第81話 真剣な眼差し
「モーゼス、すまない」
父さんと母さんは、部屋に入るなり頭を下げた。
何が何だかわからないのは俺だけじゃない。ずっと王国に仕えてくれたモーゼスさんも、迷宮監獄で会ったことのあるティデリアも、初めて会うはずのエレナも驚いていた。
そしてリタさんは、俺をジッと見つめる。
「そう、二人の息子だったのね」
「ああ、私も手紙を貰って驚いたよ」
「手紙って……父さんと母さんは、あの手紙を見てここに来たの?」
「そうだ」
手紙を送ってから一週間も経ってない。
フィレンツェ王国から世界樹までは馬に乗っても二日はかかる。それに十二階層まで来るのに何日も。それを一週間経たずに二人だけで来たのか。
いや、そこじゃない。
「エレナのこと、前から知ってたの?」
そう聞くと、母さんは悲しそうな表情で頷いた。
「手紙を貰った時に驚いたわ。まさかルクスが、エレナちゃんと一緒にいるなんて。……運命、なのかもって」
「ああ、父さんも母さんも驚いたよ。リタとレオナルド、俺たちが仲間だってことは、話してなかったんだな」
「ちらっとしかね」
「知り合いだとは思わなかったから、俺たちは二人の名前までは教えてなかった」
「そうか。ルクス、俺と母さんはリタとレオナルド、それにリュイスと、エレナちゃんの父親である、オウル=ティンベルの六人で、この世界樹をずっと上まで向かっていた。その時にエレナちゃんのことは、オウルから娘として紹介されていた。まだ赤ちゃんだった頃だが、お母さんとも話したことがある」
「そう、ですか」
エレナは状況を把握するのに時間がとられていた。俺も同じだ。
父さんと母さんが説明してる。だけど耳に入らない。
やれ自分たちはいつ出会ったとか、どうやって出会ったとか。
そんな話をしてる。
だけどそんなことはどうでもいい。
久しぶりに両親と再会したのに、二人の声が雑音にしか聞こえなかった。
「それで──」
「もういいよ。それより父さん、母さん、どうしてリュイスさんはああなったのさ」
父さんも母さんも、肝心のとこをぼやかして話すばっかりだ。
そして今も、目を反らした。
「……話せないの?」
「話せる。だがこれは、私たちの問題で──」
「──その問題を解決できなかったから、モーゼスさんの手で最後を迎えさせなくちゃいけなくなったんだろ!? モーゼスさんがどんな気持ちだったか、どんだけ苦しかったか。それにさっきだって、どうして──」
「ルクス」
ヴェイクが俺の言葉を止めた。
首を横に振って、それ以上は言うな、それ以上を二人に言っても何の意味もない、そう言いたげだ。
「ルクス様、大丈夫ですから……」
モーゼスさんもだ。
悲しそうな表情で、俺の言葉を止める。
父さんも母さんも苦しかったのかはわかってる。仲間だったんだから、当然だ。それはわかってるんだよ。
それにどうして手伝えなかったのも、俺だって理解はしてる。
──だけど、だけどだけど、苦しかったんだから一緒にいてくれたっていいじゃないか。
そう思うのは、俺がまだ子供だからなのか? 皆は大人だから納得できるのか?
わからなかったけど、俺は大人のフリをした。
大人のフリをして、自分の気持ちを心の奥底に閉まった。
「すまない、みんな。私と妻は……ここまで来たのに、どうしたらいいのかわからなかったんだ。みんなに辛い思いをさせて、すまない」
両親が頭を下げる姿を見て、俺は目を背けた。
父さんと母さんに当たっても仕方ないんだ、二人はわざと手伝わなかったんじゃない、手伝えなかったんだから。それに、リュイスさんとお別れしようって、そう決めたのは自分なんだから。
なにより、俺だってモーゼスさんに任せて何もできなかった一人なんだから……。
そして、ヴェイクの優しい表情が視界に入った。
「ルクス、もういいだろ?」
「……ごめん」
「いいや……。それで、ルクスの父さんと母さん、リュイスさんはどうしてこうなったのか、俺たちも聞いてもいいんですよね?」
妙に落ち着いているヴェイクの言葉に、父さんはゆっくりと頷いた。
「ずっと昔の話だ。我々はもっと上の階層にいた。そこはここよりもモンスターが多く存在し、一体一体が手強くて、地形も一階層ごとに大きく変わっていた。そして、いつものように我々はボスモンスターを討伐してたんだ」
「そこで、私たちは気付くべきだったのかもね、仲間の、彼の異変を」
彼、というのはエレナのお父さんのことだろう。母さんは言葉を続けた。
「オウルは少し前から様子がおかしかったのよ。いつもは優しい顔付きで、誰よりも落ち着きがあったの。だけどその時は、普段とは違う落ち着きがあって、それが少し不気味で、時々だけど悲しそうな表情をしてたわね。そこで丁度、私たちのいた上下階層でスタンフィードが発生したの」
