第60話 反転する天秤


瞬間転移アポーツ瞬間転移アポーツ瞬間転移アポーツ、くっそがぁっ! なんで使えねえんだよ!」



 右手を前に出して何度も何度も加護の力を使おうとするルグド。


 だけど加護の力は発動しない。

 そして、それを見た聡明騎士団の連中は脅えるようにして後退りする。



「加護が……使えない……?」


「じゃあ、俺たちも……」



 そんな声が漏れ聞こえると、逃げる者までいた。



「おい、てめえら逃げんなっ! くそがぁっ!」



 ルグドは怒りに身を任せて、手に持っていた小刀を投げ捨てこちらへ走ってくる。

 だけど、ずっと加護の力に頼ってきたんだろう、腰に付けていた鞘から剣を抜いて戦おうとしてるけど、扱い方が雑だと思った。



「俺に何をしやがった、返せ、返せよっ!」



 剣を重ねるが、力は強くても簡単にいなせる。



「お前は加護が無くなったら戦えないのか、ずっと、加護の力に頼ってきたんだろ」


「うるせえっ! んなの当たり前だろ、この世界では加護の強さが優劣の証だ、お前みたいな無能とは違えんだよっ!」



 大きく振り上げた剣。そして振り下ろされた一撃を避けると、ルグドの体を横からエレナの槍が狙う。



「加護の力に頼ってきた、あんたじゃ、無能だって罵られてるルクスには勝てないわよ」



 器用に槍を使ってルグドを追い詰めるエレナ。

 二対一、そんな状況で、ルグドは壊れたように笑いだした。



「……ははっ、はははっ! 俺がこいつに負ける? そんなのありえねえだろ……俺の加護は最強だ、この力で……この力でもっと先に行くんだよ!」



 エレナを狙うルグドの攻撃。

 それを俺が防ぎ、ルグドを睨む。



「たしかに、お前の加護は強いかもしれない。だけど今の状況はどうだ、加護が無くなって、ただがむしゃらに攻撃してるだけだ。剣の扱いなんて慣れてないんだろ、努力なんて、ずっとしてなかったんだろ!」


「うるせえっ! 努力したって何も変わんねえんだよ! ……お前らさえ殺せば、俺は、俺はまた、最強になれんだよっ!」


「あんたは──」



 隙だらけのルグドに、エレナは間合いを詰めて槍で攻め立てる。



「最強なんかじゃない。あんたはただ、加護の力に甘えてるだけよ。努力も苦労もしてないあんたは、最強なんかじゃないわよっ!」


「ッ! く、くそっ……こんなはずじゃ……俺は」


「加護の才能があったとしても、どんだけお金持ちだとしても、あなたには何の魅力も感じない」



 エレナは刀身が付いた側と逆の部分で、勢いよくルグドを殴った。



「私の知ってる最強の奴は、加護の力ばっかに甘えてないで、ずっとずっと、目に見えない努力をしてきたのよ。──あんたとは中身が違うのよっ!」


「な、なんで……こんな」



 バタンと倒れたルグド。気を失ったのだろう。

 そしてエレナは軽く息を吐くと、俺を見た。



「……加護なんて、所詮は才能の底上げにしか過ぎないのよ。そもそも、私に負ける時点でこいつは最強じゃないわ」


「あ、ああ……」


「……なによ」



 エレナの言葉から、なんだか違和感を感じた。エレナの考える今までの最強と、今エレナが言った最強は全然違う。だから違和感があるんだ。

 だけどその違和感を、俺は改めて聞くことができなかった。



「ルクス、こっちの連中はあらかた片付けたぞ。そろそろ時間も時間だ、次の階層に向かうぞ」


「そう、だね……」



 ヴェイクに言われ、俺たちは走り出す。

 黒龍との戦闘で随分と時間をとられた。早く次のセーフエリアに向かわないと門が閉められて、このモンスターエリアに閉じ込められてしまう。


 俺たちは急いで次の階層へ向かった。


 その道中、何度かエレナの視線を感じた。

 きっと俺の加護が気になってるんだろう……。だけど俺も気になることがある。


 エレナの最強の定理が崩れたこと。

 そして彼女の言葉に出てきた努力してる者というのが誰のことを言ってるのか。








 ♦






「なんとか、時間内に到着できたみてぇだな」


「ああ、皆も無事で良かった」



 私たちは無事に八階層に到着した。

 この階層のセーフエリアには邪魔なお城なんてないから、少し貧相で、だけどそれが逆に良かったと思える。



「それじゃあ早いとこ宿屋に向かって、そっから飯でも食いに行こうぜ?」


「そうだね。今日はお祝いにお酒でも呑もうかな」


「……あんたは止めときなさい、お酒、弱いんだから」



 ルクスがお酒を呑もうしてるから私は止めた。だってお酒が弱くて、すぐに酔っ払うんだもの。

 そう思って言ったのだけど、捨てられた子犬みたいな悲しそうな目で私をジッと見てくる。

 


「だ、大丈夫だよ……ねっ、俺さ、お酒が強くなったんだよ」


「嘘つくんじゃないわよ。というより、どうやって強くなったのよ」


「ま、まあ、気合いで?」


「……はあ。気を失っても知らないわよ」



 そう言うと、嬉しそうな顔で何度も頷いていた。



「エレナ、アタシたちが少しの間だけフェリアを預かってあげる」



 ルクスの馬鹿さ加減にため息をつくと、サラに小声で言われた。



「え、なんで?」


「ルクスと、話がしたいんじゃないの?」


「……うん、まあ」



 図星だ。私はルクスに聞きたい事が沢山ある。

 だけどそれを聞いたら、私とルクスの関係が、なんでかわからないけど変わってしまいそうな気がした。だからこのまま聞かないで、知らないままでもいいかな、とか思ってしまった。


