第25話 天国と地獄


 あれから少しの間、俺は二人に状況……というよりも、なんでラフィーネを助けたいのか、その理由を説明した。


 しかも正座。なぜか反省させられてる。


 まあ、ラフィーネがモーゼスさんに好意を抱いてることを早く伝えておけば良かったのかな、とか思わなくもないけど、それでも、ラフィーネの乙女心を考えると、このことは内緒にしておきたくなったのだ。



「……まあ、なんとなくは理解できた」



 ヴェイクはそう言って、座る椅子の背もたれに肘を付いて、窓の外から遠くを眺めている。

 明かりなんてたいして無い。真っ暗な景色。それなのに何を見ているのだろうか。まあ、外に何か気になることでもあるのだろう。



「年の差、四六……ありえない、絶対にありえない。いや、もしかしたら凄くダンディーな方で……それならアリ、めちゃくちゃアリかも……えへっ、えへへっ」



 サラはあれから別の世界にいる。

 呼んだら一度は戻ってくるんだけど、すぐどこかにいってしまうので、もう無視をすることにしている。



「とりあえず手伝う手伝わないは後にして、ルクス。あいつのとこに行って、俺達にした説明と同じことを、一言一句間違えないでしてこいよ」


「ん、エレナにか? でも、巻き込んだら悪いかなと思ってるんだよね」


「巻き込んでもらいたくないなんて、別にあいつは思ってないだろうよ。それよりも、お前がちゃんと説明しなかったことが問題なんだろ」


「えっと……どういう意味?」



 わからない。だって説明はした。ラフィーネを助けたいって。


 すると、ヴェイクもわからないといった困った表情をしてる。



「んー、まあ、いろいろとあってだな……なあっ、サラもそう思うだろ?」


「えへへっ、年上のダンディーな方と熱々な関係かぁ。いい、いいねぇ。しかもめちゃくちゃ年の差があるとか、それはそれで、もっと興奮するかもぉー」



 サラはまだ帰らない。

 二人でサラを見てたんだけど、ヴェイクはそのまま固まって、ゆっくりと俺を向いて、



「まあ、そういうことだ」


「どういうこと!?」



 わからないよ!

 ただあいつは妄想にふけってるだけでしょ!



「とにかく、エレナに話してこい。この話はそれからだ」


「わ、わかったよ……」



 わからないけど、とりあえずわかったフリをしよう。

 俺は立ち上がり、ラフィーネを見る。



「なんとか頑張ってみようね」

  

「は、はいなのです……ありがとうなのですっ!」



 満面の笑み。心細かったのかな。

 こんなとこで一人ぼっち、そりゃ心細かったよな。

 だけどもう大丈夫。いや、わからない。むしろ全然大丈夫じゃない。だけど、もう一人にはしないから安心してほしい。


 そして俺は、一人出て行ってしまったエレナの元へ向かう。


 たしかに何か行動するなら、まずはずっと付いて来てくれたエレナに、ちゃんとした理由を伝えるべきだったよな。

 俺に何の好意を抱いてないとしても、それでも俺自身は彼女の事が好きだから。彼女がめちゃくちゃ好きだから。


 本当は付いて来てほしい。……だけど言えない。


 本当は離れたくないけど、彼女を危険な目に合わせたくないって気持ちの方が勝って、彼女に付いて来てと言えなかった。


 だからあの時、エレナの手を掴もうとした手が、力無く下がった。









 ♢








 バカ。

 バカバカバカ。

 大バカルクス。


 何よ、あんな年下が好きだったわけ。

 それに……あんな大きな胸のどこがいいのよ。

 たしかに柔らかいよ。だけど柔らかいから何よ。

 別に……私のだって揉めなくはない。


 プニッ?


