第80話 笑顔で挨拶──そして運命の悪戯
リュイスさんの動きは速い。
それに無表情で、何の感情もこもってないから怖いと思う。
あの頃の優しい笑顔も、大人びた表情もない。
幼い頃から剣の扱い方をモーゼスさんと一緒に教えてくれて、優しくて、怒ったら怖くて。そんな姉のようだったリュイスさんは、あの時の三〇代だった頃から何も変わらない姿で──ただ人形のように、俺に剣を振るう。
剣を交えるとわかる。長年リュイスさんが培ってきた剣の重みが。
「くっ、エレナ!」
「頭を、下げてッ!」
しゃがむと、後ろから勢いよく槍がリュイスさんを襲う。
横から払う槍。だけどそれを後方へ飛んで避けられる。
「土の化身よ、大地を揺るがす息吹を轟かせ、全てを破壊せよっ──唸れ咆哮──ストーンエッヂ!」
「ていやァァッ」
リタさんの魔術と、レオナルドさんの一撃も、リュイスさんは難なく避けてみせた。
「
「動きが速ぇな……目じゃ捉えきれねぇ」
「……わたくしが、やりますよ」
「えっ、モーゼスさん?」
モーゼスさんは鞘から刀を抜く。
ゆっくりと歩く後ろ姿は、とても悲しく映る。
「やはり、わたくしがやらないといけないです。ずっと逃げるわけには、いきませんから。──そうだな、リュイス」
……。
返事がリュイスさんの口から聞こえなくても、モーゼスさんは止まらない。
そして二人は同時に動く。
剣と刀が交わり、激しい攻防が繰り広げられていた。
「……モーゼスさん」
「手出しは不要ね。残念だけど……」
誰も動かなかった。
だって二人の姿は、こんな例えは間違ってるかもしれないけど、楽しそうなんだ。
まるで踊ってるように、俺らは剣舞を見せられてるように、二人の姿が綺麗に見える。
周囲に咲くリヴィーサの花々が踏まれると、パリッパリッ、と音が響く。
そして二人を輝かせるように、リヴィーサの花々が眩しく光る。
リュイスさんを攻めるモーゼスさんは、今なにを思ってるのだろうか。
背中しか見えないから、俺たちにはわからない。
だけどきっと、最後の時を楽しんでるんだと思う。いや、楽しんでいてほしい。
別れの時だ。
俺たちは二人の死闘を、目を反らすことなく見つめる。それがせめてもの、できることだろう。
サラとラフィーネのすすり泣く声が聞こえる。
リタさんとレオナルドさんは目を反らすことなく、声も発さず、ただただ、頬に涙を流していた。
「俺たち探索者は、いつか死ぬかもしれねぇ」
ヴェイクが隣に立つ。
やっぱりヴェイクは優しい。
いつも適当で胡散臭い感じなのに、涙を流しながら言葉を続けていた。
「だからこそ、死なねぇようにしないと、駄目なんだよ。……その時がいつかわかんねぇから、その時までに、やれることをやって、人生を楽しまねぇと……だけどやっぱり、あれだな……悲しい、よな……仲間が死ぬのも、最愛の人が死ぬのも……苦しい、よな……」
その言葉を聞いて、ティデリアはそっと、ヴェイクの隣に立った。
「当たり前だ……わたしたちは、もう、家族みたいなもんなんだ……誰も、死んじゃ駄目なんだ……。だけど、あの二人を見てたら辛いな。どうしてこんなことに……それでも目を背けたら駄目だ。……この光景を、最後まで見届けないと駄目なんだ」
辛いのはモーゼスさんだ。
だけど見てるのも辛い。辛いんだ。
みんなはリュイスさんのことを知らない、だけど、モーゼスさんのことはよく知ってる。
「仲間だから、その最後を見届けよう。そしてモーゼスさんの支えになろう」
サラもラフィーネも、涙を流しながら立ち上がった。
ただの傍観者だとしても、終わった時にモーゼスさんの支えになろう。
俺たちはそう思い、見届けた。
そして二人の死闘も、終わりを迎えようとしていた。
「リュイス。あの時、一緒に行けなくてすまない。──俺は、弱虫だったんだ。怖くて、君の足手まといになるんじゃないかと思って逃げた。だけど君が帰ってこないと旦那様から聞かされた時、俺は後悔したよ。自分の腕の弱さを嘆いて、自分の心の弱さを呪った。けれど君を探しに世界樹へ向かうことができなかった……今のいままで」
膝を付くリュイスさんに、モーゼスさんは刀の刃先を向ける。
「だけどわたくしにも仲間ができたんだ。弱くて情けないから、皆さんがいないと立ち上がれなかった。もし君がこんな状況だって一人で知ったら、俺はやっぱり立ち上がれなかった。きっと、怖くて震えてるだけだったよ」
リュイスさんの剣を弾いて、モーゼスさんはリュイスさんの腹部へと剣先を触れる。
「いつか君が行きたかった最上階に、俺は皆さんと向かう。君に渡したリヴィーサのネックレスを持って──だから先に行っててくれ。すぐ、追いつくから」
