第52話 打開策
「──それで、その馬鹿らしい勝負を受けちまったってわけか」
宿屋へ戻るなり、俺とエレナはなぜか正座をさせられていた。
その目の前には頭を抱えるヴェイクと、馬鹿を見るような視線を向けてくるティデリアがいる。
他の三人はフェリアと一緒に別の部屋で遊んでる。明るく楽しそうな会話がこの部屋まで届いてくるから、きっと楽しんでいるのだろう。この部屋での説教中とは違って。まあ、他の皆に相談しなかったのは悪かった。だから皆に謝ったんだけど、エレナはぷんぷんしながら反論していた。
「だって、あいつら私たちを馬鹿にしたのよ? 無視なんてできるわけないじゃない」
「だからと言って勝手に決めるなって話なんだよ……。ティデリア、お前からもなんとか言ってくれよ」
「私は売られた喧嘩を買ったエレナを賞賛している」
「ほら!」
「だが……」
ティデリアはエレナをジッと見つめ、
「万が一にもその勝負とやらに負けてしまえば、お前はここにはいられないんだぞ?」
「負けるわけないじゃない、あんなアホ面な連中に」
「……聡明騎士団はこの世界樹でもそこそこ有名だ。メンバーは五〇人ほどいる」
「えっ、五〇人?」
「これが多いか少ないかは人それぞれだが、個々の能力もそれなりに高いだろう。この人数相手に、モンスターエリア内で勝負を優位に進められるとは思えないな」
「えっと……それって、かなりピンチ?」
俺がそう聞くと、二人は無言で頷いた。
それを受けたエレナは、なんとも間抜けな表情をしながら俺を見てくる。
「ど、どうしよ……?」
「どうしようって、やるしかないだろ」
「だけど」
「大丈夫だって。俺たちがなんとかするから」
こう言うしかなかった。
正直なとこ、全く大丈夫じゃないけど。
「ほら、気分転換にフェリアたちと遊んできなよ」
「う、うん……」
エレナはトボトボと扉へと歩いていく。
そして扉から顔だけを出して「ほんとに大丈夫?」と聞いてくるので、俺ははっきりと頷く。
階段を上っていく足音が聞こえるのを確認し、俺はため息をついた。
「先にその話を聞いておけば良かったね……」
エレナがあそこまで落ち込む姿は珍しい。
今日はいろんな表情のエレナを見るなと、そう思う。
「つかよ、なんであいつが、そんな馬鹿な勝負を受けたんだよ?」
「えっ、だから馬鹿にされて……」
「二人ともか?」
ヴェイクに言われ、少し考える。
「いや、エレナは馬鹿にされてないかな。むしろ好みだって言われてた」
「変な奴に好みだって言われて怒らない……と思いたいが。ちなみに誰が馬鹿にされたんだよ?」
「えっと、俺だけかな」
「「……」」
二人はなぜか黙ってしまった。
そして同時にため息をつくと、
「なんだよ、そういうことかよ……」
「私は、そうだと思ってたがな……」
「え、どういうこと?」
「いや、俺はあいつが何も考えずに勝負を受けたから変だなと思ってたんだよ。自分のことを馬鹿にされただけで、あいつがこんな勝負を受けるかってな。だが、まあ、お前のためってわけだな……」
「え、まあ……」
「その話を聞いて受けた理由がわかったよ、ありがとう、ルクス」
ヴェイクとティデリアは何度も頷く。
わからないけど、二人の中では何か解決したらしい。
「それなら仕方ねぇ、この勝負、なんとかして勝つしかねぇな」
「簡単ではないが、やるしかないか」
「ほんと? なんか手はあるかな?」
そう聞くと、ヴェイクは二本指を前に出した。
「まず、この勝負には俺たちが不利な理由が二つあるんだよ。一つは人数。もう一つは現在の状況だ」
「人数はわかるけど、状況って?」
「ルクス、昼頃に私はモンスターエリアが立入禁止になっている、と言ったな?」
「ああ、だけど完全に立入禁止にはなってないって」
「だが今回のこの勝負で、奴らは完全に立入禁止にするだろうな。私たちをモンスターエリアに──黒龍に近付かせないためにだ」
「えっ、そんなことしていいの?」
「聡明騎士団は、この七階層ではそれなりの権力がある。六階層から一〇階層までを仕切っている迷宮監獄の連中も、まだ一日だが私は見ていない。聡明騎士団に七階層を任せて、もしかしたらここへは来ないのかもしれない。となれば、ここは実質、聡明騎士団が牛耳る場所、ということになってるだろう」
「それじゃあ……」
「黒龍と接触しようとすれば、当然、奴らが邪魔してくるというわけだ」
「それは公平な勝負じゃないよね」
「俺が向こうの連中なら同じことを考えるな。先に倒させないための判断、ってやつだろうよ」
それは困る。というよりもマズい。
中に入れないなら戦えない。勝てるかどうかじゃなく、会えるかどうかに困るとは。
「だが……」
だけど、ヴェイクは言葉を付け足した。
「俺たちが中へ入ろうとすれば、奴らは門の前で力付くで止めてくるだろうな。だが止めてくる奴らの人数はそこまで多くないはずだ」
「私が門を見に行った時は、馬鹿みたいに重そうな鎧をしてる聡明騎士団の連中が二人しかいなかったな」