 自分のを揉んでみたら、少ししか感触がなかった。



「お母さんも貧乳だったもんね。はあ、なら仕方ないってね」



 ないものねだりはよくない。いつもそう。

 だけど……はあ。どうすんのよ。どうしてくれんのよ。

 この三ヶ月。いや、もう少しで四ヶ月。ずっとルクスに付き合ってきたのに、ポッと出のロリ巨乳に奪われるわけ? 


 私の……玉の輿計画。



「まっ、別にいいわ」



 金持ちも才能溢れる人も、そこら辺に一杯いる。

 別にあの『胸大好きルクス』一人だけじゃない。一人じゃ……ないのよ。



「なのに、なんで……」



 私はこんなに悲しんでいるのか。

 わからないけど、ルクスと離れることが怖くなってるのかもしれない。



「……やっぱりここに居た」



 宿屋の屋根に上って、セーフエリア全体を見下ろしている私。

 別に二階だからそこまで最高の景色でも、ましてや、空も海も何も見えない、見えるのは薄暗い家だけ。だから、あまり綺麗だとは思えない。


 そんな場所で声をかけられた。

 相手は……まあ、あのロリ巨乳好きのバカだろう。振り返らなくても、こんな時に屋上に来る奴なんてアイツしかいないんだからわかってる。



「隣、座ってもいい?」


「……好きにすれば」



 なにか釈明しに来たわけ?

 今更なにを言われても、私の中ではもう決まってるのに。



「……それで、なに? 正式にラフィーネが好きって伝えに来たわけ?」


「……えっ? ん、えっと」



 なんか困った表情をしてる。

 図星。図星かこのバカ。



「えっと……別に、俺はラフィーネが好きなわけじゃないよ」


「あっそ。もうどうでもいいけど」


「……そっか、だよね。俺はさ、ラフィーネの力になりたいんだ。どんなに馬鹿な、無謀な挑戦だとしてもさ」



 愛情があれば何でもできる、とかそんな感じか。

 私にはわからない。わかりたくもない。そんな見えない愛情とかいうのに命を懸けるなんてバカのすることだ。



「あんたがそれでいいなら、そうすれば?」


「エレナは……ここに残るのかな?」


「……さあね。わからないわ、今は。少し考えてから決めようかしら」


「そっか……」


「それで、わざわざそれを言いにきただけ?」



 そう訊くと、ルクスは「あっ」と間抜けなほどに口を丸く開けた。



「ヴェイクに理由を伝えに行けって言われたんだよ」


「理由……あっそ」



 あの男、とどめを刺しにきたのね。



「それで?」


「俺はモーゼスさんに小さい頃から剣を教わってたんだ。それで沢山の恩があるんだ。それと……」


「それと?」


「ラフィーネが、モーゼスさんの事を好きだから、どうしても二人を一緒にしてあげたいんだ」


「ふーん、そうなんだ……ん?」


「ん?」



 なんて言った、こいつ。



「ごめん。今なんて言ったかもう一度だけ訊いていい?」


「えっ、ラフィーネがモーゼスさんを好きってとこ?」


「そう、それっ!」



 聞き間違えじゃない。

 えっ、でも有り得ないでしょ。



「モーゼスさんって人が、ラフィーネを好きって話しじゃなくて?」


「違うよ、ラフィーネがモーゼスさんを好きなのさ」


「へ、へぇー、そうなんだ」



 いやいや、何こいつ、普通な顔で意味不明なこと言ってんの!?



「ねぇ、それが変だなーとか、おかしいよなーとか思わない?」


「えっ、何も? 何か変なの?」



 いや、まあ、恋愛は自由だけど。

 ……年の差なんぼよ、普通は有り得ないでしょ。


 固まってる私をよそに、ルクスはなんか語り出した。



「ラフィーネの両親ってさ、まあ、薄々気付いてると思うけど、ちょっと変わってるんだよね。よくラフィーネを置いて二人で旅行したりしてるんだ」



 いや、親ならラフィーネも連れて行きなさいよ。



「それでさ、よく俺がモーゼスさんと剣の稽古してる時に、ラフィーネが覗きに来るんだよね。それで『どうしたの?』って訊いたら『家に誰もいないから暇なのです』って笑って言うんだ。だからよく三人でいることが多かったんだよ」



 いや、なんでその理由で笑えるのよ。てか、それ両親が悪いよね、絶対に。



「それからすぐに、ラフィーネがモーゼスさんの事を好きだって訊いて──」


「ちょ、ちょっと待って!」



 飛んだ。話が飛んだ。重要なとこが消えたよね!?