ゆっくりと、モーゼスさんの刀が腹部を貫いていく。
そしてモーゼスさんの声が、震えていた。
「愛してる、リュイス。これまでも、これからも。だから今は、安らかに眠っておくれ」
モーゼスさんの肩に顎を乗せたリュイスさん。
「笑った……?」
無表情だったリュイスさんが、昔のように目蓋を閉じた笑い方をしたように見えた。
それは勘違いかもしれない、俺の希望的観測かもしれない。
だけどそう、思った。
その表情を見れないモーゼスさんは、刀を抜いた。
ピクリととも動かないリュイスさんの体を寝かせて振り返ると、モーゼスさんも笑っていた。
その表情を見て、ずっと我慢していた涙が流れた。
大人ぶって、ずっとずっと我慢してたのに、モーゼスさんの笑顔を見て、俺は我慢することができなかった。
サラとラフィーネが、モーゼスさんの元へ走る。
「モーゼスさん、よく、よく頑張ったよっ……モーゼスさんっ!」
「モーゼスさん、わたしたちはずっと一緒にいるのですっ! ずっとずっと、一緒にいるのですよっ!」
「ありがとう、ございます……わたくしは嬉しいですよ」
みんなも走った。
その姿を見ながら、俺とエレナは歩いて向かう。
「笑顔で別れの挨拶をしたんだね……俺には、そんなことできないと思う……やっぱ凄いね、モーゼスさんは」
「ええ……私も、無理よ」
エレナの涙はリヴィーサの花々へと落ちていく。
「だから私は、別れの挨拶はしたくないわ。大切な人よりも先に死にたい……一人は、嫌だもん」
「……エレナ」
「あんたが、私より先に死んだら許さないからね……」
「……えっ?」
エレナはそう言い残して、モーゼスさんのとこへ向かった。
そして俺も皆の元へ向かうと、モーゼスさんに「ありがとうございます」と何度も伝えられて、最高の笑顔を浮かべた。
それに俺は、無言で頷き続けた。
♦
俺たちはリュイスさんと別れをした。
セーフエリアそれぞれに火葬場があることを、その時に初めて知った。世界樹で亡くなる人が多いのも。
リュイスさんの遺体はモーゼスさんの希望で、この階層に埋めることにした。
本当はリヴィーサの花々が育つあの場所が良かったけど、俺たちのことを知らない探索者が足を踏み入れるとこよりも、セーフエリアにある静かな墓場で眠った方がいいと思ったからだ。
それから俺たちは宿屋の一室に集まった。
少し広い部屋。全員がソファーに座れる部屋だ。
そこで俺たちは座って、話を聞こうとしていた。
エレナのお父さんのことを。
「リタさん……さっき言ってた、オウル=ティンベルさんのことを聞かせてもらえませんか?」
「ああ、そうだね。皆も知る権利はあるよね」
「はい。……私のお父さんのことを」
「えっ……」
エレナの言葉に、みんなが固まった。
言わなくても良かったのに、と思ってしまう。
だけどモーゼスさんの奥さんをあんな目に合わせたのが自分の父だと言うのを、エレナの性格上では隠すことはしたくなかったのだろう。
少し酷な話だと、思う。
「モーゼスさん、ごめんなさい。私のお父さんが……」
「気にしないでください、エレナさん……」
そうは言うけど、少なからずモーゼスさんにも思うことはあると思う。
エレナが悪くなくても、少なからず思ってしまうのは仕方ない……。
そしてリタさんは、重い口を開いた。
「お父さんなんだね。たしかに、オウルも子供がいるって言ってたかな……。本当に、聞く?」
その言葉に、エレナは強い眼差しを向け頷いた。
「はい。私を捨てて、何年も会ってない父親であっても、何があったのかは、知っておきたいので」
「じゃあ──」
「──それについては、私から話そう」
扉が開いた。
全員がその扉を見つめた。
俺はそこにいる男女の姿を見て困惑した。
他の皆は不思議そうにしてる。知らない人だから。
だけど俺とモーゼスさん、それにティデリアは知ってる人だ。
「……どうして」
「二人も来てたのね。いつから?」
「ついさっきだ。私も、妻も」
「そう、それで。なんで、リュイスの最後は見届けなかったの?」
「……会えなかったのだよ。──息子の前で、リュイスになんと言えばわらかなかったんだ」
「息子? それって……」
リタさんとレオナルドさんは──俺を見る。
俺は立ち上がった。
「どうして……父さんと母さんが」
「久しぶりだな、ルクス。大きくなった。それにエレナちゃんも」
「えっ、どういう、こと……?」
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