第73話 間違い


「こいつはあたしの古くからの仲間で、《銀翼のシュヴァリエ》のリーダーをしてる、レオナルド・ディリカフェって言うのよ」



 無口なタイプなのか、レオナルドさんは軽く会釈をするだけで何も言葉を発しなかった。


 そして代わりに言葉を発したのは、似たような体格をしてるヴェイクだった。



「まさか、銀翼のシュヴァリエのリーダーが出てくるとは」


「知ってるのか?」


「ん、いやいや、知ってるも何も有名だからな。それに迷宮監獄で名前を聞いただろ?」


「「名前を?」」



 エレナと声が被った。


 金色の短い髪に、三〇代くらいだとわかる渋めの無精髭。武器は背丈と同じく長身で、両端には鋭い刃先が付いた槍。全体的に暗い真っ黒な服装で、少し暑そうな格好をしてる。



「あっ」



 俺がレオナルドさんをジーッと見ていると、サラが声を発した。



「サラも知ってるの?」


「いやいや、知ってるもなにもラフィーネちゃんにちょっかい出してた男の父親だって」


「ん……ああ!」



 そこでやっと思い出した。


 世界樹のトップギルド《銀翼のシュヴァリエ》のリーダーの息子、名前は忘れたけど、ラフィーネにちょっかいを出していた金髪ナルシストの男。

 その父親がたしか、レオナルド・ディリカフェって名前だった。


 じゃあこの人が……。


 そう思って顔を見るけど、あまり似てるようには思えない。たぶんそれは、雰囲気が真逆だからだろうか。



「……俺の顔に、何か付いてるか?」



 初めて聞いた声はかなり低い。それにめちゃくちゃ声が小さい。


 おそらく寡黙なタイプなのだろう。顔と体格が小さな声と合わさって強そうな雰囲気を出してる。



「はあ」



 すると、リタさんはため息をつき、隣に立つレオナルドさんの背中を力一杯に叩いた。



「もっと大きな声を出しなさいよ」



 パン! と背中を叩かれると、無表情だったレオナルドさんは頭に手を当て、



「す、すまない、すまない、ほんと、すみません……」



 何度も頭を下げて全員に謝った。

 その姿に驚いて、俺たちは何も言葉を返せなかった。



「こいつの腕は確かなんだけど、人見知りの上に恥ずかしがりやでね、見た目は怖い印象を受けるかもしれないけど、ただ緊張してるだけだから気にしないで」


「は、はい、俺は……はい」


「……はあ」



 嘘だろ? そういう目で見ても言ったことは本当らしく、他の皆も驚いてる様子だけど、あまり触れることはできなかった。



「こいつの話は置いといて、早いとこ十二階層へ向かおっか」



 リタさんは前を歩き、その後ろをレオナルドさんも歩く。



「……人って見た目じゃわからないのね」


「ああ、変人って言ったら悪いのかもしれないけど、なんだか……」


「変人ね」



 二人の背中を見ながら歩いていると、エレナは小さな声で、はっきりと言った。


 性格なんてものは人それぞれだ。それは別にいい。気になるのはリタさんとレオナルドさんが仲間だということ。



「リタさんとレオナルドさんは仲間って言ってたけど、レオナルドさんはギルドに所属してるんだよね?」


「ええ、話ではそうだったはずよ。たぶん、ギルドに所属しなかった仲間と別れてから、今のギルドを設立したってことじゃない?」


「ああ、そういうことか。それにしても残りの人ってどんな人なんだろ?」


「リュイスさんも含めて六人だったかしら? そうね、変わり者なんじゃない?」


「それは失礼……だけど当たってるかもね」



 残りは三人か。どんな人なんだろうか、少し気になるな。


 そんなことをエレナと話してると、俺たちはここ十階層から十一階層へ向かうモンスターエリアの門をくぐった。


 その瞬間、少し体に変化を感じた。



「なんか、少し寒いな……」



 モンスターエリアの中はさほど変わらない。

 なのに全身は少し肌寒く感じられた。



「おそらくだが、この隙間風が原因だろう」



 ティデリアは天井部分を指差す。

 土の壁には無数の穴が空いていて、その穴から微かに冷たい風を感じる。


 そして前を歩くリタさんが顔だけを後ろに向けて原因を教えてくれた。



「ここから上、十一と十二階層は繋がってて、どっちも氷山の中みたいに冷たい環境のモンスターエリアになってるのよ。だからここはまだいいけど、次のセーフエリアに到着したら暖かい服でも購入したほうがいいかもね」


