第97話 白銀世界


 さっきまで戦っていた探索者へ、のそのそと歩き続けていたアウレガは、俺たちには気付いていないようだった。


 これなら隙を狙える。


 そう思って走り出した俺たちは、全身に違和感を覚えて足を止める。



「──暑い!」



 アウレガとの距離はまだあるのに、モンスターエリア内に吹く微かな風が、アウレガの背中にある炎に触れた瞬間、熱風に変わって俺たちを襲う。



「こりゃあ、近付くのも死ぬ気でいくしかねぇな」



 氷で強化された武器があっても、近付けない。

 ヴェイクが苦しそうに声を漏らすと、モーゼスさんも足を止める。



「あの炎に少しでも触れてしまえば危険ですね。ルクス様、どうしますか……?」


「どうするか……ティデリア」



 呼んだ彼女は、何も言わなくても理解したのか、コクリと頷き、氷の剣を地面に突き刺す。



「物は試しだな──氷棘アイシクル・スピア!」



 ティデリアの声の後。

 彼女の手から生まれた菱形の氷は、真っ直ぐアウレガへと飛んでいく。

 人よりも小さい亀。

 のろのろと歩くアウレガは避けることなく、ティデリアの攻撃をただ受けるのを待っているようだった。


 だが、



「……マジかよ」



 ヴェイクが呆れたような声を漏らす。

 ティデリアが放った菱形の一撃は、アウレガに衝撃を与える手前で溶けて消えた。



「氷を溶かすほどの熱なのか」



 周囲を見ると、俺たちよりも先に来ていた探索者たちの疲労がかなり溜まってるのが見てわかる。

 ただ、動きの遅いアウレガから何か攻撃を受けた様子はない。


 考えを巡らせていると、さっきまで俺たちなんて眼中になかったアウレガが、こちらへとのろのろと動き出した。


 注意を引き付けていた探索者たちは俺たちを見て、



「おい、今来た奴ら、このアウレガをいくら相手にしても無駄だぞ! こいつらに攻撃しようとしても、あの馬鹿みたいに熱い炎が邪魔で近付けねえ!」


「じゃ、じゃあ、どうすればいいんですか……!?」


「遠距離から魔術を使える奴が仲間に入ればいいが、無理なら距離を取るしかねえ。こいつらは、防御に特化してても、攻撃には特化してねえ! それと、親玉を倒さねえと、こいつらは止まらねえんだ!」


「親玉……?」



 のろのろと歩いてくるアウレガの後ろに見える探索者たちは、奥の通路へと向かおうとしていた。



「誰かが注意を引き付けてる間に親玉──ボスモンスターを倒すしかねえ! すまないが、そのアウレガの注意はお前らに向いてる。俺たちは先に向かわせてもらうぞ!」


「あ、ちょっと!」



 止めた手を無視して、探索者たちは奥へ走る。

 その反応に、サラが地団駄を踏み怒りを露わにした。



「あいつらー! アタシたちを囮にして先へ進んだなー!?」



 サラの言う通り、さっきまで他の探索者たちを向いていたアウレガは、彼らを見向きもせず、真っ直ぐ俺たち──というよりも、ティデリアへと前進してくる。


 ティデリアはため息をつく。



「なるほど、アウレガの知能は乏しいのだろう」


「……攻撃した相手に注意が向くってこと?」


「うむ。そして、奥へ進むのであれば誰かが注意を引き付けておく必要があるのだろう。あの探索者たちのように」


「で、ででで、でもさ、アタシらが囮になる必要なくない!? だってアウレガちん、のろのろ亀なんだからさ? 無視してアタシたちも──」


「──奴らもそれをできなかった理由が、あったのだろう」


「理由……?」



 首を傾げると、ヴェイクがため息を漏らす。



「一体なら、逃げれるだろうな……おい、ルクス、周りを見てみろ」



 ヴェイクの言葉を受け、周囲を見る。

 すると岩陰からは、さっきまでいなかった他のアウレガが現れた。


 隠れていた、というよりは、現れたが正しい。

 仲間意識が高いモンスターということか。



「……注意を引き付けたのは、あのアウレガ一体じゃないってことか」


「みてぇだな。どうするよ? これじゃあ、俺らは奥へ進めねぇぜ?」



 ヴェイクの言う通り、奥の通路へ走っても、その途中に他のアウレガがいて、さっきみたいに熱風で全身を焦がされる可能性はある。


 攻撃が届かない相手。

 無視して、もっとずっと奥にいるボスモンスターを倒せば止められるらしい。

 だけど、そこまで辿り着けない。


 考えてる間にも、先への通路が熱を帯びたいくつもの炎に塞がれる。



「ルクスよ」



 考えてると、ティデリアに呼ばれた。



「わたしの本気は今のではない。こいつらの炎を弱める手段なら、あるぞ?」



 ティデリアの笑みが不気味に感じて、まるで『侮るなよ?』と言っているようだった。

 その笑みに、全員が笑う。


 覚悟が決まった。



「このアウレガを倒して、奥へ進むよ……。ティデリア、ちょっと無理してもらっていいかな?」



 ティデリア頼みだけど、他の探索者頼みになるよりはいい。


 するとティデリアは、ふっ、と鼻で笑った。



「ああ、構わないぞ。こいつらを討伐した報酬で、大いに贅沢させてもらうからな」


「そうだね。報酬は欲しいよね。それじゃあ、頼むよ」



 そう伝えると、ティデリアは頷き、詠唱を始めた。



「──氷帝よ、氷の神騎たる我の呼び声に応えよ、炎神すらも凍らし、雷帝すらも貫く力を与えよ──轟け──昇華零細氷セルシエリ・ダスト!」



 氷の槍、柱、壁。

 それらがいくつも地面から出現すると、さっきまで暑苦しかった気温が嘘のように寒く感じられた。



『ヒギャアアアアッッ!』



 周囲から迫るアウレガから、悲鳴にも似た声が響く。

 耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。

 すると、周囲に広がる銀世界の中、アウレガが背負う炎の勢いが弱まったのが見てわかる。



「寒さに弱いか……ティデリア、大丈夫か!?」



 ティデリアの全力は、彼女の体力を奪い膝を付かせた。

 俺の声に、小さく「ああ」と答えたティデリアを見て、ヴェイクが斧に握る手に力を込め、真剣な表情をアウレガへと向ける。



「お前はそこで休んでろ。後は、俺たちで終わらせてやっからよ」



 その逞しいヴェイクの言葉と背中を見て、ティデリアは頬を赤くさせながらも、鼻で笑い言い放つ。



「……逃げたら、承知しないぞ?」


「任せとけ。お前の頑張りを無駄にするほど、俺は使えねぇ男じゃねぇからな」


「ふっ、ああ、頼んだぞ」



 二人のやり取りは、俺たちを置いて、深くまで進まれてるみたいだった。

 二人だけの、二人だからこそわかる、心の通った短い会話なのかな。



「ルクス、私はティデリアを回復させるから」



 エレナはすぐさまティデリアへ駆け寄ると、回復を始めた。


 ティデリアがここまでしてくれたのだから、俺たちは何としてでもここで道を塞ぐアウレガを討伐しないといけないな。



「よし、行くよ!」



 ティデリアとエレナを除いて、俺たちは弱ったアウレガたちへと走り出した。

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