第64話 具現化した存在


「ほら、早くしないと郵便配達員が行っちゃうわよ」


「そうなんだけど……ちょっと待って」



 宿屋の一室で、俺は椅子に座り手紙を書いている。

 その背後には、腕を組んで指をトントンと鳴らすエレナが立っている。

 チラッと後ろを見ると、オレンジ色の髪の彼女は急いでいた。



「もう、今日はやることが一杯あるんだからね」


「わかってるって」



 皆は宿屋の別の部屋で待ってる。

 黒龍を討伐した次の日、今日はモンスターエリアへ向かわずに、俺たちは話し合いをすると決めていた。


 その内容は二つ。


 まずは、俺の調合師スペシャリテの加護が具現化したルシアナの存在と、俺とエレナを『パパとママ』と呼ぶ謎の赤ちゃんフェリアのこと。


 そして、討伐した黒龍を加護の力で武器にすること。


 昨日の夜はお酒を呑んでいて、大切な話をする感じはなかった。

 だから今日の朝になって、ヴェイクが段取りを決めてくれた。


 そんな忙しい日に俺は、両親に手紙を送ることを決めた。

 その理由としては、少しは成長したから久しぶりに連絡をしてみようと思ったからだ。



「そういえば」



 椅子を持ってきたエレナは、俺の隣に座る。



「ルクスが手紙を書くなんて珍しいわね。いつ以来?」


「手紙を送るなんて初めてだよ。ずっと書く内容がなかったからね」


「そうなのね……ねえ、どんなこと書くの?」


「まあ、王国を出てから何をしてたのかとか、今どこにいるかとかかな」


「ふーん、そうなんだ。……他には?」


「他? 他って?」


「……誰と一緒にいるのかとか、そういうのは書かないの?」


「えっと……」



 少し気になってたんだけど、朝からエレナの様子がおかしい。

 前までなら「遅い、早くしてよ」とかぷんぷんしてたのに、今日は少しだけ優しかったり、妙に一緒にいてくれたり……まあ、別に嫌じゃなくて嬉しいからいいけど。


 だけど少し、怖いと思ってしまった。



「ねえ、昨日の夜なんかあった?」



 お酒を呑んで記憶を失ってたから、途中からの記憶が一切ない。

 気付いたら自分の部屋にいた。どうしてここにいるのかは、エレナがここまで送ってくれたって聞いたからいい。

 それに対して俺は怒られる覚悟で「ありがとう」と伝えた。

 いつもなら「重かった、運搬量を頂戴」とか言ってくるはずのエレナは何も言わずに「疲れてたんでしょ、別にいいわよ」と、怖いほど優しい言葉を投げかけてきた。


 そして昨日の夜の話を聞くと、エレナは俺から視線を外す。



「……別に、何もないわよ」


「ほんとに? ほんとにほんとに?」


「もう、ないって言ってるでしょ! ほら、早くしなさいよ」



 俺は怒られて喜ぶ変態じゃないけど、普段通りのぷんぷんしたエレナを見れて良かった。



「よし、終わった!」


「やっとね。私も手紙を出したいから、一緒に出しに行こう」


「えっ、一緒に……?」


「なに、嫌なの?」


「いや、そうじゃなくて」



 そそくさと立ち上がるエレナ。

 いつもなら「はい、出してきて」と自分の手紙を俺に出させようとするはずなのに……。


 立ち上がって宿屋の外に向かう途中、もしかしてと思ったことを聞いてみた。



「……もしかして俺、昨日の夜にエレナに何かした?」



 怒ってるから、逆に優しくされてるのかもしれない。

 そう思って聞くと、エレナは前を歩きながら、



「……なにも」



 と意味深な間を空けて答えた。


 ──何か、したんだ。


 俺は慌てて隣を歩き、何度もエレナに謝罪した。



「ご、ごめん、お酒を呑んでたから、な、何をしたのかな、俺」


「何もしてないわよ……あんたは」


「あんたは?」


「いいから、ほら早く行くわよ」



 よくわからないけど、別に怒らせるようなことはしてないらしい。


 じゃあなんで急に優しくなったんだろうか……まあ、悪いことじゃないからいいけど。


 そして俺たちは郵便配達員に手紙を渡して、皆が待つ部屋に向かった。

 扉を開けると、赤髪の中に一房だけ黒い髪が混じった幼女が俺に手を伸ばして助けを求めてくる。



「あ、主よ、助けてなのじゃ!」


「ごはんっ! おいしそうな、ごはんっ!」


「こ、こら、我はご飯じゃないぞっ!」



 ルシアナが困惑した表情でフェリアから逃げている。

 その姿を、皆は円になるように座り笑っていた。



「おう、二人とも遅かったじゃねぇか」


「ええ、ルクスが手紙の内容で悩んでてね」


