第51話 変化
鎧を着た男が四人。
ヴェイクと同じくらい上背があって筋肉質なタイプだ。
そんな奴らは入ってくるなり椅子にどかっと座る。静かで高級感漂う店内の雰囲気が台無しだ。
「……なにあの格好、まんま騎士ね」
ボソッと呟くエレナ。
エレナの言うとおり格好は騎士。探索者で重い鎧を着てる者は珍しい。あれじゃあ、外の世界で王国を守る騎士そのものだ。
そして彼らの声が店内に響く。
「んでよ、黒龍の野郎をあとちょっとで倒せるってとこで、他の探索者が邪魔してきたんだよ」
「うわっ、それムカつくな」
だけど大声でゲラゲラと笑ってる姿とか、テーブルに足を乗っけて座る姿とか、その統一された鎧は騎士そのものだけど、中身は騎士ではなく柄の悪い連中でしかない。
そんな連中の元へ、店員であろう男性が近寄る。
「あ、あの……他のお客様もいらっしゃるので、もう少しお静かにしていただけないでしょうか……?」
眉根を下げながらも客だから丁寧な口調を使うのか。
それに対して、その鎧を着た連中の一人がテーブルを力一杯叩き、
「んだと、俺たちも客だぞっ!? 別に静かにしなきゃいけないなんて理由はねぇだろ!?」
「で、ですが……」
「てかよ、俺たちが誰か知ってんのか? 俺たちは聡明騎士団のメンバーだぜ? この七階層で最も力のあるギルドなんだぜ?」
聡明騎士団……ヴェイクとティデリアが話してた連中か。
「めんどくさい連中ね」
「だけど、ああいうのには関わらないほうがいいよ」
エレナがピリピリしてるから止める。
連中と関わったらめんどくさい感じがする。ああいうのは無視するのが一番。
ガタッ。
だけど俺の目の前に座っていた彼女は立ち上がり、連中へと歩き始める。
「ちょっと、あんたら、うるさいんだけど!」
「あんっ?」
エレナは外でも正義感が強くて、こんなめんどくさいことにも、よく首を突っ込むことが多かった。だから止めても無駄なのは、なんとなくわかってた。
連中はエレナを睨みつけながら立ち上がる。
「なんだ、お前」
「うるさいって言ってんのよ。ここはお店、馬鹿話なら外でしてもらえる?」
「馬鹿話だと!? テメェ、ルグド様の話が馬鹿話だって言うのか!?」
「まあ、待て待て」
取り巻きらしき男たちの間にいるのは、さっきの自慢話をしていた男。
茶色の短髪。目尻が上がった鋭い眼差し。頬には戦場で付いた傷痕。
立ち上がると、やっぱり背が高いなと思う。
俺も近付くが、その男はエレナをジッと見下ろす。
「お前、探索者か?」
「だったら何?」
この状況でも一歩も引かないのは、肝が据わってるからだろうな。
「俺はルグド・オートマタだ。俺たちが誰だが知ってて、そんな口を聞いてんのか?」
ルグドと名乗ったのはおそらくリーダー格だろう。その男に対して、エレナは鼻で笑って言葉を返す。
「七階層を根城にしてる集団でしょ? 上の階層を目指す事を諦めて、ここに居着いた」
「んだと!? 俺たちは──」
「やめろ」
ルグドは取り巻きを制止するなり、エレナを下から上へと撫で回すように眺める。
「俺たちはこの階層を拠点にしてるだけで、上の階層へ向かうのを諦めたわけじゃねぇ。ただ、そこまで言うんなら、お前らはここより上の階層を目指してるってことだよな?」
「ええ、私たちはあんたと違ってね」
「なるほどな、なら話が早い。じゃあ俺たちと勝負をしないか?」
