第26話 キャッキャフフフと二人の部屋

 なんなのよこれ。

 なんて仕打ちよ。

 どうしてこんな事になったのよ。



「……エレナ、そんなにラフィーネを睨んじゃ駄目だよ」


「はっ? 私がいつ睨んだのよ。意味わからないんだけど」


「……いや、まあ、はい。でもラフィーネは悪くないんだよ。ただ、ちょっと胸が大きかっただけで──」


「ちょっと!? あれのどこがちょっとなのよ!?」



 私は指を差す相手、



「ふんふんふーん」



 鼻歌を口ずさみながら、髪に大量の泡を付けて洗ってるラフィーネの、あの露わになった胸は、決してちょっと大きいだけじゃない。

 まるで……そう、スイカ。大きなスイカが二つ付いてる。

 反則。あれは反則よ。脇を締めたらプニッした柔らかい感触なのが、見てるだけでわかる。それに形もいい。


 私はそんな彼女の裸体を凝視しながら、広々とした湯船に浸かる。



「ぶくぶくぶくー」


「エレナ、行儀が悪いよ」 



 口から上だけを出して、ぶくぶくしてたら、隣で頭にタオルを乗せたサラに言われた。

 その体を横目で凝視。ああ、こいつも敵だ。



「……サラも大きいわよね」


「えっ、ま、まあね。だけど……ほら、エレナのって、形がいいよね。なんか綺麗で、いかにも戦う女っぽくてさ」


「要するに凹凸がないって言いたいの? 邪魔な膨らみがないって言いたいの?」


「い、いや、その……」


「あるわよ。ちゃんとあるわよ。ちょっと小さいだけで、ちゃんとあるわよ」


「……卑屈すぎだって、エレナ」


「何の話をしてたのですか?」



 サラとのしょうもないやり取りをしてる途中、ロリ巨乳が帰ってきた。

 小さい体にタオルを巻いてるから、あちこち無駄にフィットして、裸体なんかよりも余計エロく見える。胸とか、胸とか、お尻とか。


 はあ。止めよ。なんかオッサンみたいだ。


 私は湯船のお湯で顔を洗って、ラフィーネを隣に座らせる。

 左からサラ、ラフィーネ、私の順で座って、三人共の顔が背中の湯船の縁の石畳に乗って、少し斜め上を見つめる。



「はあー、やっぱり誰かと入るお風呂は気持ちいいのですねぇ」


「ラフィーネはずっと一人だったのよね。寂しくなかった?」


「寂しいか寂しくないかで訊かれたら、やっぱり寂しかったのです。だけど私が人見知りなので、世界樹に入っても誰とも仲良くなれなかったのです」


「そういえばさ、なんでラフィーネは世界樹に挑もうと思ったの? こう言っちゃあれだけど、なんか探索者っぽくないじゃん」



 するとラフィーネは、のほほんと天真爛漫な明るい表情をしていたのに、少しだけ悲しそうに眉を下げた。



「モーゼスさんが、元々は探索者をやっていたらしいのです。それで、亡くなった奥さんのお墓が世界樹の中にあるって言ってたのです。だからモーゼスさんと一緒に、その奥さんに会いに行こうとしてたのです」


「そうだったんだ。ごめんね、なんか変なこと訊いて」


「い、いえいえ、別になんとも思ってないのですよ!」



 サラが謝ると、首をぶんぶん横に振るラフィーネ。


 まあ、六〇代なら結婚しててもおかしくないわよね。だけど亡くなってるか。私の両親とは違うけど、世界樹の中で奥さんか旦那さんを亡くす人は多いって訊くな。

 その時に、世界樹の外に連れて出る人は少ないってのも訊く。理由としては危険だから……荷物、なんて言い方は失礼だけど、大切な存在を持ったまま階層を一階まで下りるのは難しい。だから決まった階層に埋葬する人が多いんだとか。


