第23話 変な奴
「ラフィーネ、大丈夫?」
「は、はいなのです」
俺の服の背をギュッと掴むラフィーネ。
大丈夫じゃない。どこか震えてる。怖いのか、怖いんだろう。
震えさせてる元凶は、きっとこいつか。
「あれぇ? やっと仲間が見つかったのかな? でもでも、君の仲間になるってことはぁ、僕の敵になるってことだけど、いいのかなぁ?」
「敵? 何を言ってんだ、コイツ」
ヴェイクが鼻で笑う。
わからない。俺も、ヴェイクも、サラもエレナだって呆れてる。こいつが頭おかしい奴だって、皆が思ってる。
なのになぜか、こいつの周りにいる奴らは、このレオナルドと名乗った奴が正しいみたいな顔をする。
変だ。すごく変だ。なんて言ったらいいかわからないけど、とにかく、めちゃくちゃ変な空気だ。
それは周りで見てる人達も関係してる。
俺達に関わらないようにと、遠目で見てるだけ。
その視線から感じるのは、哀れむような視線だけだ。
「あの、なんなんでしょうか?」
変な奴だけど、とりあえず敬語で理由を訊こう。
悪者感たっぷりな奴だけど、もしかしたらいい奴ってこともあるかもしれない。
「ん、なんなんでしょうかって、君たち、彼女が何をしたのかしらないのかい?」
「ラフィーネが?」
「私は何もしてません。もちろん、モーゼスさんもなのです……。あなた方が勝手に言いがかりを──」
「言いがかりだってぇ? おいおい、なんで僕たちが悪いみたいになってんのかなぁ? 君が、この高貴な僕のお誘いを断ったから悪いんだろぉ?」
「……あ、あなたとデートするつもりはありません。それなのに、あなたが私たちにしつこくつきまとってくるから、モーゼスさんが心配して……」
ラフィーネはそこで泣き出してしまった。
要するに、ラフィーネに惚れてデートに誘ったが断られてしまい、だけど諦めきれなくて、ストーカー行為に及んだ。
そしてモーゼスさんがラフィーネを心配して、こいつを殴って……。
「お前、最低の男だな!」
「なっ、キミ! 僕のどこが最低だって言うんだ!? なあ、みんな、僕は最低なんかじゃないよなぁ?」
「はい、その通りです!」
「坊ちゃんは何も最低ではありません!」
「坊ちゃんのすることは、全て正しいと決まってます!」
「ほらみろ」
「何がほらみろよ。無理矢理言わせてるんでしょ。ダッサ。男として恥ずかしくないの?」
エレナの会心の一撃。
レオナルドとかいう男は心臓を抑えて苦しみだした。
取り巻きが心配するように駆け寄るが、手を出し、ニヤリと笑う。
「いい、いいね。僕はなんでもいけちゃうタイプなんだ。ロリ巨乳もいいけど、ツンツンした子も凄く好きなんだっ!」
「ロ、ロリ巨乳って、私、ですか……?」
「ツンツンした子? はっ? それ私のこと? 人違いでしょ」
胸を両手でギュッと抑えるラフィーネと、胸を張って威嚇するエレナ。
両極端な態度をとる二人。だがその反応が、またレオナルドを興奮させているようだ。
「いい、いいよ! その反応が素晴らしいっ! 興奮、ああ、これこそ男の喜び。僕は今日この日を神に感謝する!」
世界樹の中なので空は見えないが、レオナルドは手を組んで神に祈りを捧げる。
「んーっと、アタシの考えだけど、こいつ、このまま無視した方がいいんじゃない?」
「だな。早いとこ宿屋にでも向かおうぜ? ラフィーネもそれでいいだろ?」
「ご、ご一緒してもいいのですかっ!?」
「ええ、いいわよ。ゆっくり訊きたい話もあるしね」
「えっ、エレナさん、なんで私の肩を……えっ、あのっ、ちょっと強いような……」
「──おいっ!」
宿屋に向けて歩き出した──まではいいが、なぜか呼び止められた。
それは勿論、どの神かわからないけど祈りを捧げていたレオナルドだ。
「なぜ僕を無視する。特に二人は、このまま僕の泊まってる宿屋に向かおう」
レオナルドが指差したのは、エレナとラフィーネ。どうやらエレナもお気に入りリストに入ったらしい。そしてもう一人の女性であるサラは、唯一自分だけがお気に入りリストに入らなかったからか、一人で地面をダンダン踏んで苛立っていた。
「別に悔しがる必要のない相手だと思うけど……」
「どんな相手にでもいいからモテたいの!」
「そ、そうか、なんかごめん」
今のサラはかなり厄介だ。
「さあ、僕と一緒に……」
「なんであんたなんかと一緒に行かないといけないのよ」
とエレナはめんどくさそうに反応する。
