽制してる。

 エレナは紐でフェリアを背中に背負いながら槍で牽制してる。



「ラフィーネはモーゼスさんの援護を!」


「は、はいなのですっ! モルルン行くのですっ!」


「モルモール!」



 黒龍を討伐しに来たのに、こんなとこで時間を食ってる暇はない。

 なのに倒せない──これが中堅ギルドのメンバーの実力なのか。

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