第18話 ほんの少しの覚醒


 調合結果が出てきた。


 ──ゴブリンソード。


 1%の可能性なんて、こんなものだ。



「ダメなのか……」



 アイテム袋に入ってるゴブリンはもうない。

 調合は無理。もうできない。



「諦めるなよ、ルクス!」



 下げていた顔を上げる。

 エレナを俺に預けて、斧を持って走り出すヴェイク。



「お前はそこで調合してろ……! こいつらは俺が引きつけて、ゴブリンをお前に投げてやる!」


「だけど……」


「もう助かる方法はそれしかねぇ。ずっと悪運続きだったんだ。最後くらい、強運を掴みとれよ、ルクス!」


「仕方ない、アタシも手伝ってあげるよ。……アタシたちはさ、ルクスに賭けてるんだよ。エリアボスに少人数で勝てるはずなんてない。ここから助かる可能性は〇に近い。だけどそれを……ルクスならなんとかしてくれるかなって。だからまっ、頑張ってよ、ねっ」



 ゴブリンも、ボスゴブリンも、もう俺達を囲んでる。

 数で圧倒されてる。なのに怖がる素振りも見せずに、二人は走っていった。


 ヴェイクがボスゴブリンの大振りな攻撃を避け、周りのゴブリンを倒す。

 サラが走りながら、大勢いる場所に数少ない魔弾を撃ち込む。



「俺も手伝う──」



 そう思って走り出そうとしたら、ゴブリンが飛んできた。

 ヴェイクだ。ヴェイクが左手一本で投げてきた。

 そして俺を見たヴェイク。「お前はそこにいろ」無言だったけど、そう言われてるようだった。


 顔をぶんぶん振って色々な選択肢を一つにする。

 二人のことを見たら、きっと助けに行こうとする。だから見ないで、飛んでくるゴブリンをアイテム袋に入れ、ゴブリンソードも入れ調合する。



『ゴブリンソード』


『ゴブリンソード』


『ゴブリンソード』


『ゴブリンソード』


『ゴブリンソード』



 何度やってもゴブリンソード。

 焦りで手に汗がかく。二人の声が訊こえて様子を見たい。

 だけどひたすら調合を続ける。

 横で眠るエレナは、まだ目を閉じてる。



「頼む。頼むって……」



 ゴブリンを沢山集めて一気に調合した方が、調合率が上がるのはわかってる。だけどそうはしない。もしそうして、調合率が上がったのにゴブリンソードが出てきたら辛いからだ。


 だからゴブリン1体にゴブリンソード1本を調合する。



『ゴブリンソード』


『ゴブリンソード』


『ゴブリンソード』



 もう、どれくらい調合しただろう。

 さっきまでヴェイクとサラの声が訊こえてたのに、今は何も訊こえない。

 集中してる、とは違う。

 なんだか何も考えられないほど、静かな場所にいるみたいだ。



「やっと……」



 ──そしてやっと、ゴブリンソードの表記とは違う表記が現れる。


 20% ゴブゴブソード【Cランク】


 やっとEランクの上、Cランクが出た。

 だけど喜べなかった。これで勝てるとは思えないから。


 だから調合を続ける。

 このゴブゴブソードとゴブリンを。




 ■調合素材



 ゴブリン  1体



 ゴブゴブソード 1本




 ■調合結果



 3%  キングゴブリンソード【Sランク】



 5%  ゴブスレイヤーソード【Aランク】



 92% ゴブゴブソード【Cランク】




 どうやらゴブリンソードにランクダウンする、っていうのはないらしい。

 だけど調合率はあまり変わらない。

 このまま続ければ、いつか──。



「ぐあッ!」


「──ヴェイク!」



 ヴェイクの叫び声が耳から入った。

 片膝を付いて苦しんでる。目の前には棍棒を持ったボスゴブリン。

 一撃をくらった? 大丈夫なのか?


 プルプルと震えた両足で立ち上がろうとするヴェイク。

 その姿を見て、さらに焦りを感じた。


 早く。早くヴェイクを助けないと。

 サラの魔弾だってもう限界だと思う。

 ずっと魔弾を使わないで、走って逃げてる。


 早く、早く、早く。



『ゴブゴブソード』


『ゴブゴブソード』


『ゴブゴブソード』


 

