第95話 準備時間


 受付所のお姉さんから話を聞いて、俺たちはそれぞれ準備の時間を設けた。

 準備時間とはいっても、することなんて朝ご飯を食べたり、少し仮眠をしたりぐらいで、そんなに長い時間ゆっくりしてられる暇はない。


 こうしてる間にも、モンスターエリアからは、ドオンッ! と爆発する音が聞こえる。だからセーフエリアでのんびりしてる余裕はない。けれど、受付所のお姉さんの話を聞く限りでは、まだあまり情報を掴めていないのだとか。

 だからこの準備の時間が終わった頃合いぐらいで、新しい情報なんかが入ってくればいいな……と思う。


 そして俺は、人が少なくなったセーフエリアをぶらぶらしていた。

 


「お金も無いのに、何を買うの?」



 エレナと一緒に。

 隣を歩く彼女は辺りを見ながら、同じ歩幅で歩く。



「別に少しも無いわけじゃないよ。それに、幾らか準備しておいた方がいいかなって」


「まあ、たしかにそうよね。だけど何か必要なものでもあるの?」


「何かって言われると困るんだけどさ……」



 俺はお店の前で立ち止まる。



「爆発するモンスターを相手にするってことは、簡単に近付けないと思うんだよ。だからさ、遠くから攻撃できる何かアイテムとかは用意しておいた方がいいかなって」


「まあ、そうよね。でも、モーゼスさんと二人でモンスターエリアに入り浸ってた時にたくさんモンスターを倒したんじゃないの?」


「たくさんってほどじゃないかな。モーゼスさんには、モンスターとの戦い方を学んでただけだから……それに、大勢のモンスターに囲まれないように慎重に戦ってたから、一日にそこまで多くのモンスターとは戦ってないんだよ」


