第53話 焦りと仲間
「えっと……」
三人の視線が痛い。
それに何も言わずに、なぜか俺の言葉を待っている。
「別に……そこまでのことじゃないと思うんだけど」
「いやいやー、アタシたちにとっては超重要事項なんだって!」
サラにそう言われた。
これは俺とエレナの問題だと思うんだが……。
そんな俺の気持ちも知らず、サラとラフィーネは目を輝かせる。
「んでんで、どうすんの? どんな命令すんのっ!?」
「ルーにぃはどんな怖ーい命令をするのですっ!?」
「いや、とくに決めてないけど……」
「ルクス様、それはいけませんね」
唯一の大人であるモーゼスさん。だけど目を細めて──そしてカッと見開いた。
「普段から強気なエレナ様への命令となれば、おそらく、そういうことでしょう」
「そういうことって?」
「それは……」
三人は目を合わせる。
そしてなぜか、三人だけで納得していた。
「まっ、どんな酷い命令をするのかは、ルクスが決めなよー」
「俺が酷い命令をする前提に話は進んでんのか?」
「そりゃあそうでしょ? いつもゴミみたいに扱われてるんだからさ」
「そんな扱いはされてないっ!」
たぶん。
だがサラは、哀れむような視線を向けてくる。
「まあ……認めたくない気持ちはわかるけどさ」
「おい」
「とにかく、これはチャンスなんだから、早めに決めたほうがいいよ?」
そう言って、サラとラフィーネは立ち上がった。
「どこかいくのか?」
「もう、レディにそれ聞く?」
「お風呂なのです。エレナさんとティデリアさんと四人で楽しいお風呂なのです」
ああ、なるほど。
二人は、この屋上から自分たちの部屋へと戻っていった。
残された俺とモーゼスさん。
「モーゼスさん、お願いがあるんだけど」
「ええ、そのお願い受けましょう」
「まだ何も言ってないよ?」
モーゼスさんは立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
「わたくしはルクス様の家で仕えていた執事でございます。何を言おうとしてるかぐらい把握しておりますよ」
「そっか……そうだよね」
「どうやったら、エレナ様を落とせるか、ですよね?」
にっこりと、少し期待を含んだ表情。
俺は立ち上がると、お尻に付いた砂埃をほろって答える。
「いや、違うんだけど」
「違うのですか?」
「うん。稽古を付けてほしいんだ」
「なるほど、そちらでしたか」
モーゼスさんが少し変だ。
サラとラフィーネに毒された感じはするけど、前よりも楽しそうだからいいのかもしれない。
「ここで、ですか?」
「明るくなってからがいいかもしれないけど、少しだけ、ねっ」
「かしこまりました。それでは、剣を抜いてください」
モーゼスさんは愛用の刀を構えた。
いつもの優しい笑顔。だけどその笑顔の中には俺には無い強さがある。
だけど俺だってこのままじゃいられない。
ゴーレムソード【Cランク】
一般的な剣よりも堅い石の素材で作られた剣。
刃こぼれしにくく、衝撃を与えても壊れにくい。
今の武器はこのゴーレムソードだ。
形状は一般的な剣と変わらない。だけど刀身が堅いから鍔迫り合いでも壊れる心配はない。
俺はゴーレムソードを構えながら、モーゼスさんとの距離をゆっくりと詰める。
「いつでも、どうぞ」
うっすらと照らすこの場所。
それでもわかる。モーゼスさんの発する気迫が。
走って一気に詰めて攻撃すれば、簡単に返り討ちにあうのがわかる。
だけどこのままでは状況が変わらない。
ふう。
俺は息を吐き走り出し、モーゼスさんとの距離を詰める。
トットットッ、と大きめに飛び出した足。
「はあッ!」
ゴーレムソードを大きく振り上げ、そのまま下ろす。
だがすぐに防がれ、刀と剣が重なると金属音が辺りに響く。
横向きになったモーゼスさんの刀。そしてすぐに攻撃がくると感じ、俺はそのまま後ろへ下がり、肘を引きそのまま突く。
横に動いて避けるモーゼスさん。その動きを追従するようにゴーレムソードをスライドさせるが、モーゼスさんはニヤリと笑って、その攻撃を防いだ。
──また防がれた。
俺はすぐに次の一手を考える。
だけど考える暇もなく、動きの見えないモーゼスの刀が、俺の首もとに近付く。
「考える前に行動……そう教えましたよ?」
ピタッと首もとで止まる刀。
俺は──昔から何も成長していない。
そう思ったら、笑いしか出なかった。
「やっぱり、モーゼスさんは強いね」
「ずっと刀ばかり扱っていましたからね……」
稽古ではなく、一瞬で終わってしまった。
何か変えたい。自分の何かを。そう思ったのに、ただ実力の違いを見せつけられて終わってしまった。
刀を鞘に戻したモーゼスさんは、優しい笑みを浮かべた。
「もう、稽古を付ける必要はなさそうですね」
「それは、どういうこと?」
「んなの決まってんだろ」
モーゼスさんとは違う声。
声のしたほうを見ると、そこにいたのは、姿を消していたヴェイクだった。
「ヴェイク、見てたんだ」
「ティデリアもいなくなって暇になったからな。それより、何か焦ってんのか?」
「別に焦っては……」
「わたくしもそう思いましたよ」
モーゼスさんにも言われた。
焦ってるか。そうだな。
「聡明騎士団との勝負に、もし負けたら、エレナがいなくなっちゃうのかなって思ったら、なんかね……」
「負ける可能性なんか考えんなっての。なあ、モーゼスさん?」
「そうですよ。負ける可能性を考えだしたら、その通りの未来にしかなりませんよ?」
「……そう、だね。ただ、俺は弱いから。だから不安なんだよ」
モーゼスさんとティデリアは個人の力が強い。ヴェイクだって消えられる加護を抜きにしてもそうだ。
なのに俺は、この加護を使いきれてない──いや、加護を使いきれても実力が足りてない。
いつもいつも、モーゼスさんとヴェイクが手を貸してくれるから無事なだけだ。
俺は昔の弱い自分から、何も変わってないんだ。
ペシッ!
