第96話 熱い
「準備万端か、ルクス?」
モンスターエリアへ向かう門の前で、愛用の大きな斧を担いだヴェイクがニヤリとする。
「まあね。みんなも、準備はいい?」
そう聞くと、それぞれが頷く。
準備時間に少し寝たのか、顔色も悪くはない。
俺はアイテム袋から、さっき購入した無印の書物だったモノを取り出す。
「これ、さっき調合してみたんだよ。良かったら使ってみて」
「ん、これ魔術書か?」
「無属性だけどね。たぶん使う場面はあると思うんだ」
用意した無属性の魔術書をみんなに渡す。
俺たちのパーティーは近接戦闘をする者が多い。
俺やヴェイク、モーゼスさんやラフィーネや、回復以外は一緒になって近接戦闘をするエレナには、アウレガの炎に対抗できる術はない。
まあ、戦ってみないと何とも言えないけど、たぶん、難しいと思う。
ティデリアとサラの二人だけに戦闘を任せることもできない。気休め程度だとしても、少しぐらいは戦えた方がいいと思った。
すると、ヴェイクは困り顔を浮かべる。
「……ん、そうか。まあ、ありがとな」
「どうかしたの?」
「いや、そうじゃねぇんだが。まあ、俺たちも少しだけ戦い方を考えてな」
首を傾げると、ティデリアが腕を組みため息を漏らす。
「この書物は、全てラフィーネに渡すのが良いだろう」
「ラフィーネに?」
「うむ。ルクス、剣を出してくれるか?」
ティデリアに言われ、ウルフスレイスを前に出す。
すると、彼女は両手を剣に添える。
「──氷の加護よ」
ティデリアの言葉と共に、前へ出した剣には無数の光の粒子が渦のように巻き付いた。
「これは……?」
「わたしの加護の力の一種だ。これであれば、アウレガに剣で戦えるかもしれん」
「そう、なんだ……」
便利な力だな、と喜ぶのと同時に、俺の準備は何だったのかと落胆しそうになる。
まあ、これで戦えるならいいか。
そんなことを考えていると、隣に立つエレナは「ねえ」とティデリアに聞く。
「どうしてラフィーネに無属性の魔術書を渡すの? その力があるなら、別に必要ないんじゃないの?」
「残念ながら、この力は武器にしか使えない。だからハムスターで戦うラフィーネは、やはり戦えないということだ」
「ふうん……だったら、ルクスの準備は無駄じゃなかったってことね」
俺を見るエレナの表情は笑顔じゃない。ちょっとムスッとした、普段通りの表情だ。
ただ、なぜそんなことを俺に言うのか。
もしかして、俺が悲しんでると思って聞いてくれたのだろうか。
「……なに」
「いや」
自分の髪を撫でるエレナは、やっぱりムスッとしてる。
まあ、エレナが聞いてくれたお陰で、俺のした準備が意味のあることだと知れて良かった。
「じゃ、じゃあ、行こうか!」
ムスッとしたエレナの視線に堪えられず、俺はみんなに伝える。
各々が真剣な表情に変わり頷く。
そして中へ──爆発音が鳴り響くモンスターエリアへと向かった。
♦
「──暑いっ! いや、熱い熱い熱い熱い、熱すぎだってぇ!」
モンスターエリアの中を歩くこと、まだ2分ぐらい。
サラは手で自分の顔を扇ぎながら、声を大きくさせて言う。
「……喋れば余計に暑くなるだけよ」
「そうだけどー! エレナは暑くないの!?」
「考えないようにしてるんだから聞かないでよ」
「むー。ねえ、ティデリア、氷出してー!」
「わたしを便利道具扱いするな。というより無駄な魔力は使いたくない。我慢しろ」
「えー」
サラが一人で喋り続ける。
というのも、モンスターエリアへ入った瞬間、俺たちは凄い熱気に襲われた。溶けるほどの熱は、口を開けば焼けるとまでは言わないけどすぐに喉が渇く。だから口を閉じて無言で前へ歩く。
そして進んでいくと、前方に他の探索者の姿が見えた。
彼らは俺たちに気付くと、気怠そうな表情でこちらへと歩いてくる。
「遅い援軍だな……」
「え、すみません……」
怒ってると思い謝ると、俺よりも一回りは上であろう探索者は苦笑いを浮かべる。
「いやいや、あんたらに言ったんじゃないから気にしないでくれ。……というか、すまんな。俺たちもこの暑さで気が立ってるんだよ」
「そうだったんですね。他の方たちは……?」
「ああ、ここより奥でアウレガと交戦中だぜ。俺たちは限界だから、援軍が来たら戻る予定だったんだよ」
「なるほど」
「向こうにアウレガもいるが、奴ら体力の限界に来たら自爆してくっから気をつけろよ」
その言葉に、サラが大声で、
「自爆!? 自爆をどう気をつけるのさー!?」
と聞く。
すると探索者は、チッ、と舌打ちをする。
「……うるせえ」
「彼女は暑いと元気な子になるんで、その……すみません」
「まあ、それだけ元気な方がいいのかもな。……んで話を戻すと、自爆する前に背中の炎が光るんだよ。それで、光って3秒ぐらいしたら爆発するんだ」
「光ったら距離を取るか防ぐ、ですか?」
「いいや、防いでも奴らが爆発したら地面が崩れちまう。そうなったらそのまま、下の階層に落とされちまう」
「離れるしかない、ってことですね」
「そういうこと。……んじゃ、俺たちは戻っから。気をつけろよ」
そう言って、教えてくれた探索者は元の道を戻っていった。
トボトボと、何日間も寝てない疲労が溜まりきった感じで。
ヴェイクはその後ろ姿を見つめながら、大きくため息をつく。
「……あれが、もう少し先の俺たちなんかな」
「やめよ、そういうこと言うの」
こっちまでため息が出る。
そして先へ進んでいくと、さっきまでの暑さしか感じない雰囲気とは違った、どこかおかしな場所へたどり着いた。
「これは、想像以上に酷いところね……」
エレナが声を漏らす。
爆音と爆風が発生するたびに、暗い洞窟内を赤い光が間隔を空けて照らし、爆風がこっちまで吹くと、さっきよりも熱を感じる。
そして目の前に広がるのは、探索者たちが、ゆらゆらと揺れる赤い炎を背中に付けた亀みたいなアウレガと戦ってる姿だ。
俺たちは観察から始める。
モーゼスさんは自慢の顎髭を撫でながら、真剣な眼差しを向ける。
「……やはり、剣や矢は効いてないみたいですね」
「だね。魔法が戦う術って感じだね」
「ただ、あの炎以外は攻撃が効くみたいです。狙うならそこでしょうか」
亀みたいな姿のアウレガの、その両手両足は生身の肌だ。そこであれば剣や斧や矢なんかは効く。
──だけど、少しでも背中の炎に触れたら、剣は溶け、矢は灰に変わる。
俺はティデリアを見る。
「あの炎、ティデリアの氷でなんとかなりそう?」
「試してみないとなんとも言えんな」
「そっか。じゃあみんな、準備はいい?」
問いかけると、各々が頷く。
そしてティデリアは、俺たちの武器にさっき見せてくれた加護の力を発動してくれる。
「よし」
俺たちはアウレガへ走り出す。
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