第27話 モルっ?
「一つ訊いてもいいか?」
「ん、なんだ?」
ヴェイクは首を傾げていた。
何もおかしくない。何も俺は変な事を言ってない。そんな顔だ。
「その作戦、結構キツくないか?」
「……じゃあ、他にいい方法があるのか?」
「いや、ないけど……。あっ、あれは? ヴェイクの加護で視界に入らないまま目的地まで向かうとか」
「俺の加護には、使える時間と人数ってのがあってだな、長い時間使うのも、人数が多すぎるのも、かなり疲労感があってキツいんだよ。だから全員を隠して、巨大な迷宮監獄を案内するのは無理だな」
「……そうか」
消えて進めればどれだけ良かったか。
まあ、それが無理なら、ヴェイクが言った『サラの加護で上手く侵入』ってのが、一番候補としてはいいか。……大暴れして救出、なんてのは無理だしな。
「だけどさ、侵入なんて簡単にできるのか?」
「ん、それはたぶん、できるんじゃねぇか? てか簡単だと思うぞ」
「そうなの? てっきり監視されてるから難しいのかと思ったよ」
「監視長がめちゃくちゃ強い奴だから、その下に就く監視員の奴らは昼夜のほほんとして、そこまで警戒してるわけじゃないんだよ。現に、侵入も脱獄も、全くと言っていいほどないんだからな」
「そうなんだ。じゃあ監視長に見つからなければ、いける?」
そう訊くと、ヴェイクはニヤリと笑って頷いた。
♢
次の日の朝。
俺達は宿屋のすぐ側の軽食屋で朝ご飯を食べていた。
「つまり、ヴェイクもルクスの馬鹿に手を貸すってことなのね」
クスクス料理は嫌い。
そう言っていたエレナは、クスクスの産んだ卵の料理である《ゲッフェディノルテ》を食べていた。
全体的に黄色がかったケーキ。ほんのり甘くて、エレナは三、四階層の朝食は必ずこの料理を食べる。
「んー、じゃあこの流れ的にアタシも手を貸す感じだよねぇ」
サラも同じくゲッフェディノルテを食べてる。
二人はよく、朝からこんな甘ったるいものを食べれるな、と感心する。
だけど前、二人に『凄いね』と言ったら、逆に『ルクスみたいに朝から脂こってこてのステーキを食べるほうが変だよ』と言われた。
朝昼夜に肉肉肉。脂こってこてのステーキが俺には合う。体づくりは欠かさない。
「お前はルクスに恩があんだろ。手を貸さねぇと、また一階層まで下りることになんぞ」
ヴェイクの朝はコーヒーのみと、かなり渋く決める。
ヴェイク曰わく『朝は固形物が喉を通らない』だとか。だけどその代わり、昼と夜は馬鹿みたいに食べる。それはもう、馬鹿なんだろうなってくらい。
「ちぇ、わかってるよ、そんぐらい」
「……なにその恩っての。何かあったの?」
「いや、いやいやいや、何もしてないって、エレナ。よ、よし、お姉ちゃんも手伝ってあげるからね、ラフィーネ」
「は、はいなのです! ありがとうなのですっ!」
俺と同じく朝からステーキを食べるラフィーネは、勢いよく頭を下げる。
一回、二回、三回。頭を下げる度に、隣に座るエレナが料理に髪が入らないように抑えている。
いつもの朝食に、ラフィーネを加えて賑やかになった。
「それじゃあ、今日中に五階層に上がれるように頑張ろうか」
「おっ、リーダーらしくなったじゃねぇか。だけどな、そういう気合い入れた時に限って、エリアボスとかに遭遇すっから、気を付けろよ?」
「うわっ、なにそれ。あんたがそういう事を言うと、変なのに遭遇する可能性上がるじゃない」
「んなの、関係ねぇだろ。それより、さっさと出発しようぜ」
ヴェイクが立ち上がる。
エレナも、サラも、ラフィーネも。そして俺は……。
「あの、まだ食べてないんだけど……?」
誰よりも多くの量を食べるけど、誰よりも食べるのが遅い。
皆の背中が遠くなっていく。悲しい。俺を忘れてるのか。いや、ヴェイクとサラはわざと俺を置いていったんだ。あいつらは笑って俺をチラッ、チラッと見てる。しかもラフィーネを振り向かせないように抑えつけて。
「くそっ、なんでこんな……」
「……ねぇ、悲しんでないで、早く食べなさいよ」
エレナが腕を組んで俺を見下ろす。
呆れた顔でため息。だけど優しい。これはまさか、
「デレてるのか?」
あの冷たいエレナが、俺がご飯を食べ終わるのを待ってるわけない。
そんな優しい性格じゃない。こんな優しいことはしない。
変わった? まさか……ありえない。
「……あっそ、じゃあ置いてくわよ?」
「あ、ごめんごめん、なんでもないから」
俺は急いで食べる。