「氷山の中のモンスターエリアですか」



 モンスターエリアは十階層からは変化していて、色々な地形になってるとリタさんは言っていた。だから上の階層の風がここまで届いてるのだろう。


 そして、



「十二階層も、ですか」



 モーゼスさんがボソッと呟いた。

 リュイスさんは十二階層にいるってリタさんが言っていた。だとすれば、その寒い場所に──そして偶然かどうかわからないけど、寒い地帯に咲くと言われてるリヴィーサの花が育つ外と似ている。



「きたな」



 ふと、前を歩くリタさんが足を止めた。

 そこまで広くない通路の先から、ドスっ、ドスっ、という重い足音がちらほら聞こえる。

 その音はどんどんこちらへと近付いてきて、それが人のものではないということはすぐにわかった。



「どうやら、モンスターみてぇだな」



 ヴェイクが肩に乗せた斧を下ろす。

 俺も腰に付けたゴブリンソードを手にする。



「さて、あたしたちはあんたらの実力を見せてもらうわね」



 リタさんは振り返りそのままこちらへと歩いてくる。



「この十階にいるモンスターはヴァンウルフっていう二足歩行の狼よ。武器は持たないけど、足が速く力も強い、一撃でも攻撃を食らえば歩くことのできない怪我を受けると思うわね」


「それを俺たちで?」


「ええ、当然でしょ? このヴァンウルフは十一と十二階層にも現れるの、ここで負けるようなら到底、リュイスの元へはたどり着けないでしょうね」



 レオナルドさんもそそくさと後ろへと後退した。

 そして隣に並び立つように移動してきたヴェイクはニヤリと笑う。



「実力を見定めるってことだろうな。ルクス、どうするんだ?」


「どうするって」



 そんなの決まってるくせに。



「戦うよ。ここで勝てない限りは上には行けないからね」



 前方からはヴァンウルフの姿を確認できた。

 三階層にいたウォーウルフの上位版といったとこだろう。大きさもアイントゴーレムと同じくらいあって、血走った赤い瞳が向ける威圧感が凄まじい。


 だけど引くことはできない。ここから先へ向かう為にも。



「ヴェイクとモーゼスさんは前衛で、サラとエレナは後衛で、ラフィーネとティデリアは隙を狙って」



 勝手がわからない相手には無作為に戦っても危険が大きくなるだけだ。

 俺は指示を出し、相手の様子を窺う。



『グゥオオオオッッ!』



 俺たちを視認した瞬間、一体のヴァンウルフが遠吠えをする。

 それに呼応するように次々と周りのヴァンウルフの遠吠えがモンスターエリアの中へ響き渡る。



「あれは敵が現れたと知らせる遠吠え。つまり、他の場所にいるヴァンウルフも時期に集まってくる。急いだほうがいいぞ」


「……早く終わらせないと次から次への集まってくるってことか」



 こちらへ走ってくるヴァンウルフを警戒しながら、俺はヴェイクとモーゼスさんに指示を出す。



「両側の二体は二人に任せるよ」



 二人はすぐさま狙いを定めて行動する。

 そして俺も、残る一体に狙いを定めて走り出そうとした。


 だけど、



「モルルン、邪魔者を排除するのですっ!」



 巨大なハム助に乗ったラフィーネが一目散に走り出した。


 俺を、ヴェイクを、モーゼスさんを置いて、彼女は指示とは違う前衛の役目を担った。



「待て、ラフィーネ! 一人で突っ走ったら──」


「大丈夫なのです! わたしが道を切り開くのですっ!」



 ヴァンウルフとハム助の大きさは同じくらい。だけど一つ一つの動きの速さが違う。

 俺たちを置いて先に走ったラフィーネとハム助の周りには一斉に三体のヴァンウルフが集まる。



「モーゼスさんの邪魔は、させないのですっ!」


『モルモルッ!』



 彼女の気持ちは理解していたつもりだ。モーゼスさんに好意を抱き、モーゼスさんの力になりたいと行動するだろうと。だけど仲間だから、彼女にも隠さずこのクエストを受ける意味を伝えた。


 ──それが、失敗だったのかもしれない。



「ラフィーネ危険だ! 早く下がるんだ!」


「大丈夫なのですっ、わたしとモルルンで──」



 一人で三体の戦闘未経験のヴァンウルフと戦うなんてことは危険すぎる。

 それにラフィーネはまだ、モンスターとの戦闘経験が少ない。


 そしてヴァンウルフの速度重視の攻撃が、ラフィーネとハム助を襲った。

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