第15話 伝わらない言葉
「あはっ、あははっ、これ気持ちいいっ!」
ゴブリンが現れて、俺達が走り出す。
戦いが始まってまだ五秒ほどしか経っていない。
それなのにもう、ゴブリンの姿はない。
いや。いるけど、生きてはいないというのが正しい。
「これは、凄いな」
「えほっ、えほっ。これが魔銃なのね、なんだかあれね、めちゃくちゃな力ね」
モンスターエリアに蔓延する灰色の煙にむせるエレナは、手で払って隣に立つ。
「いや……こんな威力の魔弾は見たことないな」
「そうなのか?」
ヴェイクが口を抑えながら言う。
現状を作り出した張本人は、二丁の魔銃を天井にかざしてご満悦だ。
「こんな高威力の魔弾は初めてだよ! 凄い、いやいや、ヤバいよこれっ! あはっ、あははっ!」
壊れた変態は高々と笑う。
結果として、サラの魔銃の一撃で三体のゴブリンとの戦いは終わった。
まず、走り出したサラが「試し撃ちさせて!」と言い、ゴブリンに狙いを定める。
無詠唱だから早かった。返事をする前に銃口から眩しい赤色の光が放たれる。気付いたらもう、その光はゴブリンに向かって飛んでいた。
たった一発でこの威力は尋常ではない。
そして、魔弾の威力を知ってるヴェイクもサラも、この力はいつもとは違ったらしい。
狂った変態は瞳を輝かせながら俺へと近寄り、手を握られた。
「ルクス、これ凄い!」
それだけで言いたいことはわかった。
俺は笑顔を返していると、横から冷たい何かを感じた。
「……えっと」
「何?」
「いや、その、なんか視線を感じて……」
「……ふふっ」
ニコッと笑ったエレナ。
その笑顔がどれほど怖いものか。
「良かったわね──変態」
吐き捨てられた言葉が、グサリと刺さる。
ふんっ、とエレナはスタスタと俺から離れていく。
「もう、エレナは意地っ張りだねぇ」
「おい、サラ」
ヴェイクが腕を組みながら、小さな声でサラに言う。
「ルクスとしては、まだエレナに、この加護のことは内緒にしたいらしいから、エレナの前ではすんなよ?」
「えっ、秘密なの? なんでなんで?」
「まあ、二人にも色々とあんだよ。俺達にはわからない、変なプライドってのがよ」
「ふーん、そっか。わっけわかんないけど、まっ、わかったよ」
二人は俺とエレナを抜きにして話を完結させた。
「ところで、やっぱりファイヤーの魔弾とは違うか?」
「全く違うね」
サラは魔銃を腰にしまう。
「ファイヤーの魔術は下級魔術扱いされてるけど、これじゃあ、下級魔術じゃなくて中級の魔術と大差ないレベルの威力だよ」
魔術には下級、中級、上級とあって、階級が上がっていくごとに強くなっていく。
まず、魔術を使用するには、その源になるマナが必要だ。ただ、マナがあっても全ての者が上級まで使えるわけではない。
使えるか使えないかは、その者の加護次第。
マナを持っている《
そして今回、下級魔術として扱われているファイヤーは、中級魔術相当の威力があったと、それを使用者のサラは言っている。
それに関して、ヴェイクは顎を出して難しそうな表情をする。
「ふう、やっぱり、それぐらいの威力はあるよな」
「うん。ただ、これはこれで、ちょっと変かなって思っちゃう」
「変?」
「うん」
エレナが「早く進みましょ!」とぷんぷんモードなので、俺達は歩きながら話を続ける。
「要するに、この魔弾は強すぎるってこと」
「強すぎるか。たしかにさっきの一撃は馬鹿みてぇな強さだったな」
「そっ、魔銃だって、全ての魔弾を撃てるわけじゃないのさ。マナ無し、無詠唱だからこそ、魔弾を発射する魔銃には、めちゃくちゃしんどい負荷がかかってるわけ。だから、こんな強力な魔弾を何発も何発も撃ってたら、いつか限界がくると思うんだよね」
「じゃあ、そんなに撃てないってことか?」
「いや、そうでもないんだよね」
サラは、わけわかんない、と言わんばかりの困り顔をした。
「このアタシが使う二丁の魔銃は、かなり強度を上げた特注品なわけ。それでもこんな強力な魔弾を撃ったら、持ってる手に痺れるような感覚が生まれたり、違和感を感じるはずなの。……だけど使った感想としては、下級魔術の魔弾を使用した程度の感覚しかないのさ」
「……つまりどういう意味だ?」
「えっと、今から話すのはアタシの考えなんだけど。これって、下級魔術のファイヤーの魔弾に、弱点効果も付いてるんじゃないかなって思うのさ」
「弱点効果か……」
母さんはよく言っていた。
魔術はなんでもかんでも使うんじゃなくて、相手にとって最も効果のある属性を使わなきゃ駄目なの、って。
それはどのモンスターにも、苦手な属性というのがあるからなのだとか。
火の属性が苦手なモンスターもいれば、水の属性が苦手なモンスターもいる。
だから魔術を扱う者は、相手の弱点である属性を見つけて攻撃するのが、最も効果的な戦術なのだとか。
「ゴブリンの弱点って何だったかな?」
「ん、たしかあれだな。ゴブリンには闇の属性だったはずだぜ。だが今回は火の属性の魔弾だな。要するに、属性とか関係なく、ルクスが調合した魔弾が弱点だったってことか?」
「まあ、これに関しては、あくまでアタシの勘と想像なんだけどね。じゃないと、この魔弾がこんな威力を持ってるのはおかしいかな」
「なるほど」
サラの言うことは最もな気がする。
すると、ヴェイクは何度か頷いた。
「その意見には納得できるな。ほら、昨日ルクスがゴブリンソードのボタンを押したじゃんか?」
「ん、ああ、たしかに押したな」
「あの時よ、ゴブリン達が脅えるようにして逃げただろ。だからもしかしたら、あれもなんだかの弱点とか、例えば弱点の鳴き声みたいな、そんな効果があったんじゃねぇか?」
「鳴き声が弱点?」
んな馬鹿な。
そう思ってもはっきりと否定できなかった。
理由としては、その可能性が正しいからだ。
下級魔術のファイヤー。
しかも魔弾は威力を落としている。
それなのに中級魔術よりも威力が高いとなると、それはおかしい。
弱点効果で威力が上がった、というのが答えなら、それが最もらしい答えだと思う。
「二人の考えでは、倒したモンスターを調合すれば、同じモンスターと戦う時には弱点効果が付いていて強化されてるってことなの?」
「まだゴブリンにしか試してないから、あくまで可能性の一部だな」
「アタシはわけわからんって感じかな」
「そっか……」
とそこで視線を感じた。
それは前を歩いていたぷんぷん彼女からだ。
チラッ、チラッとこちらを見て、目が合うと、すぐに離す。
どうしたんだろうか?