それはもう、噛まずにだ。その様子を、エレナは目の前の椅子に座って見てる。
足を組んで、頬杖を付いて、俺を横目でジーッと見るエレナは、一体どんな気持ちなのだろうか。
いや、考えてもわからない。理由を訊いたら怒られそうなので、俺はただ急いで食い続ける。
♢
モンスターエリアというのは、どこもかしこも変わらない。
三階層だからって、四階層だからって、まるで洞窟のような道に変化はない。
だけどやっぱり、モンスターには少し変化があった。
「なんだこれ……」
少し歩いてから、俺達はモンスターと遭遇した。
ハリネズミみたいな姿で、人を馬鹿にするような笑い声を発するクスクス。
それに一、二階層で見た灰色ゴブリン。
そして三階層で見た二足歩行の茶色の毛がふさふさした犬、ウォーウルフ。
この三種類が同時に現れた。
それも仲良さそうにだ。違う種族なのに……。
「この四階層はここまでのモンスターが一斉に現れるから、それぞれ違ったタイプのモンスターだから気をつけろよ」
と巨大な斧を掲げたヴェイクはニヤニヤと笑う。
「はあ、またあのクスクスが出てくるのね」
ため息をつきながら槍を構えるエレナ。
「アタシは小さいのが無理なんだよね。魔銃の使いどころが難しいから」
二丁の魔銃の引き金部分に指を入れて、クルクルと回すサラの口からは不満の言葉しか出ない。
「……ふぅ。よし、やるか」
仲間が増えたからって安心はできない。
モンスターにはそれぞれ特徴がある。
ゴブリンは知能が乏しいけど、身体能力が人間に似ている。
ウォーウルフは力が強くて、長い爪と鍔迫り合いはしたくない。
クスクスは攻撃も防御もしてこないけど、動きが速くて錯乱させてくる。
単体ならそこまで脅威じゃなくなった。だけど一度にくると厄介だ。
それに……。俺の武器は『クスクスした短剣』ランクEだ。
前のゴブリンソードよりもかなり短くて、言ってしまえば包丁みたいな武器。ずっと剣で稽古してきた俺にとっては、かなり扱いにくい代物だ。
だけど、このクスクスした短剣を手に入れてから、俺は決めた。クスクスが小さいから短い剣が生まれた、というのがヴェイクの見解らしい。だから選り好みしたら駄目なんだって。きっとこれから、俺の望んだ形の武器が出てこないことも沢山あるはずだ。
だから今回のように、ゴブリンソードとクスクスを調合して刀身が短い剣が出てきたように、剣が素材だからといって、剣と名の付く物ではあるけど、モンスターによっては色々な形状に変化する可能性だってある。
だから慣れるんだ。全ての武器の形に。
「ラフィーネはここで待ってて。俺達で倒すから」
「え、あの、ルーにぃ」
ラフィーネにそう伝え、俺は前に出る。
彼女はプルプルと震えていた。それはまるで、小動物のようにだ。そんな彼女の可愛さに、俺は守ってやりたいと思ってしまった。カッコいい言葉を言えた。そんな風に自分では思ってる。
それに、ラフィーネは昔から悲しいくらい鈍臭い。
俺と一緒にモーゼスさんに稽古を付けてもらった時に見た感じだと、近接戦闘は無理だ。
加護のお陰で魔法が使える、って可能性は〇じゃないけど、それもどうかわからない。
「お願い、皆を助けて『モルルン』」
『モルルッ!』
だからラフィーネは俺が守る。
外れ加護とか言われたけど、それぐらいはできるんだ。
『モルモル、モルルン!』
「……えっ、なにその大きなネズミ」
「ふへぇー、これまたおっきいねぇ。ハムスターかな? ちょっと可愛いね」
「これはモルルンなのです! 私の家族なのですっ!」
「……動物を使役する加護か?」
自分が皆を守れるほど強いとは思わない。それでも、ラフィーネだけは絶対に守ろう。
きっとラフィーネも支援加護だ。それならいつか、戦える時がくるかもしれない。
俺は前に出て短剣を構える。
「……よし、皆いくよっ!」
『モルルルゥゥッ!』
ん? なんだ?
なんか背中から低い鳴き声が訊こえたぞ。
しかも俺の真後ろに何かいるのか、大きな影ができてる。
まさか、
「エリアボスか!?」
俺は勢いよく振り返る。
すると、お腹辺りの毛が真っ白くて、背中辺りの毛がオレンジ色のモンスターが、二本の前歯を出して俺を見下ろしている。
デカい。なんだこれ?
この可愛いハム助が、この階層のエリアボスなのか?
俺は首を傾げる。
「なんだ……お前は?」
『モルッ?』
いや、なんでお前も、首を傾げるんだ?
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