第62話 告白
「んー、ここどこだー!?」
「……はあ。ここは部屋よ」
酔っ払いは目蓋を閉じながら、赤ちゃんのようにベッドの上をゴロゴロと回転していた。
窓からはうっすらと灯りが入り、宿屋には物音が何一つ聞こえない。
私はベッドの前で椅子に座って、気持ち良さそうな表情を眺めていた。
「ほんと、こんなすぐ潰れるんだから、お酒なんて辞めればいいのに」
「……んんっ、それは、駄目だっ。お酒が呑みたいんだっ! まだ呑むんだっ!」
「はいはい、ここには無いから我慢しなさい」
手のかかる子供を持つ親の気分だろうか。
そんなことを考えてると、少しだけ笑えてきた。
「ほんと、変な奴よね」
すやすやと寝息をたてて眠るルクスの、サラサラした黒髪を撫でる。
──恥ずかしいけど、お酒を呑めば嫌なことから逃げられるんだよ。父さんと母さんからの期待も、周りからの蔑むような視線も、自分の、不甲斐なさも。
前にルクスがそんなことを言っていた。
だから私は、ルクスにお酒を呑むのを辞めさせれなかった。
ルクスと出会った頃の私は、ずっと力を隠してるんだろうと思ってた。
両親が偉大な人なんだから、その力を絶対に受け継いでいるだろうって。
だけどいつになっても加護の力を発揮しないから、理由はわからないけど隠してるんだろうって。
だけど、話を聞いた今ならわかる。
世界樹の外にはモンスターが生息していないから、ルクスの加護は、外ではなんの力もなかった。
それでも世界樹の外にモンスターを出すことは、殺した場合なら可能だ。だから両親がモンスターを狩ってルクスに渡してたら、きっと、そこまで無能とか外れ七光りなんて呼ばれなかっただろう……。
だけどルクスはそうしなかった。そして外でモンスターが売られても見向きもしなかった。
それどころか才能を努力で越えようとしていた。でもそんなのは不可能。この世界では、加護の力は絶対なんだから。
その当たり前なことから、ルクスはずっと目を背けていたのを知ってる。沢山の努力をして、いつか両親の期待に応えたいって、悲しそうな顔をしながら言ってたのを覚えてる。
だけど私は、そんなルクスの言葉を出会った頃は何一つとして信じてはいなかった。
絶対に最強なんだって、この世界樹で誰よりも優れた男なんだって。
そう、思っていた。
いや、そうであってほしかったんだ。
それはきっと、努力をしていた頃のルクスに惹かれ、その努力が報われてほしいという気持ちがあったから。
これまで才能のある加護の男は何人も見てきた。その度に『もっと強い加護の持ち主がいる』『他の相手がいる』なんて思って決断はしなかった。
だけどルクスと出会って、陰で努力をしているのを知って──私はいつからか、力を発揮しないルクスに何かを期待していた。
ルクスは他の奴とは違う。
ルクスは凄い加護の持ち主だ。
ルクスは、ルクスは、ルクスは……。
私は自分でも知らないうちに、ルクスに夢や希望を押し付けていたんだ。
「私って、馬鹿なのかもね」
だけど、ルクスが努力せずに最強の称号を得ていたのなら、私はルクスの側にいることを望まなかったと思う。
結局のところ、自分の人生が不幸だったのを両親の責任にして、何かを得ようと努力することを拒んだ私は、自分とは正反対なルクスに惹かれたんだ。
偉大な両親の才能を受け継がなかった自分を責めて、誰にも馬鹿にされないように努力してきたルクスに、加護という生まれ持った才能なんかじゃなくて、一個人のルクスを好きになってたんだ。
「ごめんね、おばあちゃん……私、やっぱり自分が選んだ相手と一緒にいたい」
お金なんか要らない。
私はきっと、最初からこの馬鹿と一緒にいることを望んでいたんだ。
父親に捨てられて、母親を幼い頃に亡くして、周りから全て消えてしまった私は、周囲を惹きつけるルクスが羨ましくて、もっと知りたくて、ずっと、側に居たかったんだ。
「寝てる……のよね?」
私は意地っ張りだ。
自分の素直な気持ちを直接ルクスに伝える勇気なんてない。
髪を撫で、スヤスヤと眠るルクスに顔を寄せる。
だからこのまま寝ていて。