「それは勿論、楽しいことをするんだよ……。そうだ、もし一緒に来てくれたら、なんでもプレゼントするよ。何が欲しいんだい、パパに言ってなんでも買ってあげる」
「へぇ、なんでも買ってくれるのね」
「そうそう、だからほら、そんな奴らとじゃなくて僕と一緒にいようよ。きっと楽しいよ、ねっ」
ずんずんと近付いてくるレオナルド。
まさかお金の誘惑に負けるのか? それはないと思うけど……どうだろう、エレナならあり得る。
「おい、エレナ……」
だけど違うと信じたい。というより信じてる。
するとエレナは俺を見て、ニッコリと微笑む。
「それじゃあ、そのパパとやらにお金貰ってさ、顔を整形して、性格を直して、んーそうね、口臭も直してもらったらどう?」
「えっ、顔? 性格? 口臭?」
「さっきから、お口、ちょっと匂うわよ?」
再びエレナの会心の一撃がレオナルドに炸裂した。
ガクッ。
膝から崩れたレオナルドの全身が真っ白に見える。
お気の毒様、と言うべきなのか。まあ、俺も叫んだ時に少しだけ匂うなって気付いてたけど、それは色々としょうがないじゃん。そこはあれだよ、大人のマナーとして黙ってあげたほうがいい気がしたんだよ。
「さっ、いきましょ」
エレナはレオナルドに背を向けて歩き出す。
どうやら引き止めるつもりはないらしい。取り巻きも、真っ白になったレオナルドを慰めるのに必死だ。
背中から「坊ちゃんの口からフローラルな香りがします」だとか「まるで口の中に花畑があるみたいです」とか言っているのを訊きながら、エレナの隣を歩く。
「ビックリしたよ。お金で心が揺れたのかと思った」
「あら、私のことを信じてなかったの?」
「いや、エレナってお金にがめついから──って! ちょ、足踏んでるって!」
「あ、こんなとこに足があったのね。ごめんなさい」
わざとだ。歩きながら踏むなんて、わざとでしかない。
「たしかにお金は好きだけど、お金にだって良いお金と悪いお金があるわ。私は良い事をして手に入れたお金が好きなのよ。あんな気持ち悪い男から貰ったお金なんて持っていたくないわ」
「……えっと、いつも俺とご飯を食べる時にお金を出させてるのは……あれで浮いたお金は、悪いお金に入らないのかな?」
「あれはルクスのお金であって、ルクスが勝手に出してくれてるだけでしょ?」
「ひどっ! じゃあ、もう払わないからな!」
「じゃあ私も払わないわ。そしたら食い逃げで捕まるわね……ああ、ルクスは仲間を牢獄に入れる酷い人だったのね」
「ちょ、それとこれとは違う──」
「──おい!」
と再び呼ばれた。
なんだよ、せっかくエレナと話してたのに。
まあ、無視をするんだけど。ここで振り返れば永遠に宿屋に着けない。
すると、背中から叫び声が訊こえた。
「君らの事は《五階層理事局》に異議させてもらう! 僕のコネを使えば、君らをここから追放することだってできるんだからなっ! 覚えておけよ!」
「なんか可哀想なほど負け犬感があるわね」
「だね。もう関わりたくない相手だね」
「……いや、どうだろうな。ちょっと厄介な相手に目を付けられちまった気がすんな」
エレナと笑っていると、前を歩くヴェイクが言葉を漏らした。
そしてそれに続くように、サラがラフィーネに質問する。
「ねぇ、ラフィーネと一緒にいたモーゼスって人はさ、いま……どこにいるのかな?」
「そ、それは……」
「そんなの訊かなくてもわかってんだろ? 世界樹で影響力のあるギルドの、そのリーダーの息子を殴った。ってことはつまり、五階層にある《迷宮牢獄》に捕らわれてんだろ」
「迷宮牢獄ってたしか……」
前にヴェイクから訊いたことがある。
たしか、世界樹の中で罪を犯した者を収容する場所。外で言う査問所と一緒で、侵入も脱走も難しい、世界樹での牢獄だったはずだ。
ラフィーネの顔色が曇ってる。もしかして本当に、モーゼスさんが捕らわれてるのか?
「それって本当なの、ラフィーネ?」
「う、うう……」
足を止め、ラフィーネは勢いよく頭を下げた。
「お、お願いなのです! どうか、どうかモーゼスさんを助け出してほしいのですっ! モーゼスさんは悪いことなんて一つもしてないのです。それなのに捕まって、もしかしたらもう、出てこれないのかもしれないって……だから、お願いなのです!」
「助け出すって……」
ヴェイクとサラは難しい表情をして首を横に振り。
エレナはおでこに手を当て、何も言わなかった。
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