 何階層にお墓があるんだろ。だけどこれ以上は、本人といないし訊いちゃマズいかな。


 私はしょんぼりするラフィーネの頭を撫でる。

 モフモフでふわふわした黒髪。髪の質量が多いのかな、抑えつけても何本かぴょんぴょん跳ねてて可愛い。



「あ、あの……エレナさん?」


「ああ、ごめん。なんでもないのよ」



 胸は大きいけど、なんだか妹ができたみたいで嬉しいかも。

 私は少しの間、ラフィーネの頭を抱き寄せていた。







 ♢







「助け出す方法がないわけではない」



 椅子に座るヴェイクはハッキリと言い切った。


 女性陣はお風呂に行ってる。今頃キャッキャウフフな事をしてるのだろう。羨ましい。誰が好き好んで、こんな大柄な男と二人、部屋で話をしなければならないのか。


 ──だけどそれは、さっきまで思っていたことであって、今は話を訊く気しかない。


 助け出す方法がある、そんな感じの雰囲気を出してるから、俺はヴェイクをジッと見る。



「……その方法は?」


「まず迷宮監獄の説明な。収容されてる者は犯罪者しかいない。罪状は人それぞれだが、かなり野蛮で凶暴な奴らしかいない」


「う、うん」


「だが、それよりもっとヤバいのは、そいつらを監視してる監視長だろうな」



 監視長。その名前だけでもヤバいのが伝わってくる。

 あれか。鞭を持ってペシペシしてる、あれか。もしそうなら、かなり怖いな……少しエッチなイメージもあるけど。



「監視長ってのは、沢山いるのか?」


「いや、監視長自体は一人しかいない。監視員はめちゃくちゃいるけど、そいつらは、そこまで危険な奴らじゃないな」


「へぇ、なんだ一人なのか」


「いや、その一人が一〇〇人以上はいる犯罪者を抑えつけてるんだぜ? 一人だって思って余裕ぶってないほうがいいぜ?」



 ヴェイクは鼻で笑った。

 そして人差し指を突き上げ、



「ボスゴブリンの強さ、覚えてるか?」


「当たり前だよ。めちゃくちゃ強かった」


「監視長はあれの五〇倍は強いな」


「……五〇」



 めちゃくちゃリアルな数字だ。一〇〇倍なら「嘘だあー」と言っていたけど、五〇倍なら「おっ、そうか」ってなってしまう。

 まあ、ヴェイクのこういう時の真剣な表情は、嘘を言わない顔だ。この例えは本当の話なんだろう。



「つまり、その監視長に見つかれば……?」


「さようなら。というわけだな」


「軽い。めちゃくちゃ軽いぞ」


「実際問題そうなんだから仕方ねぇだろ。それに、この五階層の監視長はかなり厄介だぞ」


「厄介? へぇ、ヴェイクはその人のこと知ってるの?」


「……いや、知らねぇ」



 ヴェイクの目が右へと泳ぐ。

 知り合いだ。しかも仲良かったとか、何かしらの因縁があった相手だ。

 どうする。ここは訊くべきか? だけど答えてくれるかな……。



「本当に知らないのか?」


「……ああ、知らねぇ」



 今度は目が左に泳いだ。

 知り合いだけど、教えてくれないようだ。

 仕方ない。ここはあえて訊かないであげよう。



「わかった。じゃあその、ヴェイクが言ってた助け出す方法ってのを教えてくれないか?」


「いいぜ。要するに、迷宮監獄ってのは、犯罪者と監視員が沢山いる場所なんだ。だから──」



 ヴェイクはなぜか溜めた。

 溜めて、溜めて、溜めて。

 めちゃくちゃ、もったいぶってから、



「サラが監視員に変装して侵入、んで、モーゼスとやらを助ける。勿論、犯罪者役のルクスも一緒にだ」


「……ん?」


「……あ?」



 どうやら、このわけわからない方法が、ヴェイクが自信満々に考えた方法だったらしい。

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