「スタンフィード?」
「……スタンフィード、モンスターが年に一回あるかないか活発化することだ」
ティデリアは腕を組みながら言葉を続けた。
「スタンフィードはモンスターの種族によって発生時期が違う。そして、その発生時期はモンスターにしかわからない」
「そのスタンフィードが起きたら、どうなるんだ?」
「……モンスターの群れが、セーフエリアに押し寄せてくんだよ。餌である人間を求めにな」
ヴェイクが答えた。二人は知ってるみたいだ。
「そう、その日がスタンフィードと被ってしまって、我々はモンスターの討伐に当たっていた。そして不幸は続いたんだ」
「世界樹に一部的な崩落があってね、階層の床が一気に抜けたのよ。それで、リュイスとオウルは下の階層へ落ちてしまったの」
「我々も必死に探した。二人は下の階層にいる、だから下りればすぐに見つかる。──だけど、我々が見つけたのは全身に傷を負って動けなくなったリュイスと、そのリュイスに必死に回復魔術を使用してる、オウルだった」
「お父さんが……」
「オウルの回復魔術は他の回復の加護とは違う。その回復力は圧倒的だった。だけど彼でもリュイスの負った傷は治せなかった。そんな時、ボスモンスターと遭遇したんだ」
父さんは拳を強く握りしめ、その日のことを思い出すように苦しそうな表情をした。
「我々はリュイスを守って戦うことしかできなかった。スタンフィードが発生すると、モンスターは予想外の行動をして、その力も段違いになる。だから──オウルの行動を見ることができなかったんだ」
「私もお父さんも、リタもレオナルドも、この場をなんとかするのに必死だったのね、あの時は。そして、ボスモンスターはなんとか退けたけど、立ってるのがやっとの状況だったの」
「父さんと母さんでも……」
俺の中で、この世界の最強は父さんと母さんだ。他にも強い人はいるかもしれないけど、俺の目指すべき姿は両親だ。
そんな二人でも……。
そして父さんは、ゆっくりと目を閉じた。
「そして、全てが終わった我々が見たのは、高笑いするオウルと、立ち上がり、表情を変えない何も言わないリュイスの姿だった」
「お父さんが、笑ってたんですか?」
エレナの疑問に、母さんはゆっくりと頷いた。
「傷を治せた、仲間の死を救った、そうだと思ったの……だけどリュイスは治ったんじゃなくて、救えたんじゃなくて、ただ──動けるようにしただけ。そう、私たちはすぐにわかったわ」
「どんな力を使ったのかは、我々は見ていないから知らない。ただ、オウルが使用した力は、決してオウル一人の力じゃないことはわかった」
「別の人の加護も合わせた」
「ルクス、知ってたのか?」
ルシアナが教えてくれたことだ。
俺が頷くと、父さんは「そうか」と言って俯いた。
「既に戦える体力を失っていた我々は、その場を離れるしかなかった。仲間だった私たちを攻撃してくるリュイスを置いて、別人のように人が変わったオウルを置いて、いつか迎えに戻ろうと、我々はその場を離れてしまったんだ」
その言葉に、父さんも母さんも、リタさんもレオナルドさんも悔しそうな表情をした。
「……だけど日が経てば経つほど、我々はリュイスの元へ戻ることを躊躇ってしまった」
「怖かったのよ。仲間だったからこそ、一度は死んだはずの仲間をもう一度、今度は仲間の手で殺すのがね。それに……たぶん仲間を救おうと願って、その日から行方不明の仲間に会うのも、この世界樹に足を踏み入れるのも、いろいろ怖かったのよ」
それを最後に、父さんからも母さんからも、話を聞けなかった。
俺たちも何も言えなかった。
もし俺たちもそうなったら、そう考えてしまったら何も言えなくなった。
だから今日は休もう。
そう、誰が言うわけでもなく、俺たちは解散するように部屋を出ようとした。
だけど、
「エレナちゃん、少しいいかな?」
父さんと母さんは、エレナを止めた。
俺も残ろうとしたけど、それは止めた。俺が一緒にいても何もできないと思ったからだ。
♦
皆がいなくなった部屋は少し寒く感じた。
そこでルクスのお父さんである、エレオスさんと、お母さんである、リオネさんと三人でいる。
だけど二人は喋らない、言葉を選んでるような感じがする。だけどエレオスさんが、重い口を開いた。
「ルクスのこと、どう思ってるのか聞かせてもらえないか?」
「……えっ?」
突拍子のない言葉に、私の思考回路は崩壊しそうだった。
ふざけてるようには見えない。真剣だ。
何か意味のある言葉なのだろう、私はそう思う。
だから私は答える。
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