第19話 アイツが最強なのを、私だけが知ってる

 私の両親はどちらも探索者で、うっすらと、一カ所だけ世界樹の中での記憶を覚えてた。


 それは青白くて眩しい光を放つ花が無数に咲いてる場所。

 まだ言葉も喋れない赤子の時の記憶だから、それしか覚えてない。そこが何階層だったのかも、私には知らない。


 ただいつか、その景色を見たいなって、物心付いた時には、自分の足でその地を歩き、走って、両親と何か感想でも話しながら眺めたいな。

 そう思っていた。


 ──だけど父親は、いつからか私と母親の前から消えた。


 ずっと泣いてる母親。

 私は理由がわからなかった。

 だけど知らない人達が、母親の事をコソコソ何か言っていた。


『父親に逃げられた女』


 そう言っていた。

 逃げられたとは、どういうことなのだろう。

 当時の私はわからなかった。


 そしてそれからすぐに、母親は亡くなった。

 世界樹の中じゃない、外で亡くなった。

 身寄りのいない私は、訳も分からずひたすら歩いた。


 歩いて、歩いて、歩いて。


 誰も知ってる人がいない世界を、たった一人で歩き続けた。

 そして行き着いた先は、とある地域にある貧民街。


『エンドレイア元発掘場』


 それが私の行き着いた街。

 元々は鉱山の発掘場だったらしいんだけど、金属とかが無くなって、他の発掘場が賑わってきてから、エンドレイア発掘場は、いつからかゴミ処理場のような扱いをされてきて、世界各地から貧民街と呼ばれるようになった。


 そこで私は拾われた。

 見ず知らずのおばあちゃん──ゲレサイスおばあちゃんに。


 私を拾った理由、最初は『あんたの加護が金儲けになると思ったから』って言ってた。


 それでも、私を育ててくれてるおばあちゃん、それに街の皆には感謝してる。


 そして私は、おばあちゃんに口を酸っぱくなるほど、あることを言われて育った。


『いいかい、エレナ。この世は愛よりもお金が全てなの。あんたは将来有望な男を見つけて玉の輿を狙うのよ?』


 お金があれば、才能があれば、愛情なんて無くても全て叶えてくれる。

 おばあちゃんは昔、愛情を優先してお金も無くて才能も無い相手と結婚したらしい。だけどそれからの生活は苦しくて、旦那さんが亡くなってから、この貧民街に暮らすようになったのだとか。


 だから私に『絶対にお金持ちの男か、才能のある男と結婚しなよ』と、何度も私に言ってきた。


 そして多くの事を学んで、探索者になる為に街を出た。


 だけど探索者になるということは大変だ。

 それに生きるにはお金が必要になる。だからよく、加護を使って沢山の人の傷を治してお金を稼いでいた時もあった。

 私を育ててくれて、私に色々なことを教えてくれたおばあちゃんや街の皆に仕送りも、少ないけどずっとしてきた。


 だけど自分自身の幸せ──私には何か抜けていた。

 すっぽり穴が空いた何か。それがわからなくて、ただきっと、いなくなった両親が影響してるんだと思う。


 記憶にあるのは両親の名前と、父親から受け継いだ回復の加護だけ。


 父親は優秀な『支援職』だって……誰かがそう言っていた。


 私はそれから、支援職の男を見ると、とても嫌な気分になった。

 母親を置いて逃げた父親と同じ。人は違うとわかっていても、弱虫な男だって、そう思うようになっていた。


 そんなある日、私はアイツと出会った。


 それは最悪な出会い方だった。

 誰からも『無能』だとか『外れ七光り』だとか馬鹿にされてるアイツ──ルクス。

 私だって、誰も言わないけど、妻と娘を置いて逃げた父親の血を引いてる。少なからず、両親に影響を受ける苦しみを味わってきた。だからルクスのことを馬鹿にも蔑んだりもしない。けど、仲良くなろうとは思わなかった。