少し考えるように俯いてたら、おでこが軽く叩かれた。
「柄にもなく難しく考えんなよ」
「柄にもなくって……」
「まだまだ、お前より上は一杯いんだよ。それは俺もモーゼスさんも同じだ。また……卑屈になってんじゃねぇのか?」
「前にも、言われたね」
「ああ、お前は難しく考えすぎなんだよ。てかよ、俺もティデリアもサラも、この七階層よりも上には行けてねぇんだから、こんな短期間でここまで来れたのは、かなりすげぇことなんだぞ?」
「それは、俺の力じゃなくて──」
「これはお前の力だ。お前とエレナの力って言うのかもな」
「俺とエレナ?」
首を傾げると、ヴェイクとモーゼスさんは笑った。
「お前ら二人だから、俺たちはこうして一緒にいるんだよ。それは力でもある、魅力っていうんかな、よくわかんねぇけど、そういうのがあんじゃねぇか?」
「人を惹きつける力、でしょうかね……。ルクス様はもう少し周りを──そして自分自身を信じてください。あなたは確実に強くなっておりますから」
モーゼスさんは優しく微笑んでくれた。
「努力は決して裏切りません。あなたはずっと、お父様とお母様の名に恥じないように努力してきたのでしょ?」
「努力はしてきたよ……だけど、足りなかったのかとも思うんだ」
「確実に技術は上達しております。それは、あなたに剣を教えたわたくしが保証します。それに、個の力は勿論とても重要ですが、味方を信じて周りを引っ張れる力も、この世界樹では重要かと思いますよ」
「引っ張れる力か……」
「あなたのお父様もお母様も、そういう方ではなかったですか。皆の前に立って引っ張る、だから皆が付いて来たのですよ」
父さんと母さんと一緒。
ずっと一緒の部分がないと思ってたから、そう言われて嬉しく思えた。
少し俺の表情が晴れたのか。俺を見た二人は息を吐いた。
「んじゃ、そろそろ戻って風呂でも行こうぜ?」
「そうですね。行きましょうか、ルクス様」
「あ、うん」
二人は前を歩く。
自分では成長がわからない。だけどモーゼスさんは無駄な嘘を付かない。そこだけはわかってる。
俺は二人に質問する。
「そういえば、さっき言ってた、もう稽古を付ける必要はないってどういうこと?」
「ん、ああ、あれか。要するにここでは人とは戦わないってことだよ」
「まあ、そうだけど」
「ルクス様には基本的な剣の扱いは全て教えてあります。なので、これからはモンスターと戦いながら学んでいけばいいということですよ」
たしかに、この稽古は人を相手にした場合だ。
人の関節の動きを見て『足を踏み込んだ』『武器を持つ手に力を入れた』『どう攻撃してくるか』そうやって見て考えて攻める。
だけどモンスターの動きはそれぞれ違う。知能がなく攻めてきたり、脅えるように逃げなから攻めてきたりと、モンスターによって攻撃パターンが違う。
「じゃあ俺が今より強くなるには、もっとモンスターと戦うのがいいってこと?」
「まっ、そういうことだな。そうやってこの世界樹にいる探索者は強くなっていくんだよ」
そしてヴェイクは振り返り、ニヤリと悪い笑みを浮かべてきた。
「んで、どんな命令をすんだよ」
「話を盗み聞きしてたのかよ……」
「まあな、んで?」
ヴェイクと、またモーゼスさんが笑ってる。
俺はため息をつきながら二人を追い越す。
「秘密だよ」
「おいおい、そりゃあ、ないだろ?」
「ルクス様、隠し事はなしですよ?」
「二人に言って、もしエレナの耳に入ったらまた怒られそうだからね」
文句を言ってる二人を無視して歩き続ける。
俺は命令なんか望んでない。
ただ一言だけ──エレナに話しておきたいことがあるだけだ。
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