第24話 何がおかしい

 俺達はラフィーネが泊まっている宿屋の、別の部屋を取ることにした。

 ただやっぱり……というべきか。

 階層が上がるごとに、宿屋の値段というのもそれと比例して上がっている。

 一階層は金貨一枚で泊まれたのに、今では同じ部屋の広さなのに金貨三枚も取られる。


「ぼったくりよ!」とエレナがゴネても、幾つかある宿屋の店主は「じゃあ泊まらなくていいんだぜ」と自信満々に断った。外ではよく成功したんだけど、どこもかしこも、エレナの値切り交渉を訊いてくれなかった。


 おそらく、階層によって相場が違うんだろう。


 クスクス一体を売っても銀貨五枚。ゴブリンよりも半額なのに……宿も食費も値上がりしていく。生活するのにはかなりキツい。



 だが、もっとキツいのは、ラフィーネの現状だ。



「──ということが、あったのです」



 すべての説明を受けた。

 ラフィーネの、モーゼスさんの、今の状況を理解し、俺達は顔を見合わせ、なんとも言えない顔になった。



「要するに、モーゼスさんはしつこくラフィーネをナンパするレオナルドを殴り、その五階層にある、世界樹で起きた犯罪を裁く理事局の判決で、迷宮牢獄に入れられたってこと?」


「はいなのです」


「……それはかなり厳しい状況かもしれねぇな」



 木製の椅子に座るヴェイクは難しい顔をしていた。

 そしてベッドに座るエレナが、



「でも、あのレオナルドって男がしつこく言い寄ってきたから殴ったんでしょ? だったら別に、そのモーゼスさんって人が悪いわけじゃないわけよね?」


「いやー、その理由で通じないのが、お堅い理事局さん達なんだよねぇ」



 同じくベッドに座るサラは、手を上げて首を横に振る。



「……なんでよ?」


「アタシたちはラフィーネから話を訊いたから、肩を持ってるだけであって、あのナルシスト君は殴られてるからねぇ。どんな理由であっても、手を出した方が悪いって判決になっちゃうのさ」


「なんだか使えないわね、その理事局って奴ら。悪いのは向こうなのに」


「世界樹の中での暴力行為ってのは、いろんな犯罪の中でもかなり厳しく見られるんだよ。理由としてはまあ、普段からモンスターと戦ってる奴らが暴れたら危ねぇし、めちゃくちゃ強い奴なんか現れたら、些細な喧嘩でセーフエリアを壊しかねない。そうなっちまったら、モンスターの群れが襲ってくるかもしんねぇからな」


「なるほどね。じゃあ選択肢としては、ラフィーネはその時に無視するしかなかったってことなの?」


「そういうことだ。それに暴力行為反対ってのは、世界樹で暮らす奴らのほとんどが思ってることなんだよ。この世界樹には子供だっているからな」


「あっ、そういえばいたね。ちっちゃい子とか」



 いた。めちゃくちゃいるわけじゃないけど、絶対にモンスターと戦ってるような雰囲気じゃない子がちらほらと。



「だけどあれ? あの子たちって、ライセンスとか持ってないよね?」


「ああ、子供はライセンスを持ってなくても、探索者の子供は世界樹の中にいていいんだよ。その代わり、ある程度の年齢になれば出て行くか、五階層ごとにライセンスを取得する場所があるから、そこで取得する必要があるんだよ」


「なるほど。なんか話を訊いてたら、五階層って色々とあるんだね。五階層理事局とか、ギルド設立する場所とか、ライセンス取得する場所まである」


「五、一〇、一五、二〇って感じで、この世界樹で生きてくのに必要な場所が設けられてんだよ。外で言うとこの王国みたいに、かなり人がいるな」


「へえ。そうなんだ」


「ああ……って、それよりだ」



 ヴェイクは椅子に座りながら腕を組む。

 いつもより真剣な表情だ。その真剣な眼差しはベッドに座るラフィーネに向けられてる。



「まず助けるのは無理だ。それは自分でもわかってるだろ?」


「……は、はい、なのです。だけど──」


「お前の考えは、そのモーゼスとやらを迷宮牢獄から『逃がす』だろ?」


「……はい」


「そして、それを誰かに手伝ってもらおうと思って、あそこでいろんな人に声をかけてた。んで、結果は?」


「……誰も、話を訊いてくれなかったのです」


「だろうな」



 ヴェイクとサラは理由を理解してるみたいだけど、新人でこの世界樹のルールとやらをあまり理解してない俺とエレナには、ちんぷんかんぷんといった感じだ。



「えっと、ヴェイク、その理由は?」


「理由は簡単だ。さっき暴力行為を反対する人が多いって言っただろ? 要するに、世界樹で暮らすほとんどの奴らは、探索者を良くしようと働いてくれる理事局を支持してるんだよ。それを、捕まった理由が納得できないからって『脱獄させるのを手伝って』なんて言って、誰が手伝ってくれんだよ」


「そ、それは……」



 たしかにそうだ。

 だからなのか。ラフィーネの事を無視して、それに住人が冷たい態度だったのは。



「それにだ。仮に脱獄を手伝う奴がいたとしても、そいつには何のメリットもない。だがデメリットは多い。捕まれば同じく牢屋に入れられるからな。しかも『脱獄』と『脱獄補助』は一生出られないかもしれない罪状だ。それなのに誰が手伝ってくれるって言うんだ?」