私の本心は、まだ気付かないでいて。
いつか、いつか、貴方の口から──。
「私がルクスを好きなように、いつかルクスも私に好きって言って」
眠っているルクスの唇に、そっとキスをした。
今までしたキスは二回。どちらも眠ってるルクスに。
私は抵抗しない相手にしかできないズルい人間だ。自分の気持ちを相手に知られずにキスをするズルい人間だ。
だけど私は自分に素直になれない。
なのに女性としての幸せを願い、三回目のキスを、ルクスからしてほしいと願ってしまった。
眠ってる夢の中で、少しでもいいから私を感じてほしいと、唇越しに想いを伝えた。
「……好きよ、私はルクスが好き。きっと、出会った頃から。……やっと、自分の気持ちに気付けたの」
いつか想いが通じ合える日まで、この気持ちは心の奥底に閉まう。
明日、朝目を覚ましたらきっと、私はいつもの私に戻ってる。
意地っ張りで、我が儘で、臆病で、自分に素直になれない私。
そんな私でも、いつかルクスに想いを告げさせたいと願ってしまった。
「あんたは私のことを好きじゃないのかもしれない。だから私は、これからはあんたを好きにさせてみせるから」
ルクスの加護を知ったという小さな『きっかけ』が、私の気持ちを確かなモノにした。
いつか想いが通じ合えた時に、もう一度、今度は返事が聞ける自分の気持ちを伝えるから。
私の幸せは──あなたの隣をこれからも歩くこと。
あなたの幸せを──私の隣を歩いて幸せの道を導いてくれることになれば嬉しい。
「だから今日は……このまま、私もここで寝ようかな」
スヤスヤと眠るルクスの体に頭を置いて、私は目蓋を閉じようとした。
──だけど、
「……えっ?」
視界に誰かがいるのがわかった。
少し開いた扉から、大きな瞳がこっちを覗いている。
そしてその下には、抱きかかえられた赤ちゃんが口を抑えられてこっちを見てる。
そして、声が聞こえた。
「パパとママ、チュッチュしたっ!」
「あっ、フェリアちゃん、声を出したら駄目なのです」
そして抱かれた赤ちゃん──フェリアは手をばたつかせると、ギーッと扉が音を鳴らしながら、ゆっくりと開かれた。
「あ、えっと……」
目が合った目撃者──ラフィーネは、私を見るなり目をキョロキョロと左右に揺らし、それから首を左右に勢いよく振った。
「み、見てないのですっ、な、なにもっ、見てないのですっ!」
「ママが、パパに、チュッて、チュッチュしたっ!」
「な、何も見て……だ、誰にも言わないのですっ! だ、だから」
私は立ち上がり、ゆっくりとラフィーネに近付く。
ぶんぶんと更に勢いよく顔を左右に振るラフィーネは少し脅えていた。
「言わないのですっ! 絶対、ぜーったいに、誰にも言わないのですっ!」
私は優しく、そして力強く、その肩に手を置いた。
「言わない? 違うでしょ、ラフィーネ。言わないんじゃなくて、何も見てない、でしょ?」
「は、はいっ! はいなのですっ! 何も見てないのですっ、エレナさんがルーにぃに想いを告げて、キスしたことは誰にも──はぅっ!」
私はラフィーネの肩に手を置いて、ニッコリと優しい笑みを浮かべる。
「そう、ラフィーネは何も見てない。──だけど、もし見てないことを誰かに喋ったら、わかってるわよね?」
「は、はいなのですっ! もう寝るのですっ、夢は寝て見るのですぅっ!」
フェリアを私に押し当てて、ラフィーネは目にも留まらぬ速さで女性部屋へと帰っていった。
私はその姿を見て、ため息が出てしまった。
「マーマ、どうしたの?」
「なんでもないのよ。ただ、疲れたのかしらね」
「げんきだしてっ! マーマ、げんきっ!」
「ええ、そうね」
フェリアを抱きしめながら、熟睡するルクスを一緒に眺める。
「パーパ、きもちよさそうに、ねんねしてるっ!」
「ええ、そうね──間抜けな顔ね、パパ」
パパを起こさないように、私は女性部屋へと戻っていく。
いつかそう呼ぶ日が来るのかもと、そんなことを思いながら私はフェリアと一緒に眠りについた。
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