「勝負?」
エレナが腕を組んで聞き返す。
そしてルグドはニヤリと笑った。
「この階層を上がるにしても、急に気性が荒くなって暴れてる黒龍を討伐しねぇと無理だろうな。だから先に討伐したほうが勝ち、なっ、簡単だろ?」
なぜ唐突に勝負となるのか。
理由はおそらくどうでもいいのかもしれない。たた単純にどちが強いかを証明するため、もしくは他に理由があるかだ。
「……勝負ってことは、何か賭けるのよね?」
「ああ、もし俺たち聡明騎士団が先に黒龍を討伐したら──お前は俺の女になれ」
「「はっ?」」
俺とエレナの声が被った。
そして、ルグドという男は顔に手を当てながら「クククッ」と謎の笑い方をして、そのまま高笑いをした。
「アハハハハッ! お前のような強気な女が大好きなんだよ。俺はお前を気に入ったんだ、どうだ? 勝負するのか?」
「いや、それはおかしいだろ」
さすがにおかしい。
そう思って俺が間に入ると、ルグドは俺に向かって手を前に出した。
「男は黙ってろ!」
「はっ? なんでだよ?」
「私は嫌よ。それって私たちにメリットがないでしょ」
「おいおい、別に悪い話じゃ……ん?」
ルグドはなぜか俺をジーッと見る。
「てか、お前……どっかで見たことあんな」
「こいつあれじゃないですか、フィレンツェ王国の『無能』ですよ」
「ああ、両親から何の才能も継承できなかった『外れ七光り』か! 思い出した思い出した!」
俺を見て高笑いする連中。
最近は言われてなかったから、この絡みも懐かしく感じる。ただやっぱり気分は悪い。
どうするか、めちゃくちゃ笑われてる。かといって言い返したら更に厄介になりそうだ。こういうのは無視しておこう。
そう思ったけど、エレナがさっきよりも低く冷たい声を発した。
「……ねえ、さっきの勝負なんだけど、私たちが勝ったらどうするの?」
「ああ、それなら、お前らが万が一にでも勝てたら、俺たちのギルド会館も、俺らの所有物も全部お前らにやるよ。それなら対等だろ?」
「……あんたら、賭けるほどの物を持ってるの?」
「ああ、長年ここにいるからな。まっ、死ぬまで遊んで暮らせるほどはあるんじゃねぇか?」
「ふーん、そう。……ねえ、ルクス、どうする?」
エレナは後ろを振り返り、選択を俺に委ねるようにジッと見つめる。
「おいおい、決めるのはお前で、その無能は関係ねぇだろ?」
ルグドの馬鹿にするような言葉を受けて、エレナは顔だけを振り向かせ、
「ルクスが私たちのリーダー。決めるのはルクスよ」
その言葉だけを伝えて、エレナは何も言わずに俺だけを見つめてくる。
「いや……負けたらお前、あいつのとこに行っちゃうんだぞ?」
「ええ」
「ええって、嫌じゃないのかよ?」
「なんで?」
「だって負けたら──」
「あんたは、この勝負に負けるつもりなの?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど」
負けるつもりはない。
だけどエレナを賭けの対象にするようなことは間違ってる。
それにもし、もしだ、奴らが先に黒龍を討伐したら──
「……あんたは私を、どうしたいの?」
その質問の意図がわからなかった。
どうしたい、とはなんだ?
ルグドの女になるのがいいかどうか? そんなのは決まってる。ありえない。
──それとも、俺がエレナをどう思ってるか?