 だけどサラと、そしてラフィーネは私を見て、笑顔を向けてくる。



「アタシは一度、ちゃーんと話したほうがいいと思うのさ。自分の気持ちとしっかり向き合ってさ」


「……私の気持ちって、別に」


「エレナさん頑張ってなのです、応援してるのです」


「な、なにを応援するのよ……別に私は」



 ただルクスの加護の事を聞くだけ。

 ただそれだけ、なのに頑張る必要なんて……。


 ないと思った。いや、ないと思いたかった。

 だけどその頑張るは、きっと違う意味なのかもしれない。


 ──ルクスが支援職業だったら、どうするの?


 お母さんを捨てた父親と同じ、ずっと嫌悪感を抱いていた支援職業だったら、私はどうするのか。


 だけどきっと違う。

 ルクスは支援職業じゃないし、最強の加護の持ち主。


 その……はずなのよ。


 だけどさっき消えた少女は、間違いなくルクスと関係があるはず。


 そしてその加護の能力は、武器を変化させていたように見えた。


 ──それが戦闘職業なわけないじゃない。


 違う。違う違う違う。

 ルクスは最強で、ルクスは戦闘職業で、ルクスは……。


 私がルクスをどう想ってるか、それを自分ではわかっている。だけど、おばあちゃんから教えてもらった言葉を信じたいって思ってるもう一人の自分がいる。

 どちらの自分の気持ちを取るか、選択したがってるのはどちらの自分かは──わかってる。

 それを私が選択できるか、自分に正直になれるか、そのことを二人は見抜いていて、素直になるよう頑張れと言ってるのかもしれない。


 ねえ──私はルクスに何を求めてるの?



「……ナ……エレ……エレナ、どうしたの?」


「えっ、ああ、うん……ボーッとしてたみたい」


「そうなんだ、何度も呼んだんだけど、反応が無かったから心配したよ」


「そう、ごめんね……。あの、ルクス」



 歩き出そうとしていたルクスを、私は引き止める。


 止めてしまった。

 後戻りはできない。



「少しだけ、二人で話せない?」



 腕を組んでそっぽを向きながら聞くと、ルクスは少し困った表情をしていた。



「……うん、わかったよ。宿屋の屋上とかで、どうかな」


「……うん、それで」



 そして宿屋へ向かった。

 だけど私は、宿屋までの道のりをあまり覚えていない。どうやって歩いたのか、皆とどんな話をしたのか、あまり覚えてはいなかった。


 ずっと考えてたのは、ルクスが自分の加護を話したら、どう反応すればいいのかということ。


 ──戦闘職業だよ。

 そう言ったら、素直に喜べる。


 ──支援職業だよ。

 そう言ったら、私はどう反応するのだろう。

 どう反応すれば、今までの関係でいられるのだろう。


 私は、今のままで十分だと思うのに。



「……エレナ」


「は、はい!」


「なにさ、はいって。屋上に付いたよ」


「あ……本当だ」



 屋上に到着したことに気付いてないとは、それほどまでに、集中して考えてたのだろうか。


 広々とした宿屋の三階にある屋上には誰もいない。

 すっかり辺りは暗くてなっていて、夜景のように綺麗とは言えなかったけど、それでも眺めは悪くなかった。


 ルクスは屋上の端に座って足を投げ出す。

 ぶらんぶらんと、子供のように足をばたつかせる仕草はいつもと同じ、だけど少し緊張してるような感じもした。

 私も少し間を空けて、隣に座って同じように足を投げ出す。


 同じ景色を二人で見てる。


 だけど少しの沈黙。

 私から誘ったんだから、私から何か言うのが普通。だけど何も言えなかった。聞きたいことは山ほどあるのに。



「今日は、疲れたね」


「え、ええ……そうね」



 他愛もない話で、お互いの緊張がほぐれていく。

 このまま何も聞かなければいいじゃない。このまま、何も知らないで──いや、それじゃあ駄目か。


 だから私は息を吐き、ルクスに話を切り出す。



「……ねえ、ルクスの加護って、なに?」



 聞いた。

 聞いてしまった。

 ルクスは少し考えていた。



「……そう、だね。そろそろ話さないと駄目だよね」


「うん」



 少しの沈黙で、私は何度も心の中でお願いをした。


 ──戦闘職業であって。


 だけど、ルクスが口にした名称は、私の願いを叶えてくれなかった。



「俺の加護はモンスターを武器や防具、それに消耗品を調合する調合師なんだ──支援、職業だよ」


「……そう」



 やっぱり、支援職業なんだ。



「だから俺は最強なんかじゃない。皆の言う通り……俺は無能で、外れ七光りなん──」


「違う!」



 私は気付いたらルクスの言葉を止めていた。


 きっと私が違うと思いたかったんだ。

 ルクスは無能じゃない、ルクスは外れ七光りじゃない、だってそう思わないと──自分の気持ちがわからなくなるんだもの。



「ルクスは無能でも外れ七光りでもない。あんたは強い、あんたは最強なの。だから自分自身で蔑まないで」



 私がそう思わなくてどうするのよ。

 だからそう言った。そして自分自身の気持ちも自覚した。


 金と愛。


 ──今、私の中にある天秤の重さが、はっきりと反転した。

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