第28話 ラフィーネの加護
俺の後ろにいたのは巨大なハムスター。
しかも首を傾げて、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「おい、ルクス。来るぞ!」
「あ、ああ」
とりあえず、このハム助は攻撃してこないようだから無視しよう。
そして俺達は走り出す。
向こうは四体。
ゴブリンが一体。クスクスが一体。ウォーウルフが二体。
ヴェイクは苦手意識のあるモンスターはいないけど、エレナとサラには苦手なモンスターがいる。
「クスクスはパス! 私はゴブリンを相手するから」
エレナはゴブリンに向かって走る。
エレナはクスクスとウォーウルフが苦手だ。だから自動的にゴブリンの相手をすることになるんだけど、
「ゲッ、アタシもゴブちんが良かったのにぃー」
「サラはクスクスの注意を引いてくれ!」
サラは動きの速い奴は苦手だ。だからゴブリンが良かったと嘆いてる。
だけどゴブリンは一体。それにクスクスの注意を引ける者がいるのは有り難い。サラは「チェッ」と舌打ちすると、すぐさま自分の加護である
クスクスにオスとメスがあるのか? と思う。それをサラ自身はっきりと理解してないみたいだけど、クスクスに化けたサラを見て、興奮してるのか、それともじゃれたいのか、クスクスの注意は、完全にサラに向いている。
「よし、じゃあヴェイクと俺で……」
『モルモルッ! モルッ!』
なんだ。『僕も戦う!』とハム助が言ってるような気がする。
逞しい大きなハム助は、キリッとした顔を俺に向けてくる。なんだこの凛々しい顔は……。
「ル、ルーにぃ。モルルンも、戦うのです!」
「モルルン? って、そんな危ないモンスターの上に乗っちゃ駄目だよ」
「この子は、私の家族なのですっ!」
家族って……でも、あれ。たしかラフィーネは小さい頃からハムスターを飼ってたような……しかも、その名前がモルルンだったような。
「ルクス、よそ見すんなよ!」
「──ッ!」
モルルンとやらとラフィーネに気を取られて、ウォーウルフを無視してたら、何か怒って殴ってきた。
それをクスクスソードでガードする。
ふさふさした毛が邪魔で、拳を防いでも肌は斬れない。まるで堅い毛でガードされてるみたいだ。
俺は一度振り払って距離を開ける。
ヴェイクがもう一体のウォーウルフを。
そしてなぜかラフィーネを乗せたハム助が、もう一体のウォーウルフを相手にしてる。
「もう、訳が分からない。だけどとりあえず……」
こいつを倒そう。全てそれからだ。
俺は左手を前に出し、短剣を握りしめる。
軽くて短い剣なんだから二本用意すれば良かったのだけど、この世界樹の中の武器は何でもかんでも高い。だから金の無い俺はまだ、一本しか武器を持っていない。
それに慣れない短剣を二本、全く別々の動きをさせながら扱うのは、俺の経験では無理だ。
練習をしなくちゃ、と思うけど、モンスター相手には練習できない。だからまずは一本で、相手の動きをよく見て戦う。
逆手よりも普通に持った方が振り抜きやすい。
一撃一撃は軽いけど、剣よりも速度がある。
ゆっくりと近付くウォーウルフに、速度で圧倒する。
「グルルルルルッ!」
威嚇するウォーウルフ。
だけど攻撃してくる気配はない。
大きな手を広げ、犬みたいな二足歩行のモンスターは、血走った目で俺を睨む。
こいつは、このウォーウルフというモンスターは、かなり臆病な性格だ。
自分よりも強い相手には戦いを挑まない。背中に隙があればそこを狙ってくる。
臆病、というよりはかなり卑怯なモンスターだ。それ故に、隙を作るのは良くない。
集中して。集中して。
周りは気にしないで自分のリズムに持っていく。
「よしッ!」
自分のタイミングで駆け出す。
ジャリッ、とした地面の砂を蹴りだすと、ウォーウルフは一瞬だけピクッと体を反応させ、逃げようと左足を下げる。だけど、すぐに俺を迎え撃とうと両足に力を込める。
嫌なほど、ピリピリした空気だ。
それでも、俺は短剣を少ない動作で何度も振り抜く。
斬り下ろし、斬り上げ、また斬り下ろす。
ウォーウルフに後方飛びで避けられても、次の攻撃をくらわせれば、こいつは反撃に転じられない。
反撃される前に倒す。
だが、幕切れは呆気ないものだった。
「モルッ?」
ポヨン。
丸々太ったハム助の横腹に、ウォーウルフの背中が当たる。
モンスターなのに、今だけはイラッとしたのが見てわかる。
だけどここが攻め時だ。俺は短剣を素早く突き刺す。
ムキュ。
肉の壁を貫き、そのまま上下に動かす。
モンスターにも心臓があれば、その部分。苦しみだすウォーウルフを左手で抑え、息の根を止める。
嫌だ。死にたくない。殺すな。
殺られるくらないなら殺ってやる。人間が。このやろう。
