第65話 呪いの剣


「そういえば、結局は剣と調合することに決めたのか?」



 ヴェイクに聞かれ、俺は頷く。



「やっぱり武器を強くしてみたいかな、と思うんだよ」


「……換金したほうがいいのに」



 エレナがボソッと呟くけど、これだけは譲れなかった。



「武器を強くさせたほうが安心できるからね」


「まあ、それもそっか。じゃあ始めちゃいましょう」


「そうだな、ルシアナ」


「うむ、えっと……」



 ルシアナは「えっと、えっと」と言いながら自分の体を触って何かを探している。

 そして探し物を見つけたのか、前に渡された丸い玉──モンスターの魂を俺に渡してくれた。



「ほれ、主よ」



 だけどその玉を見ていち早く反応したのは、エレナに抱かれていたフェリアだった。

 手を伸ばしながら、



「ごはんっ、おいしっ、ごはんっ!」


「こ、これ、やめんか。我もこれもご飯じゃないぞ」


「ううっ、おなかすいたのっ」


「そう言われても駄目なものは駄目なのじゃ!」


「あうっ……ううっ」


「はいはい、後で私がご飯あげるから我慢しなさい」



 エレナがフェリアをなだめる。

 モンスターの魂をご飯と言ったのか、それともルシアナをご飯と言ったのか、それらは不明だが、とりあえず調合を開始する。


 そして、普段なら四段階のランクがある武器に分かれている調合結果を見て、俺は目を疑った。



「……あれ、調合結果が一つしかない」



 確認できた項目は一つ。



 ■調合結果


 固定武器

 暗黒龍の宝剣【Aランク】


 対象の体と影に触れれば動きを封じることができ、心の弱い対象であれば恐怖心を抱かせることができる逸品。


 ただ使用者から体力を奪うため使いすぎには注意。

 この武器を材料として他の武器に変えることはできない。



 これだけ。

 他の武器のようにS、A、C、Eの四ランクに分かれてはいない。それに固定武器というのが気になる。



「ふむ、固定武器ということは、この武器は他の武器には変えられないようじゃ」



 ルシアナは何故か俺の膝に座りだした。



「他の武器には変えられないって……じゃあ、黒龍からはこの武器しか作れないってこと?」


「うむ、おそらく黒龍が姿を変えられるのはその武器のみということなのじゃ」


「なるほど」


「ねえねえ、アタシたちに早いとこ見せてよー」


「そうなのです、わたしたちも見たいのですっ!」



 サラとラフィーネに急かされる。

 他の皆も同じ気分なのだろうか、目が少しだけ怖かった。



「よし、調合してみようか」



 俺は黒く光った黒龍の魂と剣を調合する。

 そして重ねると、持ちやすかった剣は形状を変化させた。



「これは……」



 調合された剣を持ち上げ、刃先を天井に向ける。

 暗黒龍の宝剣という名の通り、その見た目は全体的に紫寄りの黒く光る剣だった。

 持ち手は革製で、同色の鞘が付いている。そして刀身は俺の胴体ほどの長さがあり、見た感じでも切れ味は凄くて雰囲気だけは、強い剣だというのは明らかだった。



「これは、なんともすげぇ剣だな」


「私も、こんな禍々しい雰囲気の剣は初めて見るな。これが、黒龍が姿を変えた武器、か……まるで黒龍に睨まれているような威圧感だな」


「うわー、なんかカッコいい! ねっ、ラフィーネ」


「はいなのですっ、その剣を持ってるルーにぃが強そうに見えるのですっ!」


「わたくしも初めて見る剣ですね。ルクス様、前まで扱っていた武器と形状が違いますが重くはないのですか?」


「うん、そんなに重くないかな。片手で持てるから普段通りに振れると思うよ」


「なるほど、それなら構えを変える必要はないようですね」


「……ねえ、ルクス。その剣、何か変な感じはないの?」


「……えっ、うん、ないけど」


「ボスゴブリンの時にも武器を調合したって言ってたでしょ? その時は気を失ったって……本当にその剣、大丈夫なのよね?」


「大丈夫、問題ないって」



 口ではそう言った。だけど、ボスゴブリンの時に調合した武器と同じ感覚がある。


 もしかしたら──また気を失うかもしれない。


 この暗黒龍の宝剣が今までの武器とは違うのは明らかだ。なんだかずっと見られてるような、まるで呪われてるような剣だ。


 けれど、それをエレナに正直に言えば彼女は心配してしまう気がした。それは他の皆もだ。


 だから大丈夫だと伝える。説明欄に危険なことが記されてたけど、少しぐらいなら問題ないはずだ。



