第75話 足手まといはごめんだ
お風呂から出た私は、宿屋の屋上へと向かった。
「いない、か……」
静かな屋上。
そこにいるだろうと思ったルクスはいない。
ラフィーネはもう大丈夫だって、報告したかったんだけど。
「まあアイツも、ヴェイクとかモーゼスさんと話してるだろうし、いなくて当然よね」
「マーマっ、パパいない?」
抱きかかえたフェリアが、赤ちゃんなのに悲しそうな表情をする。
フェリアもルクスに会いたかったのかな。だけど、わざわざ部屋まで向かうのも、なんかね。
「明日にでも、報告しようかな」
「おっ、なんじゃ、主の女ではないか」
ふと、背後から声をかけられた。
振り返るとそこには、赤髪に一房だけ黒色の前髪がある幼女──ルクスの加護が具現化したという、ルシアナが腕を組んで私を見てる。
「あんたの主の女じゃないわよ」
「照れんでもいいのじゃ」
ペタペタと、少し可愛い歩き方をするルシアナは私を追い抜いて屋上の奥へ歩く。
無視して帰るか、そう思ったけどルクスじゃなくて彼女とも少し話をしたかった。
私は彼女の隣に並び立ち聞く。
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「うむ、我で答えられることなら、何でも答えてやるぞ」
屋上の手すりに小さな背中を付け、カッコ良く答えるルシアナ。
なんだか、私の心を見透かされてるようで気味が悪い。
「ルクスがボスモンスターを倒して手にした素材、かな、あれで新しい武器を作ったけど、ほんとにいつか使いこなせる時がくるの?」
「そのことか……うむ、沢山のモンスターを狩ることができれば、いつかは使いこなせるはずじゃ。それがどうしたのじゃ?」
「……いいえ」
私は手すりに触れながら遠くを見つめる。
ルクスが強くなるなら、それはそれで嬉しい。だって元々はルクスが最強だって信じて、それを証明して、この世界樹の最上階まで行きたかったんだから。
なのになぜか、今の私は少し複雑な気分。
何もせず、ただ楽に世界樹の最上階に到着して裕福な生活をしたかった。
けど今では、ルクスがこのまま少しずつ強くなって、頑張って皆で困難を乗り越えていきたい、そう思ってしまう。
強くなるのはいいこと。だけど私は、あの時の光景、あの時のルクスの姿が頭から離れない。
「あんな狂ったようにいきなり強くなる力なのね、ルクスの加護って……」
ルクスが暴走した日の強さは異常だった。
ティデリアよりも、ヴェイクよりもモーゼスさんよりも、きっとあの時のルクスは強かった。
元々は強くなれる才能はあったのかもしれない。
両親が偉大な人なんだから、そうなって当然よ。
なのに私は心の底から喜べない、強くなったら、
「置いてかれる、か?」
「……私の心を透視でもした?」
「まさか、我にもそんなことはできんのじゃ。ただ、お主の表情を見ておれば心ぐらいわかるのじゃ」
「そう」
「仲間の傷を癒やす加護。それは優秀な力なのじゃ。──ただ、もし主が今よりずっと強くなったら、回復なんて必要ないかもしれないのう?」
ルシアナはニヤリと笑って言う。
私は「性格悪いわね」と伝えると、ルシアナは高笑いした。
私の思ってることをはっきりと言われた。
ずっとずっと思っていたこと。回復しかできない私がいつか、不必要になる時が来るんじゃないかって。
だから苦戦してれば、ルクスは傷を負って私を必要としてくれるんじゃないかって、そう思う時がある。
世界樹へ来る前は思わなくて。
ルクスと出会ってから思いが少しずつ大きくなって。
ルクスへの恋心を自覚して、醜い感情が私の心を埋め尽くす。
今はルクスの、皆の力になりたい。
本気でそう思ってるからこそ、私は皆との違いを自覚する。
「であれば、新しい力を身に付ければよいのじゃ」
ルシアナはそう言った。
「新しい、力?」
「うむ」
笑ってない、本気だ。
私はルシアナに質問する。
「新しい力って、なに?」
「お主も自分なりに考え回復以外にも戦える術を模索して、いつも槍を持っておるのじゃろ? 自分も仲間も癒せる回復の力を持ちながら、接近して戦うこともできる。それを強めればいいのじゃよ」