そう思っていると、二人に背中を叩かれた。
「話してほしいんじゃねぇの?」
「でも前にもこういう場面があったんだけどさ。その時は、話しかけに行ったら「なによ!? なんなのよ!?」って怒られたんだよね」
「んー、それはエレナがツンデレだから普通のことなんじゃない? アタシはツンツンしないから、知らないけど」
そういうもんなのかな?
まあ、怒られるだけ怒られてみるか。
俺はエレナの元へと走る。
すると、さっきまでこっちを見てたエレナは、バッと正面を向いて、急激に歩くスピードを上げた。
「ちょっとエレナ……」
「なによ!?」
うわっ、やっぱり言われた。
後ろから二人が笑ってる声がする。
「どうしたのさ」
「……別に」
「まあ、たしかにいつも通りのツンツン──」
「はっ?」
おっと。
エレナにツンデレとぷんぷんモードは禁句だった。
「いや、なんでもない。それよりさ、あれだね……賑やかになったね」
「……ごまかした」
「そ、そんなんじゃないって」
「あっそ。まあ、そうね。前までは私とあんた二人だったもんね。……まあ、あんたが弱っちくて、パーティーをすぐ追い出されるからなんだけど」
うっ。何か痛いのが飛んできた。
「まあ、そうだよね。ごめん」
「別に。私が一緒にいることを望んだんだからいいわよ。だけど今では四人。まあ、変な二人だけど、賑やかになったのはたしかね」
「うん」
「ルクスは……良かったと思う? 人数が増えて」
「勿論だよ、戦いやすくなったからね」
「そうじゃなくて。普段の話よ」
「普段? 普段って、セーフエリアとかでのこと?」
「そっ。例えば……サラと出会えて、良かった?」
「なんでサラ限定?」
「いいから」
「まあ、良かったと思えるよ」
「……そう。私と出会った時よりも、良かったって思ってる?」
「はっ? なんだそれ」
「例えばよ、例えば。ほら、早く答えなさいよ」
「比べられるものじゃないと思うんだけどな……。だけどまあ、ここでこうして探索者になれたのは、エレナと出会えたからだから、エレナと出会って俺の人生は変わったかな」
「……ふーん、そうなんだ」
「きっと、一人だったら探索者になることを辞めてたかもしれない」
「……そうなんだ」
「なんだよ。随分と冷たい反応だな」
「ええ、なんか気持ち悪いって思っちゃった」
「おい、なんて失礼なことを言うんだ!」
「ふふっ、冗談よ」
「全く。まあ、いいか。だから俺は──」
──エレナに会えて良かった。
そう、伝えようと思ったんだ。
だけど突然、エレナが歩く道とは逆の道が爆発した。
「──ルクス!」
後ろからヴェイクが俺の名前を叫んだ。
だけど振り返ることはできなかった。
それは右脇腹に、何か大きな感触が生まれて、それがグイッと奥へと押し込まれ、俺の体が、くの字に曲がっていたから。
「「──ルクス!?」」
今度はエレナとサラの声だ。
それにエレナの顔は凄い顔だ。
いつものツンツン顔じゃなくて、顔をくしゃっとさせて、まるで泣き顔のような……。
どうした? と笑って訊いてやろう。
「ど……しっ……た……?」
あれ、おかしい。
声が思ったように出ない。
それに体が勝手に飛んでいった。
エレナを飛び越え、壁に激突する。
なぜか意識が朦朧とする。
目を閉じたい。だけどなんで?
「ルクス、ルクス!? いま回復するから、回復するから待っててっ!」
回復? なんで?
視界が横向きになってる。
俺は……地面に横向きになってるのか?
うん、そうだな。
だって膝を付くエレナの向きが変だ。
それにヴェイクとサラが何かと戦ってる。
めちゃくちゃデカいのが三体。あれもモンスターか?
「たぁ……かわない……っと」
声は出ないけど、早く戦わないと駄目だ。
俺はリーダーに選ばれたんだ。だから先頭に立たないと。
だけど、あれ?
なんで体が動かないんだろう。
それに──なんか口から血が出てる。
痛みはない。
なのに……あれ。
意識が、もう……保て、ない。
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