「手紙なんて、ささっと書いちまえばいいのに、ほら、お前らも早いとこ座れよ」



 ヴェイクに言われ、俺とエレナも座る。

 そしてフェリアはエレナを見るなり、その膝にちょこんと座った。



「マーマ、ごはん、にげるのっ」


「あれはご飯じゃないからね、フェリア」


「あれとはなんじゃ、あれとは……全く、まだモンスターの方が扱いやすいわっ!」



 ルシアナはムスッとした表情をしながら俺の隣に座る。

 そして俺は話を切り出す。



「それじゃあ、ルシアナ、まずフェリアの存在から聞いてもいいかな?」


「うむ、我も見つけた時は確信してたわけではないのだが、おそらくは何なのかわかったのじゃ」


「そうか、それで?」


「うむ、フェリアは我と同じ『加護が具現化した姿』という認識が正しいはずじゃ」


「加護が具現化した姿……じゃあ、誰かの加護ってこと?」



 そう聞くと、ルシアナは軽く頷いた。



「だが待ってくれ」



 その話に、銀髪碧眼のティデリアが難しい表情で言う。



「加護が具現化した姿など聞いたことない。それは誰しもの加護が具現化するということか?」


「いいや、違うのじゃ。具現化できるのは僅かな加護のみじゃ。お主たちの加護は……おそらく無理であろう」


「なるほど、その基準はなんだ?」


「それは我にもわからぬ。ただ特別な加護というのが正しいのじゃ。我らも気付いたら加護の姿になっておったからのう」


「……そうか。それで、フェリアは誰かの加護、ということなんだな?」


「おそらく」



 ティデリアは納得してるのか、何度も頷いていた。

 そして白髪の執事服姿のモーゼスさんも難しい表情をしていた。



「もしその話が正しいとすれば、その加護の持ち主は今現在、加護無しということになるのでしょうか?」


「うむ、加護が具現化してる間はその者には加護の力が失われるのじゃ。我のように別の形で力を授けることもできるが、果たしてどうなってるのかはわからぬ」


「ああ、あのモンスターの魂っていうのか」


「うむ、そうなのじゃ。……フェリアよ、おぬしの主は今どこにおるのじゃ?」


「んー」



 エレナの膝の上にちょこんと座るフェリアは首を傾げ、



「わかんないっ! パパと、ママしか、わかんないっ!」


「主よ、こやつに何を聞いてもこればっかりなのじゃ」


「……なんで俺とエレナをパパとママって呼ぶのかも、わからないってことか」


「まあ、私たちの子供じゃないってことはこれで確かよね」


「なーんだ、二人の子供じゃないのかー」



 赤髪ポニーテールを左右に揺らしたサラは、明らかに残念そうにしていた。



「なによ、それ」


「べっつにー」


「マーマ」



 すると、フェリアは皆を見ていた姿勢を反転させ、エレナを見上げて子供らしい笑みを浮かべた。



「きょうは、チュッチュしないの?」


「「なっ!?」」



 チュッチュ?

 この言葉に反応したのは、エレナとふんわりとした黒髪からあたふたと揺らした瞳を見せるラフィーネだった。



「マーマ、パ──」


「フェリア、いい子だから静かにしてなさい、ねっ」


「そ、そそそ、そうなのですっ! フェリアちゃんは静かにしてるのですっ!」


「んんっ、んんんっ」



 フェリアを抑える二人。

 俺たちが首を傾げていると、サラは「二人だけが知ってること……」そうぼやいてから、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。



「もしかして、エレナ……」


「な、なによ!? なんもないわよ!?」


「えー、そうやって慌てるとことか怪しいなー」


「うっさいわね!」



 いきなり騒がしくなった室内。

 そして、その理由を理解していないのは──俺だけのようだ。



「え、なに? なんかあったの?」



 俺がそう聞いても、誰も答えてはくれなかった。

「もしかして本人は知らねぇのか?」とヴェイクがニヤ顔で言い、「そういうことなら話す必要はなさそうだな」とティデリアが腕を組み、「わたくしはとても嬉しいのです」とモーゼスさんはなぜか涙ぐみ、「人間とは面白い生き物なのじゃ」とルシアナが高笑いをする。


 よくわからないけど、俺だけ仲間外れにされてるような気がしたので、別の話題に変えようと思う。



「この話題はとりあえず置いておいて、黒龍を調合してみようよ、ねっ?」



 そう言うと、騒がしかった皆は頷いてくれた。

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