「そうだったのね。それで、ルクスはこのお店の前で何してんの? 入らないの?」


「……入る。けど」



 エレナには見栄を張って少しはあると言ったけど、本当の事を言えば限りなくゼロに近い。

 俺は店主と値切り対決をする予定だった。

 ただそんな姿を見せるのが少し恥ずかしくて、エレナが俺に構わずどこか行ってくれるのを、お店の前で立ち止まって待っている。


 俺の顔を覗き込むように見つめてくるエレナと、お店の前で中をジッと見つめる俺。



「エレナは、準備することとか無いのか?」


「そうね、特にないわ」


「そう……」


「なに、どっか行ってほしいわけ?」



 ムスッとしたエレナに見つめられ、俺はぶんぶんと首を左右に振る。

 すると彼女は、はあ、と長ったらしいため息をついて、


「ここで何か買うものがあるんでしょ」



 俺の手を掴んでお店の中へ入っていく。

 どうやら、エレナはこの準備時間で俺から離れて何かする予定はないらしい。



「いらっしゃい、何かお探しですか?」



 他にもお客さんはいたけど、椅子に座っていた店主はすぐにお店へ入ってきた俺とエレナに近付いてきた。



「えっと、無印の書物はありますか?」


「無印の書物、ですか……? ええ、こちらにありますけど」



 不思議そうにしてる店主に案内されて、雑に並ばれた書物を見つめる。



「無印の書物ってたしか、何も記されてない書物よね? 何に使うの?」


「ん、まあ、モンスターと調合するのさ。前に調合してみたら、面白い魔術書になったんだ」


「ふーん、調合したら魔術書になるのね。それだったら、普通に売られてる魔術書よりも安く済むわね」



 属性別の魔術書。

 一冊で一度しか使えない、魔術式が記された書物。


 魔術を使えない者でも使えると言われている魔術書は何回も使用することができない。それに値段が高いから、金持ちでないかぎり幾つも持てるわけではない。


 魔術書一冊で金貨一枚。


 それに対して、無印の書物は銀貨一枚。

 かなりお得だ。けれど、調合して作成する難点もある。



「安く済むけど、いろんな属性を選ぶことはできないんだ」



 俺は苦笑いを浮かべて魔術書を見つめる。



「無印の書物にモンスターを調合しても、たしかに何の属性が付与されるかなんてわからないわよね」


「そうなんだよ。だから何回か試してみたけど、基本的には無属性の魔術書が完成されるんだ。本当なら、アウレガには水属性とかがいいんだろうけど」



 鎮火する、みたいな感覚だ。

 属性には向き不向きがある。

 ティデリアの職業である【氷帝フリスレイト】は氷の属性を使い、雷の属性のモンスターには不利らしい。

 なので無属性というのは、向き不向きがない感じだ。



「無印の書物を買えるだけ買っておこうかな。みんなも、これがあった方が戦いの幅が広がるだろうしね」


「そうね。サラの魔弾の補充は大丈夫?」


「大丈夫だと思うよ。サラ、ずっと使ってなかったから」


「そういえば、いっつも危険になるまでモンスターの姿で逃げてるものね」


「魔弾を使わないで、節約してくれてるんだと思うよ。……すみません、この無印の書物を十冊ください」



 俺の全財産とも呼べる金貨一枚を出す。

 めちゃくちゃ金持ちみたいに感じるけど、金貨一枚なので、そこまで高価な買い物ではない。

 朝ご飯は、抜きかな。



「無印の書物を十冊ですか……?」


「は、はい」



 やっぱり驚かれてる。まあ、それはそうか。

 俺が苦笑いで答えると、店主は銀貨五枚を持ってきて、それを俺に渡した。



「え、無印の書物はたしか一冊、銀貨一枚だったような……」


「まあそうだね。だけど無印の書物を買うお客さんはいないから、ここら辺の売れ残り商品をこんなにたくさん買ってくれると、店側としては在庫処分できて嬉しいんだよ」


「そう、なんですね」


「それに、君らアウレガの討伐へ向かう探索者さんだろ?」


「え、そうですけど。どうして知ってるんですか?」


「アウレガの討伐へ向かう探索者さんに説明してる受付所の人のとこにいるのを見たからさ。だから安くするよ。俺たちの暮らす場所、どうか守ってくれよ」



 そう言われ、店主は俺の両手の上に十冊の無印の書物を置いた。

 そして見送られ、隣を歩くエレナを見る。



「……向かうって知ってたから、店に入ってすぐに声をかけてきたのかな」


「きっと、他の客はみんな、調達を済ませて上の階層に避難する連中だったんじゃない?」


「そうかもね。期待されてるのかな?」


「どうかしらね。ただ、なんとかしてほしいってのはあるんじゃない?」


「そっか、じゃあ頑張らないとね」



 そう伝えると、エレナの視線が俺の腰辺りに向いた。



「……今回は、それ使わないわよね?」


「それ? ああ、暗黒龍の宝剣か。エレナが使ったら駄目って言ったからね」


「……べつに」



 エレナは腕を組んでそっぽを向いた。



「絶対に駄目ってわけじゃないわよ。ただ……また、ルクスがおかしくなったら……困るのよ」


「困る?」


「あれよ、またおかしくなったら守るのが大変ってこと。使わないなら、それでいいんじゃない」



 Aランクである暗黒龍の宝剣は使えないけど、俺にはヴァンウルフから生成した武器──Cランクの《ウルフスレイス》がある。

 これを作るのに何回も調合した。

 生成できた時はめちゃくちゃ喜んだけど、そこからもっと強くしようとして、

 ウルフスレイスにヴァンウルフを調合。

 ウルフスレイスにヴァンウルフを調合。

 何度も繰り返したけけど結局、Aランク武器にすることはできなかった。


 それでも、このウルフスレイスは気に入ってる。



「だけど、いつかは使いたいかな……」



 一度でも暗黒龍の宝剣の強さを知ってしまうと、その強さをこれからも使いたいと思ってしまう。けど、その強さに飲み込まれて暴走してしまった過去がある。


 まだ、無理なのだろう。


 いつかは使いたいと思うけど、みんなに迷惑をかけたくはない。それに、使うとエレナに怒られそうだ。



「ふぅん……」



 隣を歩いていたエレナの歩く速度が上がる。



「……使う場面なんて、もう来なくていいのよ」


「ん、なんだって?」


「なんでもないわよ。ほら、早くみんなのとこ戻るわよ」


「なんだよ、気になるだろ」


「なんでもないって言ってるでしょ。あんまりしつこいと、その両手で持ってる書物を揺らすわよ」


「……そんなことしたら落とすだろ」


「だから揺らすのよ。というより、アイテム袋に入れたらいいんじゃないの?」


「あ、そうか……」



 そういえばそうだった。

 すると、エレナは笑って「馬鹿ね」と言った。


 そして──それぞれのクエスト開始の準備が整った。

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