 気持ちでは焦ってるのに、結果は伴わない。

 ずっとゴブゴブソード。その上、その上が欲しいのに。


 ──もう、ゴブゴブソードで戦おうかな。


 仕方ないのかもしれない。

 これで戦っても、悔いはない。


 そう思った。



「ル……クス」



 隣で目を閉じていたエレナが、目を空けてこっちを見てた。



「気が付いたのか!?」


「……」



 まだ意識は朦朧としてる。

 ただ、俺の上着の袖を掴んで、何か言いたそうにしてる。


 そして小さな声。



「……一緒に、帰ろう……ねっ」



 はっきりと、小さな声なのに、はっきりと訊こえた。

 一緒に帰ろう。それは生きて帰ろうということか。


 まだ、諦める時じゃない。


 俺は調合を続けた。

 ずっと続くゴブゴブソード。

 だけど諦めなければ、いつか神様が祝福してくれる。

 諦めるな。諦めるな。諦めるな。

 三人を助けるんだ。俺を信じてくれた三人を──。


『ゴブスレイヤーソード【Aランク】』


 やっと。やっとだ……。

 俺は薄く目蓋を開いているエレナの、薄いオレンジ色の髪を撫でる。



「俺がエレナを、皆を守るから。もう少しだけ待ってて」



 そう言うと、エレナはニッコリと微笑んだ。



「……早く、しなさいよ。馬鹿ルクス」



 そこは「頑張ってね」とかだと思うんだけど。

 そう思っていると不思議な笑いが出てきた。

 ツンデレのエレナらしい応援だ。それが力になってる俺はどうかしてる。



「二人共、下がっててくれ」



 立ち上がって歩き出す。

 苦しそうなヴェイクとサラは、俺の姿を見た瞬間、ニヤリとした顔に変わった。



「ケッ、いいとこ取りかよ」


「あーあ、やってらんないねぇ」


「そう怒らないでくれよ。二人の力があってこそなんだからさ」


「はいはい。まあ、俺達は休ませてもらうぜ。もう……限界だからな」



 ヴェイクとサラが後退する。

 ボスゴブリンが標的を俺に移行する。

 何か威嚇してるみたいだけど、何も頭に入ってこない。

 


「さあ、力を見せてくれよ」



 アイテム袋から一際大きな剣を取り出す。

 形状はサーベルに近い。には護拳ごけんである指と手を守る半円の大きなつばが付いている。

 だけど決して細い刀身じゃない。それに長さも1メートル以上はあると思う。



「だけど随分と軽いな」



 これぐらいの形状ならかなりの重さがあると思った。だけど

軽い──いや、軽すぎる。

 まるで木の棒を持ってるようだ。

 ビュンビュンと音を鳴らすように振っても、何の重みも感じない。



「ゴブゥアアアッッッ!」



 威嚇の咆哮を飛ばしながら迫ってくるモンスターの群れ。

 最初に攻撃してきたのは、剣と盾を持ったボスゴブリンだった。

 左手で盾を構え、右手で剣を振り下ろす。


 だけどなんだろう。全く怖いと思わない。


 武器が変わったから? そんな単純なものじゃない。

 この武器が強いのは、手に取ってわかった。


 剣を避けてボスゴブリンの左腕に一振り。


 たったそれだけ。

 なのにボスゴブリンの左腕は、スパッと薄紙のように簡単に斬れた。



「ゴブァ! ゴブァゴブゥバア!」



 真っ二つに切断した腕の切れ目から紫色の血がポタポタと垂れ、大きい腕は地面に落ちると音を出した。


 簡単。簡単だ。


 ずっと苦しめられてきた相手を圧倒してる。

 三人をこれで守れる。俺は強く──。



「いやいや、違うだろ」



 慢心するな。

 これは俺の実力じゃなくて武器の実力だ。

 ここで調子に乗って負けるなんてことはあり得る。真剣勝負に油断はいらないんだ。


 気を引き締め、迫ってくるボスゴブリンを迎え撃つ。


 動きがトロいのは助かる。避けながら攻撃する。一撃一撃は重いけど、その一撃をくらわなければ大丈夫だ。



「ハアッ!」



 ゴブリンスレイヤーソードを振り上げ振り下ろす。

 一撃、また一撃とボスゴブリンにくらわせれば、周りにいたゴブリンが脅えて逃げていく。



「グゥオアッ、グゥアッ」



 大きくて強大だったボスゴブリンは、膝を付いて地面に倒れる。

 剣と盾を持ったボスゴブリンを倒して、槍を持ったボスゴブリンを倒す。

 あと少し、あと少し。最後の棍棒を持ったボスゴブリンを倒して終わりだ。


 少し脅えて後退りするボスゴブリンへと走り出し、紫色の血が付いたゴブリンスレイヤーソードを構える。


 肘を引いて突きの構え。

 棍棒で防御されるが、それすら貫く。剣先はボスゴブリンの分厚い腹部を貫いた。

 断末魔が響き、もがき苦しむボスゴブリンは、俺を引き離そうと暴れる。



「まだだ!」



 そのまま上へスライドし、連撃をくらわせる。

 スパッ、スパッと斬れる剣。生気が徐々に失っていくボスゴブリンの瞳。

 消える。消える。必死に手を俺に伸ばして反抗してくるが、その両手は、俺に届くことはない。


 棍棒がボトッと音を鳴らして落ち、両手は力なく垂れる。



「ルクス……やったのか?」


「うそーん、なにこれ」



 ヴェイクとサラの声。

 俺は振り返って勝ちを伝えようとした。


 だけど右足がグラッと力無く崩れた。

 そのまま体も崩れる。なんだこれ?



「大丈夫か、ルクス!?」


「なんだ……これ? 体全体の血が薄くなってるみたいな、立ち眩み? みたいな感じだ」


「もしかして、力を使ったからかな? マナを消費しなくても疲労を感じる加護があるって、アタシ訊いたことあるよ」


「俺の加護もそうだから、そうかもしれねぇ。……だが、ルクスのもそうだっていうのか?」



 不思議そうにしてる二人が会話してるけど、何も耳には入ってこない。

 わからない。何を言ってるんだ?


 俺は横になった姿で、同じく横になってるエレナを見た。


 彼女は──嬉しそうに笑っていた。

 俺はそこで気を失った。

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