もしそうなのであれば、俺の中では答えが決まってる。
「ずっと一緒にいたい、そう思ってる」
一緒に世界樹を上って、色々な場所に行って、色々な景色を隣で見たい。
誰かに渡すなんて考えられない。俺は彼女が大切で、彼女が好きなのだから……。
「……そう」
エレナは視線を下げて、少しだけ顔を赤くさせていた。
そしてまた顔を上げると、ニッコリと、なんの不安も感じさせない満面の笑みで答えた。
「だったら死ぬ気でこの勝負を勝ちなさいよ。私はあんたが最強だと思ってる、あいつらに負けないって信じてるんだからさ」
エレナが何を思って、どうしてこんなことを言うのかはわからない。
ただなんとなく、俺が馬鹿にされたのに怒っていて、エレナは俺たちが勝つことを信じてるってことだけは理解できた。
そしてずっと無視していたルグドが俺たちを見て、エレナに抱きかかえられて眠っているフェリアを見て、舌打ちをした。
「……お前ら、そういう関係かよ。ガキまで作りやがって」
「「この子は違う!」」
エレナと声が被った。
だがふと気付いた。エレナが『そういう関係』ってのを否定しなかったことを。ただ否定しようと思ってフェリアのことだけみたいになっただけかもしれない。だけど、それが少しだけ、違ったとしても嬉しく思えた。
俺はエレナの前に出て、ルグドを睨みつける。
「わかった。その勝負を受ける。俺たちはお前らなんかに負けない」
「チッ、まあいい。全てが終われば俺の女になるんだしな。まあ、後ちょっとの二人の時間を楽しんでくれ。じゃあな」
そう言って聡明騎士団の連中は店を出て行った。
エレナはため息をつき、
「あんな男の女になるのは絶対にお断りね。負けるんじゃないわよ?」
「エレナも戦うんだけど?」
「まあ、そうね」
「というよりさ、エレナって頭のおかしいのにモテるよね」
前の階層で惚れられた、どっかのギルドの息子とか。
「変なのにモテても嬉しくないわよ。それより、変な空気になったからお店を変えましょう」
エレナはそのまま店を出て行く。
店員は何も言わない。エレナの中には値段が高いから辞める、という気持ちは少なからずあるだろう。
他のお店を探しながら、前を歩くエレナに聞く。
「それよりさ、なんであんな勝負、受けるかどうか俺に選択を委ねたんだよ?」
賭けの材料に目がくらんだかどうか、というのが関係してるのかもしれないけど、なんとなく違う気がした。
そして少し間を空けてから、エレナから答えが返ってきた。
「……なんでかしらね。ただ、ルクスが馬鹿にされてるのに腹が立ったのかしらね」
「えっ?」
外では「無視しなさい」とか言って我関せずだったのに、どうしたんだろうか。
そして前を歩いていたエレナは、足を止めて俺の隣に並び立つと、ニコニコとしてた。
「ルクスはない? お気に入りのオモチャを知らない人に馬鹿にされたら無性にムカつく気持ち」
「おい、なんで俺はエレナのオモチャになってるんだ?」
「違った?」
「違う!」
「だけどまあ、あいつらの物を全部奪ったら、なんか面白そうじゃない? 裸の騎士よ?」
「……まあ、それは見てみたい気もするけどさ……でも」
「ああ、もう! うじうじと男らしくないわね」
前を歩くエレナは振り返り、フェリアをギュッと抱きしめながら、
「……じゃあいいわ。もし、この勝負に勝ったら、あんたの命令を一つだけなんでも聞いてあげる」
「えっ、なんでも!?」
「……ええ、なんでも。なんでも私に命令していい権利をあげる。だからやる気出してよ。それとも、私があいつの女になってもいいわけ?」
「いや、そんなの駄目に決まってるだろ!」
「ふふっ、それなら頑張ってよ。さっ、お腹空いたから早くどっかのお店に入りましょ」
クルッと一回転して前を歩くエレナ。
歩きながらフェリアに話しかけてるけど、その頬が少し赤いように感じたのは気のせいじゃないはずだ。
そして前を歩くエレナに、俺は聞いた。
「……もし、もしだぞ……。俺と、その……」
ピタッと足を止めたエレナは、こちらを振り向かずにボソッと言葉を発した。
「……なに、いやらしいこと考えてんのよ」
「ち、ちがっ、俺はただ、お前と──」
「ま、まあ……命令なんだから、なんでも聞いてあげるわよ……。それが、変なこととか、でもさ……。ほらっ、さっさとお店に行くわよ! ……ねえ、フェリア、お腹空いたもんね」
眠ってるフェリアから言葉が返ってくることはない。
俺が何を言おうとしてたか、エレナは気付いているのだろうか。
それはわからないけど、初めてオドオドした反応のエレナを見たかもしれない。
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