「ということはだ、ルクス。その二人さえやり過ごせば、モンスターエリアの中に入れるはずだ。奴らだって、別に俺たちを中に入れないために全力を注ぐわけじゃねぇ。本来の目的は黒龍の討伐なんだからな」
「じゃあ、少し手荒だけどモンスターエリアの中に入ることはできるってこと?」
「ああ。だがそっから先は苦しい展開が待ってるかもしれないがな……。まっ、それに関しては他の奴らと相談してから決めようぜ?」
「そう、だね……」
このまま、俺たち三人で決めるのは駄目だ。
もう後戻りはできないけど、やり方だけは相談しよう。
♦
「あっ、ルーにぃ!」
俺は宿屋の屋上に来た。
もしかしたら、まだ不安になっているエレナがいるかもと思ったから。
だけど屋上にいたのは、サラとラフィーネとモーゼスさんだけ、三人とも遠くを眺めながら座っていた。
「あれ、三人だけ?」
「んー、ちょっとねー」
サラは座りながら、顔だけを俺に向ける。
殺風景なセーフエリアを見ながら、俺たち四人は並んで座る。
「エレナが帰ってきてから、少し部屋にいずらくてね。いつものぷんぷんした感じじゃなくて、なんか落ち込んでるんだよねー。ねえねえ、なんかあったの?」
「まあね」
俺は三人に説明をした。
終始無言で聞いてくれた三人、そして説明を終えると、モーゼスさんが難しい表情をしていた。
「そんなことがあったのですね……エレナ様を賭けての勝負ですか」
「ごめんね、三人とも。勝手に決めて」
「ル、ルーにぃは悪くないのです! 悪いのはそのギルドの皆さんなのですっ!」
「とはいってもねー」
サラは座りながら後ろに手を付いて、湾曲に丸められた土壁を見上げながら、笑いを含んだ声を漏らした。
「黒龍だけでも厳しいのに、頭のおかしい騎士連中まで相手にするかもってのは、少し大変そうだよねー」
「サ、サラさん、それはそうですけど、ルーにぃは」
「いやいや、アタシは責めてるわけじゃないんだよ? エレナの性格も、ルクスの性格も、それなりにわかってるからさ。アタシだったら魔銃の銃口をそいつらのこめかみに向けて、引き金を引いてたはずだよ!」
「そ、それはちょっと、変なのですっ」
「たださ、この勝負、少し難しいかなって思うんだよねー」
「わたくしもそう思いますね。話を聞く限りでは野蛮で頭の悪い連中であるのは確か──ですが、腐ってもこの七階層を根城にしていたギルドですから、あまり良い判断とは思えませんね」
サラとモーゼスさんの言うことは正しい。
勝負を受けた動機も曖昧で、それを皆に相談していれば、もしかしたらこんな勝負を受けなかったかもしれない。
「だけど、俺はエレナが『あんたが最強だって信じてる。負けないって信じてる』って言ってくれて、嬉しかったんだよ。そんなこと言われたことないからさ」
ただそれだけの理由で、ただカッコつけたかっただけで、俺はこの勝負を受けた。そう思ってくれてる彼女に、恥ずかしい姿を見せたくなかったから。
「はいはい、のろけ話ありがとうございましたー」
「そんなんじゃないって、別に……」
クスッと笑うサラ。
「そんな甘々な会話をしといて、どうして進展がないのかな……。まあ、ルクスもエレナも馬鹿だから仕方ないけど」
「馬鹿ってなんだ、馬鹿って」
「そのまんまの意味ですよーだ。だけど、まっいいんじゃない? どうせ黒龍を倒さないと上には向かえないんだしさ」
「わたくしも、サラ様の意見に同意です。それにルクス様を馬鹿にされたとあっては、もしその場にいれば、わたくしも同じように──むしろその場で八つ裂きにしてたかもしれませんしね」
「うわー、モーゼスさん怖いねー」
「ふふっ、執事ですから」
「理由になってないんですけどー?」
「モ、モーゼスさんは優しい人だから、ルーにぃの力になりたいって意味なのですっ!」
「ありがとうございます、ラフィーネ様」
「はぅ、わ、私はそんな、思ったことをただ言っただけなのですよぉ」
二人を包む花畑。
それを見つめるサラは、軽く舌打ちをした。
「こっちも甘々な会話をありがとうございましたー。なんだよなんだよ、アタシだけ仲間外れみたいじゃんかよー!」
三人になら、あの相談もしてみるか。
「それとさ、この勝負を受けた時にエレナに言われたんだけどさ」
「なになに、またあのツンツンお嬢様が変なこと言ったの?」
サラが笑っている。
ラフィーネとモーゼスさんも同じ感じの表情。
「実はね、この勝負で俺たちが勝ったら、どんな命令でも一つだけ聞いてあげるって言われたんだよ」
「「「えっ?」」」
三人は固まった。
「だからさ、命令ってのは変だから、どうしたらいいのかな……って、どうしたの?」
「詳しく聞かせてもらおうか」
「詳しく聞かせてなのですっ!」
「詳しく、お願いします」
さっきの三人と比べて、その表情はいつになく真剣だ。
そして俺の言葉を待つように、三人は自分からは何も言葉を発しなくなった。
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