 ──だけどそれは、アイツの家柄を知るまで。


 優秀な両親から生まれたアイツは、絶対に最強に決まっている。

 捨てた父親と同じ加護を持って生まれた私がそうであるように、ルクスも、絶対に両親の加護を受け継いでる。


 私はそれから、ルクスと一緒にいるようになった。


 アイツは馬鹿だ。

 才能があるくせに、それを出さないでずっと努力を続けてる。

 毎朝必ず素振りして、馬鹿にされても強い奴に教えを請うて、強い奴の仲間になろうとする。


 だから私は、少しだけ手を貸した。


 ルクスが『仲間にして』と頼んでも、誰も入れてはくれない。だから私が代わりに頼んで仲間にしてもらう。


 ルクスはその度に喜んでくれた。

 喜んで、私に感謝してくれた。


 それが何故か嬉しくて、私はアイツとずっと側にいる。


 消えてしまった穴が、何かで満たされる。


 ──そんな感じ。







 ♢







 目を覚ますとそこは、私が知らない部屋。

 一階層で泊まっていた場所とは違う。



「ここは……」


「ここは二階層の宿屋だぜ?」



 椅子に座って窓を見るヴェイク。



「二階層……? じゃあ──つっ」



 体を起こそうとすると、二日酔いに似た痛みが頭を襲った。



「まだ無理すんな。マナが回復してねぇんだからよ」


「……ええ、そうね。でも二階層ってことは、あれから無事に逃げられたのね?」



 私の記憶は所々消えている。

 ルクスがやられたとこ、ルクスを無我夢中で助けたとこ、ルクスにキスをしたこと。


 だけどその後が覚えてない。

 いや、うっすらと覚えてる。

 だけど明確なことは何一つ。



「ルクスは? ルクスは大丈夫なの?」


「ああ、お前の加護のお陰で傷は治ったぜ。だが、少し寝込んでる」


「寝込んでる!? なにかあったの!?」



 私は大声を出した。

 回復役の私がいなかったら回復できない。

 少しなら加護の力を使える。だから、



「いやいや、心配するほどじゃねぇって。ただ疲れたんだろ、なんせ一人でエリアボスを倒しちまったんだからな」


「一人で……? ルクス一人で倒したの?」


「ああ、まさかここまでやってくれるとは思ってなかったよ」


「ルクスが……そっか、そうなんだ」



 上半身を起こした私は膝に掛けてる布団をギュッと掴み、自分の事のように喜んでしまった。



「やっと本気出したのね、あの馬鹿……。それで、どんな加護だったの? アイツってば、私にはなんも教えてくれないのよ」



 ヴェイクはその実力を目の前で見てたっぽい。

 だから早く訊きたい。そう思ったのに、なぜかヴェイクは頭をポリポリと掻いて、難しい表情をしていた。



「なんて言ったらいいのかわからねぇが、難しい力だな」


「難しい? それって力を出すタイミングとか、そんな感じ?」


「ん、まあ、そうだな……。お前はさ、前に玉の輿がどうとか、ルクスが最強なんだとか言ってたよな?」


「え、ええ、言ってたけど、それがどうしたの?」


「お前の求める最強ってのは、どんな奴なんだ?」



 いきなりね。

 でも私の求める相手は決まってる。



「そりゃあ勿論、最強の『戦闘職』に決まってるわ!」



 だって私が支援職なんだから、どう考えても、釣り合う相手は戦闘職に決まってる。

 それに父親と同じ支援職は無理。


 するとヴェイクは、ふぅ、と息を吐いた。 



「じゃあ、もしルクスが──お前の思ってる最強じゃない『支援職』だったら、お前はルクスの側から離れるのか?」


「えっ……ルクスが……支援職だったら?」



 ヴェイクは何を言ってるの?

 ルクス支援職? そんなの有り得ない。



「ルクスは……ルクスの両親は、支援職じゃなくて戦闘職だって、最強の剣王ソードマスター大賢者ウィックラフトの加護を持つ両親の……その息子が、ルクスがそんなわけない、じゃない」


「だがもし、ルクスが両親の血を受け継いでなかったら、お前はどうすんだ?」


「私は……だって」



 愛情よりもお金と才能。

 私を一から育ててくれたおばあちゃんがいつも言っていた言葉。



「もし……ルクスが最強じゃなかったら、私はルクスの側を離れる。私にはやらないといけないことがあるから」



 この命は、エンドレイア元発掘場に救ってもらった命だ。

 仕送りだってしないといけない。あの街を助けるには、それ相応のお金が必要なの。


 だから。だから、


 バタン!