「そ、それは、そうなのです。でも……」


「んー、ルクスの知り合いっぽいから助けたいけど、アタシもちょっと無理かなって思うな」


「……そうね。残念だけど、出て来るまで待つしかないかしらね」


「で、出て来るのは、ずっと先だって。もしかしたら何十年も出れないかもなのです……」


「そうなのね。ねぇ、そのモーゼスさんって人は、いま幾つなの?」


「……もう少しで、六〇なのです」


「……そっか」



 三人が悲しい表情をする。

 年齢的にも厳しい、そう思ってるんだろうか。

 たしかに何十年も出れなかったら、もうラフィーネと会えない可能性が高い。

 三人は助けないのが最善だって考えてる。それはきっと自分のこと、それに仲間の事を思っての考えだ。

 俺だってそれが正しいって、ラフィーネが知らない人なら思っていた。


 だけど俺はラフィーネを小さい頃から知ってる。だから助けてやりたい──それに、ラフィーネがモーゼスさんを助けたいって思う理由は、自分を助けてくれた、って理由の他にもある。それを俺は知ってる。


 だから、



「俺は……力になろうと思う」


「──なっ!」



 馬鹿な選択だとしても、そうしたい。



「あんた馬鹿じゃないのっ!? ヴェイクの話し訊いてた? そんなことしても助けられるわけないじゃない!」


「だけど……」


「助けに行って他の皆が捕まったらどうすんのよ?」


「そしたらまた助ければ──」


「そんな簡単な話じゃないに決まってんでしょ! ねっ、ヴェイク!?」


「あ、ああ……そうだな。エレナの言う通り難しいだろうな。──それでも、助けたいのか?」


「……うん」


「なんで……」



 エレナは立ち上がって俺を見る。

 下唇を噛む彼女は、心の底から怒ってるようだった。



「あんたまで捕まったら、もう、一生出られないかもしれないのよ? 牢屋に捕らわれたら、残された人はどうすんのよ」


「それは……」


「なんで、そこまで助けたいのよ」


「それは、ラフィーネを助けたいから」


「……そう、そういうこと。わかったわ。勝手にして」



 エレナはそのまま部屋を出て行く。

 引き止めようと手を伸ばしたけど、その手が空を切る。


 ここで止めてもエレナに手伝ってもらえない。

 危険になるなら──止めない方がいいのかもしれない。


 そう思ったから、彼女の手を掴むのを止めた。



「あ、あの……ど、どうしたら」


「エレナには手伝わせられないよ。だけど俺で良かったら手伝うからさ。二人も、手は貸さなくていいからね」


「いや、お前……それでいいのかよ?」


「エレナには悪いって思ってるけど、俺は助けたいんだよね。剣を教えてくれた人でもあるしさ」


「ねぇ、ルクス。本当に剣の師匠だから助けたいって理由だけなの? 何か他の感情が入ってるんじゃないの?」


「他の感情?」


「その、えっと……例えば、恋愛感情的な?」



 サラの言葉が一瞬だけ理解できなかった。


 恋愛感情?

 誰が誰に?

 えっ、もしかして俺がラフィーネに?



「えっと……」


「お前は一途な奴だと思ったんだが、違ったんだな……見損なったっつーか、なんか悲しいな」


「え、なんで、あの」


「やっぱルクスはおっぱいの大きさなんだね。はあ、アタシは悲しいよ」


「あれ、なんか」



 勘違いしてる?

 俺はラフィーネを見る。

 彼女は困惑して右往左往してる。

 言って、いいのだろうか?



「ラフィーネ……勘違いしてるから、話していい?」


「あうぅ、は、はいなのです。恥ずかしいけど、大丈夫なのです」



 ラフィーネの許しも得た。

 だから話そう。ずっと彼女が隠してきた想いを。



「実はラフィーネ、モーゼスさんの事がずっと好きなんだよ」



 言った。

 言ってやった。

 ラフィーネが俺にしか話さなかった秘密を。


 二人は……なぜかキョトンとしてる。

 驚いてるのかな。まあ、そうだよな。


 だって執事と主の関係だもんな。そりゃあ、驚くよな。


 そしてかろうじて言葉を漏らしたのは、ヴェイクだった。



「えっと……待ってくれ。ラフィーネってのは、彼女だよな?」


「当たり前じゃないか、他に誰がいるんだよ」



 失礼な奴だ。

 するとサラが口をパクパクさせながら、ラフィーネを指差す。



「え、あれ、ラフィーネはルクスが好きで、ルクスも実はラフィーネが好きで、だから助けたいとか……そんなんじゃ?」


「え、わ、わわ、わたしとルーにぃは、兄妹みたいな関係なのです。恋愛感情とかは、ないのです」



 というより、俺はエレナが好きって公言してるんだけど、なんでそんな勘違いをするんだ?



「待ってくれ……あれ、そのモーゼスの年齢を教えてくれるか?」


「え、六〇だけど?」


「……んで、ラフィーネは?」


「一四だけど。なんでそんなこと訊くんだ?」


「いや、お前、それは……なあ?」



 ヴェイクはサラを見る。



「なんか変だなぁ、とか思わないの?」


「変って? なにが?」



 執事と主の関係だから?

 だけどそういう事はよくあると思うんだけど……。



「つまり、お前は恋愛感情を抱いてるからラフィーネを助けたいってわけじゃないのか?」


「違う違う! だって辛いじゃん『好きな相手が牢屋に捕らわれてる』なんてさ! もしかしたら会えないかもしれないんだよ?」



 そんなの有り得ない!

 もしエレナが捕らわれてたら、俺一人でも助ける。絶対に、絶対にだ!


 と、俺の言葉に、なぜか二人は頭を抱えていた。



「その言葉を、お前の口から訊きたくはなかったな。なんか……可哀想だな」


「鈍感……いや、なんだろう、わかんない。だけど、ルクスって最低だね」


「えっ、どうして!?」



 二人の様子が変だ。

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