第四章 笑顔で挨拶を
第63話 両親へ手紙を
幼い頃の俺は、両親の気持ちを理解できなかった。
「どうしてだよ、父さん、母さん」
毎日のように俺は、両親にあるお願いをしていた。
だけど二人とも、俺のお願いを聞いてくれることはなかった。
「……ルクス、何度も言ってるだろ」
「そうよ、ルクス。いい加減にしなさい」
「なんで……なんでだよ! ……モンスターを手に入れさえすれば、俺の加護の力が使えるんだ! 少しでいい、少しでもこの加護の力が証明できたら、父さんも母さんも、俺のせいで陰で馬鹿にされることはないんだよ!?」
そう言っても、二人は悲しむ様子も見せず、いつも優しい笑みを浮かべていた。
「……それについては何度も言ったはずだよ。お父さんとお母さんは陰で何を言われようと構わないんだ。ルクスには自分自身の力で成長してほしいんだよ」
「……加護が使えない俺が、どう成長するんだよ……」
「大丈夫よ。お父さんもお母さんも、ルクスは絶対に強い子に成長するって信じてるの。その為に、モーゼスに剣技を教わって努力してるのでしょ?」
「努力なんて……」
幼い頃の俺は、努力という言葉が大嫌いだった。
努力なんてしても何の意味もない。
いくら努力しても、城下町の同い年の男の子に喧嘩では勝てなかった。結局、加護の力を使われたら足も手も出ない。だから俺はまだ見ぬ力を求めた。
両親の才能を引き継いでると信じて、その使えない加護に理想を描いて。
だけど、両親の言い付けを破ったことは今まで一度たりともない。
両親を困らせたくない、両親が言ったことを信じてたら強くなれる、そう少なからず思ってたからだ。
そしていつも、稽古を付けてくれたモーゼスさんに愚痴を聞いてもらっていた。
「どうして父さんと母さんは、俺に加護の力を使わせてくれないんだ……加護は遺伝なんだよね? だったら俺も強い加護のはずなんだ……」
「そうですね、エレオス様もリオネ様も、ルクス様に楽をして強くなってほしくないのではないでしょうか?」
「別に……楽したいわけじゃないのに」
その言葉は少しだけ図星だった。
でも力を求めたのは、それだけが理由じゃない。
「父さんと母さんをこれ以上、悲しませたくないんだよ」
両親が陰で馬鹿にされてたのも、俺の出生を疑われてることも、その頃の、まだまだ幼稚な俺でもなんとなくは理解できていた。
だからこそ、俺が二人の子供であることを証明して、俺が強くなったと喜んでほしかったんだ。
「お二人が喜ぶことは、日々の稽古を怠らず、心も体も日々成長されることだと、わたくしは思いますよ」
「心も体も成長してると思うんだけど……ねえ、モーゼスさんは世界樹に行ったことがあるんでしょ? よく世界樹のことを話してくれたしさ」
その時は子供だから気付かなかった。
モーゼスさんが悲しそうな表情を浮かべながら、雲を突き抜けて高々とそびえ立つ世界樹を見上げてるのを。
「……いえ、わたくしはありませんよ。わたくしは弱かったですからね」
「なんだ、モーゼスさんもないのかー。じゃあなんでモーゼスさんは世界樹のことを、そんな詳しく知ってたの?」
「わたくしの妻が、世界樹の最上階を目指しておりましてね。それで、妻から手紙で聞かされてたのですよ」
「あっ、リュイスさんからか。そういえば最近は会ってないなー、前はよく帰ってきたのに。ねえ、リュイスさんは今度いつ帰ってくるの?」
その時のモーゼスさんの困った表情は、今でも鮮明に覚えていた。
そして小さな声で答えた言葉を聞いても、この時の俺はなにも気付けなかった。
「……いつ、でしょうかね」
それから何年かして、モーゼスさんの奥さんである、リュイスさんが世界樹の中でモンスターに殺されたのを知った。
モンスターは恐ろしい存在だ。
それを初めて知った時、俺はどうして両親が楽して加護の力を試させてくれなかったのか知った。
楽してほしくなかった、モンスターの恐ろしさを知ってほしかった──自分自身の力で、モンスターと戦ってほしかったんだと思う。
そして、その日から俺は、世界樹の最上階を目指すことを決めた。
一人で王国を出て、探索者になる為に歩んだ。
だけどその道は想像以上に険しかった。
たった一本の剣のみで探索者を目指すのは、あまりにも無謀な挑戦だ。
加護さえ使えれば──何度もそう思った。
なにせモンスターは外の世界でも売られているのだから、その売られてるモンスターがあれば加護を使える。
だけど俺は、それに手を付けることができなかった。
ズルはしたくない。両親の目の届かないところでも、ズルはしちゃ駄目だ。
加護の力を得るのは、俺が世界樹に足を踏み入れて生きていけるだけの力を手に入れてからにしよう。
何度も何度も探索者ライセンスを手に入れようと試験を受けた。
何度と何度もその試験を落ちたけど、めげないでいられた。
だけど一つだけ、何より辛かったのは俺の家名に期待して最初は喜んで仲間に入れてくれる者が、俺が何もできないと知ったら、無能だとか、外れ七光りだと罵ってきたことだ。
それは間違いじゃない。
だけど加護が、加護があれば俺は──そう言い訳しようとした自分を、いつも抑えこんだ。
けれど鋼のメンタルなんかじゃない俺は、違う方向へと落ちていった。
いつからか、自分が加護の力を手に入れても強くなれないのでは? そう思うようになってしまった。
無能は無能。
外れ七光りは外れ七光り。
いつからか、自分自身で進むべき道を塞いでしまった。
前の道が真っ暗で進めない。
もう、後ろへ下がっていくしかない。
「……エレナ=ティンベルよ」
そんなある時、俺は彼女と出会った。
誰に対しても透明なガラスのような何かを張って、近くに寄せ付けないような冷たく悲しい雰囲気を纏ったエレナ。
その瞬間、暗闇だった俺の道が光ったように感じた。
何処かのパーティーに入って、そのパーティーをクビになって、また別のパーティーに入る。
だけどいつもエレナは俺の側にいてくれた。
だからこそ俺は立ち止まらず、ズルをせず、ただ真っ直ぐ歩き続けられた。
──そして現在。
俺はエレナを含めた信頼できる仲間と共に世界樹を上へ上へと進んでいた。
やっと、自分が成長できたかなと思う。
この姿を見せたら、少しは両親が喜んでくれるかな。
そう思って俺は、久しぶりに両親へ手紙を書いた。
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