「強めるって……」
「簡単じゃ。もっと前に出て戦えばいいのじゃ。そうするには」
ルシアナは私、ではなくフェリアを見つめる。
キョトンとしたフェリアを見て、真剣な眼差しをする。
「フェリアを抱えたままでは戦えぬ、じゃろ?」
「……そうね」
動き難いのは認める。
それにフェリアと一緒にいてからは前で戦うことはなくなった。
ただこの子は私とルクスに懐いてる。
それに私とルクスをママとパパと呼んでくれる、それが少し嬉しいと思える。なのに今更、離れるのは少し気が引ける。
そう思っていると、
「我の力で預かるのじゃ」
「えっ、でも、そしたら武器に調合されるんじゃないの?」
「それについての心配は不要なのじゃ。ただ預かるだけなら問題ない。我の力は便利じゃからな」
そう言って、ルシアナはフェリアに近寄る。
「ほれ、ママの邪魔になるからこっちくるのじゃ」
「マーマ、これたべていいっ?」
「我を食べるでない。我の中にいるモンスターなら食べてもいいのじゃ」
「ほんと?」
「本当じゃ。ほれ」
ルシアナは手を伸ばした。
一時的に預かってくれるなら、身軽になって戦えるからいいかもしれない。
そして、フェリアは目映い光を放ちながら、スーッと姿を消していく。
二人っきりの静かな空間。
だけどすぐに、ルシアナがフェリアを元の姿に戻す。
幼女が赤ちゃんを抱く姿は、どこかおかしい。
「ほれ、戦う前は我に預けてもよいのじゃ」
「……あんたは戦ってる最中どうするの?」
「我は主の腰に付いてるだけの袋じゃ。だからお主は、心置きなく主と一緒に戦うのじゃ」
フェリアを私に預けたルシアナは、ちょこちょこと短い足で出口へと向かう。
「ではな。それと、自分の気持ちは主に伝えたほうがいいのじゃよ」
フェリアと二人になった。
私はルシアナの背中を見つめながら「大きなお世話よ」とボヤく。
「槍の技術を、高めたいわね……」
皆が弱ければいいのに。
自分が活躍できればいいのに。
そんな醜い気持ちのまま、ルクスの隣を歩きたくない。
心から信頼できる関係になって、アイツの隣で笑いたい。だから私は、もっと強くなりたいと願う。
♦
「どうやら、諦めないみたいね」
朝一番、私たちは再びモンスターエリアの前へと向かった。
そこでリタさんが、腕を組みながら私たちにそう言う。
モーゼスさんの奥さんがいるとこへ向かうのを諦めると思ってたのだろう。
リタさんも、レオナルドさんも、少し悲しそうな表情をしているように感じた。
諦めたほうが良かった、そう言いたげだ。
だけどルクスは前に立ち答える。
「はい、俺たちはリュイスさんに会いたいので。だから昨日のようにはなりません」
「……そう」
リタさんはラフィーネを見て、今度は私を見つめる。
問題点だと思ってるのはラフィーネと私なのか、そう思われても仕方ないかもしれないけど、少し嫌な気分。
「それじゃ、今日もあんたらの戦い方を見させてもらうね。まあ、それで無理だと私とこいつが判断したら引き返すから」
「はい、大丈夫です」
ルクスが答えると、私たちはモンスターエリアへと入っていく。
その途中、ルクスが私の隣を歩く。
「ルシアナから聞いたけど、本当に大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
私はルクスに前衛として戦わせてと伝えた。
そしたら少し反対された。きっと心配されてるんだと思う。だけどヴェイクとモーゼスさんが了承してくれて、私は今日からルクスと一緒に前に出て戦う。
もちろん、今でもルクスは私のことを心配してくれてる。
普通なら、それを嬉しいと思うのだろうけど私は思えなかった。
戦う術である槍を持って、ルクスに笑顔で答える。
「心配してくれてるなら、ルクスが張り切って助けてよね。私が危険にならないように、ねっ?」
「難しいこと言うな……」
「ええ、難しいこと言うわ」
大丈夫。
私はルクスや皆の力になる。
もう、自分で自分のことを足手まといだと思いたくないから。
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