「よし、今日は九階層に向かおうか。早くこの武器の力を試したいからね」



 俺は笑顔で言った。

 他の皆もその気だ──まだ心配してるエレナを除いて。


 そして俺たちは、九階層へと上がるモンスターエリアへ向かう。

 その途中、アイテム袋の姿に戻ったルシアナが脳内でボソッと囁く。



『……少しでも体に違和感を感じたら、その武器から手を放すのじゃよ』


『……やっぱり危険なのか?』


『うむ。調合された武器の中には特殊な武器もあるのじゃ。弱いモンスターなら魂の姿になれば反抗はしないが、強いモンスターともなれば魂の姿になっても所有者に反抗の意志を示してくる。それがボスゴブリンから調合された武器と、この暗黒龍の宝剣のような、違和感のある武器なのじゃ』


『なるほど。じゃあこの武器は一生、所有者の体力を奪うのか?』


『いや、その武器に他のモンスターの魂を幾つも調合すれば問題はないのじゃ。ただその量は……かなり多くてのう、我の手で最低限は調合しておいたが、まだ無理だと思うのじゃ』


『今は無理、ということか』


『うむ』



 まだまだ謎だらけの力。だからこそ、その効果を実感しないとわからないこともある。

 俺は腰に付けた暗黒龍の宝剣を握り答える。



『危険になったら武器から手を放す、それを理解してれば大丈夫なんだな』


『その通り──だが』


 ルシアナは最後に、こんな言葉を残した。



『やっと手に入れた強大な力に溺れてはならぬぞ。身を滅ぼしては元も子もないからのう』



 その言葉を、俺は軽く考えていた。

 身に危険が及んだら離せばいい、ただそれだけ。そんな簡単なことはわかっている、わかっていたんだ。


 そして俺たちはモンスターエリアの中へと足を踏み入れた。



「この階層も変わらず、アイントゴーレムみてぇだな。ルクス、行くぞ」



 丸い岩が連なった大きな人型モンスターであるアイントゴーレムが三体。


 俺は暗黒龍の宝剣を鞘から抜いて構える。


 手のひらから感じる絶対的な力と、絶対的な恐怖の感覚、それらを全身で感じながら、俺たちに狙いを定める三体のアイントゴーレムが迫ってくる。


 ドンっ、ドンっ、ドンっ。


 と地面を鳴らす音と揺れを感じながら、俺は一体のアイントゴーレムに狙いを定める。


 動きは鈍い。

 だから振り下ろされた石の拳を避け、軽く暗黒龍の宝剣を振り抜いた。



「グゥゥゥッ!?」



 石と金属が触れ合った音が響く。

 そしてただ触れただけ、それも本体である石にだ。なのにアイントゴーレムの巨体は一瞬で固まった。



「これは……」



 そして、緑色の紐のような本体に刃先を触れると、一瞬でバラバラになった。



「まじかよ……」



 ヴェイクや、皆が驚きの声を漏らす。

 だけど一番に驚いてるのは俺だった。


 この力は強大、俺には勿体ないほどの絶対的な力だ。


 そして──俺の中で何かが変わった。


 手に入れた初めての絶対的な力、それをもっと、もっともっともっと、使ってみたい。


 そう思った時にはもう、俺は走っていた。

 走って、アイントゴーレムを軽々と倒して、また気分が上がった。



「ルクス、ちょっと飛ばしすぎよ!」


「大丈夫だって、この武器が力を与えてくれるんだ」



 エレナの心配してる声も聞けないほどに、俺は自分の加護で生み出した武器に気分が高ぶっていた。



『おい主よ、あまり使いすぎるでないっ!』



 体には何の異変もない。

 大丈夫、何の問題もない。


 そして、次から次へと来るアイントゴーレムを倒していくのが気持ち良くなっていってるのを実感していた。


 ずっと馬鹿にされてきた俺が、今は皆の前に立って率先してモンスターを倒している。


 やっと、両親のような一人で戦況を打開できる力を手にした。

 やっと自分の力に自信を──。



「あ、れ……?」



 だけどなぜか、一気に体が重くなった。

 さっきまでは感じなかったのに、今でははっきりと感じる。


 それに寒い。体が凍えるような寒さを感じて、全身が謎の震えに襲われた。



『主よ、早くその剣を放すのじゃ! でないと──喰い殺されるぞっ!』



 ルシアナの声も、今ではうっすらとしか聞こえない。

 そして暗黒龍の宝剣を見ると、はっきりと、俺を見て笑ってるように感じた。

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