 扉の外。

 何かが倒れたような音がした。



「……ルクス?」



 訊かれてたら最悪だ。

 最低の女だと思われちゃう。

 私は扉をずっと見つめる。

 名前を呼んだのに、ルクスは入ってこない。

 ルクスじゃない? それなら良かった。


 だけどそれから少しして、扉が開いた。



「ごめんごめん、アタシだよ。いやー、盗み聞きするつもりはなかったんだよ? うん、ほんと」



 後頭部を触りながら笑うサラ。

 良かった。そう思うべきなのかな。



「つまり、ルクスがお前の求めていた相手じゃなかったら、お前は他の相手を見つけるってことなんだな?」


「……ええ、そうよ」



 ヴェイクは「そうか」と悲しそうな表情をする。

 サラは「あは、あはは」と居辛そうに笑っていた。


 ルクスが最強じゃなかったら、私はルクスから離れる。

 アイツと出会ってからの三ヶ月、無駄になっちゃうけど仕方ない。


 苦しい時も、悲しい時も、楽しい時も、ずっと一緒にいたアイツと──。



「だけど……」



 私はボソッと呟く。

 そして自分の意志とは関係なく、私は立ち上がっていた。



「私は……知ってる」



 なぜか涙を流していた。



「私はアイツが最強だって知ってる」



 震える肩と、震える拳。

 私はなぜか、涙を流して訴ったえる。



「私が気を失ってた時に何を見たのか知らない。だけどルクスが最強じゃないなんて、絶対に有り得ない」


「いや、俺達は別にそんな──」


「──うるさい!」



 ヴェイクが何を言おうとしたけど黙らせる。



「どうしてよ、どうしてそんなことを言うのよ」


「俺は例えばの話をしてるだけであってだな──」


「二人は何も知らないじゃない。アイツがどんだけ努力してたかも、何を言われてもめげずに前を歩いてきたのも、アイツは、アイツは努力できる天才なの! 私はそれを知ってる、私だけが知ってるの!」



 何を訴えているのか。

 何で大声で伝えてるのか。

 何をわかってほしいのか。

 それすらもう、自分でもわからない。

 頬を流れる涙は止まらない。だけど袖で拭いて訴えを続ける。



「アイツが支援職かもしれない? そんなわけないじゃない! 私達を助けてくれたのはアイツだって、あんたがそう言ったんじゃない! そんな奴が支援職なわけないじゃない!」


「……」


「私は信じない。私はアイツに才能が無いなんて信じない。だって私が最初にアイツの才能に気付いたんだもん。ルクスは無能でも、外れ七光りでもない、アイツは凄い才能の持ち主なの、誰もが羨む才能を持った男なの」



 結局、私が言いたかったのは、この言葉なんだ。



「私は絶対にアイツの側を離れない。最強であるアイツの隣を私は歩くの。──アイツが最強なのを、私だけが知ってるんだから!」



 誰も信じなくていい。

 私はずっと信じてあげるから。

 私が最強だって思っていれば、アイツは最強なんだから。


 全てを言い終わると、ヴェイクとサラは顔を見合わせる。



「「プッ」」



 と二人が吹き出し、盛大に笑い出した。



「あははっ、何だよそれ」


「いやいや、ここまでいったら病気だよ、それ」


「はっ?」



 なんだこの失礼な二人は。



「まあ、お前のおかしな気持ちは伝わった」


「おかしなって、なに言ってんのよ」


「まあまあ、そうぷんぷんしないでって。ルクスが起きちゃうよ?」


「あっ」



 そうだった。

 まだルクスが寝てるんだった。



「とりあえずエレナはもう少し寝てろ、まだ具合悪いんだろ?」


「まあ、少しだけね……」


「どうせ、まだルクスは起きねぇだろうしよ。ちょっと、俺はルクスの様子を見てくるから」



 そう言って、ヴェイクは部屋を出て行った。

 残るサラは、椅子をベッドの隣まで持ってきて、横になった私をジーッと見つめる。



「……なによ」


「いいや。やっぱ面白いなって。二人とも」


「は? 馬鹿にしてんの?」


「してないしてない。ほら、ぷんぷんしてないで寝なって」


「言われなくてもそうするわよ。というより、邪魔だからどっか行ってよ」


「ん、寝たらね」


「なにそれ、変なの」


「ふふっ、エレナに言われたくないよ」


「あっそ、じゃあ、おやすみ。……あ、一応お礼を言っておくわ、ありがとうね、助けてくれて」


「……ほんと、ツンデレだねぇ」


「うっさい、痴女に言われたくないわよ!」


「なんだとー、誰が痴女じゃボケっ!」








 ♢







「エレナは俺のことを勘違いしてたのか。それに俺のことなんて、男として別に好きじゃなかったんだな」



 俺は屋上で一人、風に吹かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る