「その話を訊いてて、変だな、とか思わなかったの?」


「いや全く。あっ、でも、なんかうすうすそうなのかなって、ラフィーネって年上好きなのかもなってのは思ってたよ」



 それ……両親からの愛情が薄いから、年上に両親の姿を抱いてるとか、そんな感じじゃない? 

 私は無かったけど、そういうの、両親がいない人に多いって訊いたことある。


 隣で何の疑問も抱かないでベラベラと、まるで自分のように嬉しく話すルクスには、そのおかしな点だらけの思い出話に、何の違和感も感じてないんだろうな。



「だから俺は、ラフィーネの恋愛を応援したいんだよね。好きな人と一緒にいられないのって、辛いじゃん」



 ルクスはそう言った。

 そうかもね。好きな人とは一緒にいたいかもね。

 だからってルクスが危険な目に合わなくてもいいと思う。あんたがそこまでする必要はない。

 止めたい。そんな馬鹿なことはするなって。だけどここで止めて、ルクスはわかったなんていう返事はしない。


 こいつはそういう男。他の男とは少し違う、馬鹿な男なんだ。



「わかったわよ。じゃあ私も手伝ってあげる」



 そしてルクスの力になりたいと思った私も馬鹿なんだろうな。

 理由はわからないけど、助けたい理由を訊いたら安心した。


 玉の輿計画──延長ね。



「いや、だけど危ないから」


「危ないとこに一人で行くんじゃないわよ。それとも、あの時の約束を今すぐに叶えてくれるわけ?」


「約束って……世界樹の最上階をプレゼントする話し?」


「当たり前じゃない。もし今すぐプレゼントしてくれるなら、一人で馬鹿みたいに迷宮牢獄に行ってきてどうぞ?」



 まあ、無理でしょうけど。



「いや、それは……」


「じゃあ残念。私も付いて行くわね」


「だけど危ないんだけど……」


「仲間の誰かが捕まったら助ける。そうやってあんたが言ったんでしょ。だったら、あんたが私を助けなさいよ」


「……もう少し助けてくれ、みたいな態度をしてくれると有り難いんだけど」


「なんか言った?」



 睨みつけると、ルクスはブンブンと首を横に振った。



「でも私はいいとして、あの二人が手伝ってくれるかは微妙よ? 三人じゃあ、絶対に助けるなんて無理だからね?」


「そうだよなぁー。なんとかしないと」


「まっ、そこは要相談ってとこで。さて」



 私は立ち上がる。なぜだか気分はいい。



「早く戻ってご飯にしましょ? お腹空いたわ」


「たしかに、まだご飯食べてなかったな。四階層のメインは何料理かな?」


「クスクス料理じゃないかしら? でも私、クスクス苦手なのよね。なんか食べてたら笑われてるみたいで。あのクスクスって」


「エレナはクスクス嫌いだもんね」



 そんな他愛もない話をしながら三人の所へと戻ったのを覚えてる。

 モヤモヤした何かが消えて、帰ったら年上好きのラフィーネをナデナデした。

 これで問題解決。あー、スッキリした。


 ──そう、なるはずだったのに。




「誰かとお風呂に入るのって、久しぶりなのですっ!」


「……」


「……エレナ、かお。めっちゃ顔に出てるよ」



 温泉はここには無かったから、女性陣三人で交流を深めるために宿屋のお風呂に向かった。


 だけど──入らなければ良かった。私の中で何かが壊れた気がする。 

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