その抵抗心の感情が、犬の顔をしたウォーウルフから伝わってくる。
ガッと開いた牙から涎と血が混ざった液体が流れ、グググッ、という擦り切れるような鳴き声を発する。
そしてバタン。
ウォーウルフは、そのままゆっくりと倒れる。
まだ手に感触が残る。こればっかりは慣れない。
だけど慣れよう。それが俺の生きていく道なんだ。
それに、今はやることがまだある。
「次は……」
エレナにはヴェイクが向かってる。
ラフィーネとハム助は終わってる。どうやらウォーウルフは倒したらしい。
となると。
「サラ!」
「ちょ、ルクス助けてよっ!」
俺はクスクスから逃げ続けるサラへと走る。
円形のエリアの壁際を走っている二匹。
別にサラは速くはない。姿は変わっても、身体能力はそのままだからだ。
なので、トテトテと四足歩行で頑張って走ってるけど、すぐコテンと転ぶ。
それを本物のクスクスが笑ってる。攻撃してこないのが助かるとこか。
そして俺は二匹に追いつこうと走ると、サラは、
「ルクス、後は任せたよっ!」
俺に向かって走ってきた。
前にもこんな連携をしたから、何を任されたのか、何をしようとしてるのかはわかってる。
だから俺も、短剣を持ってサラへと走る。
そして交錯する瞬間、サラは元の姿に戻って俺の後ろに隠れる。
俺はそのまま、サラを追いかけていたクスクスに一撃をお見舞いする。
いくら速くても簡単には止まれない。俺へと走ってくるクスクスの、その小さな体に短剣を突き刺した。
「さっすがルクス、わかってんじゃん」
後ろに立つサラはニコニコとしてる。
そして他の皆も集まってくる。
「かかった時間は五分くらいか? 上出来なんじゃねぇの」
「そうね。だけどやっぱり、サラが役に立たないわね」
「ちょ、アタシだってちゃんと役に立ってたでしょ!? ていうか、アタシはこんなちっさい奴を相手にするのは得意じゃないの! もっと大きな奴じゃないと全然、燃えないのっ!」
「へぇ、じゃあその時は期待してるわね」
「えぇえぇ、そん時はこのアタシに任せなさい!」
サラは大きな胸を張って、右手を心臓部分に当て誇らしげにしている。
ただ、ぽよんっ、みたいな胸の揺れが気になって、あまり頼りたいと思えない。つかエロい。めっちゃエロい。
「……チッ」
なぜかエレナの舌打ちが聞こえたが、まあ、これは空耳か。
「それより」
俺は大きなハムスターに乗るラフィーネを見る。
「そのハム助は何? ラフィーネが飼ってたハム助なの?」
「そうなのです! この子はモルルンで、私を助けてくれる子なのですっ」
そう言って、ラフィーネは乗り物から降りるようにゆっくりとハム助から離れ、そして地面に足を付けると、大きかったハム助はみるみる小さくなっていく。
そしてラフィーネの手の平に乗ったハム助は、正真正銘のハムスターの姿に戻った。
「私の加護は
「へぇ、じゃあ」
エレナは手の平に乗ったモルルンの頭を撫でる。
「この子にだけ力を与える加護、そんな感じなの?」
「そうなのです。モルルンは大きくなったり、力持ちになったりするのです」
「それって動物だけなのか?」
ヴェイクは斧を肩に乗せ言う。
「はいなのです。この力に気付いたのが小さい頃なのですけど、夢に大きくなったモルルンが出てきたのです。それから少しずつ、モルルンを強化できるようになったのです」
「なるほどな。じゃあ、強化できる限界ってわかるか? どれくらい大きくなるとか、どれくらい力持ちになるのかって」
「……いえ、まだわからないのです。小さい頃からこの子を強化してるのですが、少しずつ、力を与えられてる気がするのです」
「えっ小さい頃から?」
俺とラフィーネは小さい頃から一緒にいる。
だからラフィーネがハム助を飼っていたことも知ってる。その時から、そのハム助に『モルルン』って名前を付けていたことも……。
じゃあ、
「このモルルンって、今いくつなの?」
ハムスターの寿命は短い。
亡くなったら新しいのを飼う。その考えをラフィーネは嫌がる。昔飼っていた犬が亡くなった時、ずっと泣いて部屋から出てこなかった。その時、その代わりと言ってはなんだが、ラフィーネを癒やしたのは一緒に飼っていたモルルンことハム助だ。
ラフィーネはもう別のペットはいらないって、泣きながら言っていた。だからハム助以降、何のペットも飼ってないはず。
じゃあ三才から飼っているモルルンを……あのモルルンはずっと、ラフィーネの側にいるってことか?
すると、ラフィーネは首を傾げ、難しい表情をしながら、
「わからないのですが、モルルンに寿命はないみたいなのです」
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